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最終章 虹の判断
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神官長は青い顔のフレッドをよそに、ニコニコと笑ったまま、シャーロットの手に指輪を返した。
「フレッド様、誤解してはいけません。そうですな。わしの説明不足がいけないのじゃな。」
不安そうな顔をしている二人に、神官長はゆっくりと話し出す。
「本来であれば、この話は婚姻式の準備の時に、国王にお伝えする話なのだが。この虹の国には、国王に二つの指輪が用意される。一つは即位してすぐに国王が身につけるもの。そう、シャーロット陛下がその手にはめているものですな。そしてもう一つが、この伴侶の指輪である」
シャーロットはそっと、自分がしている指輪と、虹色に変わった指輪を眺めた。
「国王は伴侶が決まり、婚姻式が近くなると、天に祈りを捧げる。伴侶を愛することを天に誓うのじゃ。そして、祈りを捧げられた伴侶に、婚姻式でこの指輪をはめる。通常は、伴侶を思って祈りを捧げられた指輪は、よく見ないとわからないくらい薄っすらと指輪に七つの色がつくのじゃ。そして、伴侶が心の底から国王を支え、愛することができると、指輪は徐々に七色を濃くしていく。愛情が深ければ深いほど、くっきりとした七色が現れる。シャーロット陛下の母君の指輪を覚えているかね? 愛し合う二人の指輪は、鮮やかな七色になっていたはずじゃ」
二人はまた顔を見合わせる。
確かに、以前見たシャーロットの母の指輪は、鮮やかな七色だった。
「でも、神官長様、伴侶も決まらず、婚姻式も決まっていない私の指輪が七色になる意味がわかりませんわ」
シャーロットが泣きそうな顔でそう言うと、神官長は二人の手を取り、シャーロットの手の上にフレッドの手を重ねる。
「シャーロット陛下は、フレッド様のことを想って、祈りを捧げたことはありませんか?」
「えっ」
「フレッド様は、シャーロット陛下のことを、自分のことよりも大事に、愛しておられませんか?」
「あっ、いえ、その」
「そのお二人のお気持ちが、婚姻式よりも先に、指輪に届いただけなのです。何も心配することはありません」
さっきまで青かった二人の顔は、今度はりんごのように真っ赤になっていた。
「指輪が色を変えてしまった以上、早く婚姻式をすることをお勧めします。色の変わった指輪をはめずにそのまま置いておいたことは、過去一度もありませんからのう」
ほーっほっほっほ、と高笑いをする神官長の声は、もはや二人の耳には入っていなかった。
色の変わった指輪は、そのままにしない方がいいという神官長の言葉に則って、フレッドは婚姻式では使わない右手の薬指にその指輪をはめた。
早めに婚姻式の準備をして、式の最中には指輪をはめ替えるという儀式に代えるということだ。
二人は、ふわふわとした気持ちで大神殿を後にした。
大神殿の外はもう、夕焼けが見えていた。
何も言わずに、大神殿から城へと続く道を歩く。
だが、ふとフレッドは思った。
何も口にせず、このままでいいはずがないと。
男として、シャーロットに自分の気持ちを伝えなくてはいけないと。
「あの、シャーロットちゃん」
「は、はい。フレッド様」
フレッドは立ち止まり、シャーロットの両腕をしっかりと掴み、向かい合う。
「オレ、ずっとシャーロットちゃんのことが好きだった」
フレッドがその言葉を舌に乗せると、シャーロットは真っ直ぐにフレッドの目を見た。
すみれ色の瞳がこぼれ落ちそうなほど見開かれ、その瞳は潤んでいた。
「オレ、ランバラルドではあんまり褒められた付き合い方をしていなかったし、王族であるシャーロットちゃんには似合わないと思ってて、ずっと好きだって言えなかった。ただ、側に居られるだけでいいと思った。誰がシャーロットちゃんの隣に居ても、笑ってシャーロットちゃんを支えて行けると思ってた。でも、エドワード殿が現れた時、嫉妬したんだ。清廉な公爵子息で、シャーロットちゃんの隣にならんでも、なんの遜色もないエドワード殿に。だから、シャーロットちゃんがエドワード殿を選ばなかった時、すごくホッとしたんだ」
フレッドは少し情け無い顔で、それでも頑張って笑顔を浮かべる。
「そんな情け無いオレだけど、シャーロットちゃんを想う気持ちは誰にも負けない。誰よりも君を愛してる。シャーロットちゃん、どうかオレと結婚してください」
フレッドはシャーロットの側に跪き、シャーロットの手を取り、シャーロットを見上げた。
「わ、私は、ずっとフレッド様を頼りにしていて、もうフレッド様がいらっしゃらなかったら、どうしたらいいか……。フレッド様がいらっしゃらなかったら、夜も日も明けません。フレッド様こそ、こんな頼りない女王でもいいですか? 私はボナールの七色の乙女です。もし、将来フレッド様が祖国にお帰りになりたいと思っても、私はボナールを離れることができません。そんな私でもいいですか……?」
フレッドは慈しむような笑みを浮かべる。
「もちろん。"君でいい"じゃなくて、君がいいんだ。君がいるところが、オレの祖国になるんだよ」
「フレッド様。私も、フレッド様を愛しています。どうか、私をフレッド様のお嫁さんにしてくださいませ」
「シャーロットちゃん!」
フレッドは立ち上がり、思い切りシャーロットを抱きしめた。
叶うことのない夢だと思っていた。
シャーロットをこの腕の中に閉じ込めることなど、一生できないと思っていた。
それが、叶った。
シャーロットが腕の中にいる。
それが、フレッドにとってどれだけ嬉しいことか。
フレッドはこの手を絶対に離さないと誓った。
*****************
次回、最終回です。
「フレッド様、誤解してはいけません。そうですな。わしの説明不足がいけないのじゃな。」
不安そうな顔をしている二人に、神官長はゆっくりと話し出す。
「本来であれば、この話は婚姻式の準備の時に、国王にお伝えする話なのだが。この虹の国には、国王に二つの指輪が用意される。一つは即位してすぐに国王が身につけるもの。そう、シャーロット陛下がその手にはめているものですな。そしてもう一つが、この伴侶の指輪である」
シャーロットはそっと、自分がしている指輪と、虹色に変わった指輪を眺めた。
「国王は伴侶が決まり、婚姻式が近くなると、天に祈りを捧げる。伴侶を愛することを天に誓うのじゃ。そして、祈りを捧げられた伴侶に、婚姻式でこの指輪をはめる。通常は、伴侶を思って祈りを捧げられた指輪は、よく見ないとわからないくらい薄っすらと指輪に七つの色がつくのじゃ。そして、伴侶が心の底から国王を支え、愛することができると、指輪は徐々に七色を濃くしていく。愛情が深ければ深いほど、くっきりとした七色が現れる。シャーロット陛下の母君の指輪を覚えているかね? 愛し合う二人の指輪は、鮮やかな七色になっていたはずじゃ」
二人はまた顔を見合わせる。
確かに、以前見たシャーロットの母の指輪は、鮮やかな七色だった。
「でも、神官長様、伴侶も決まらず、婚姻式も決まっていない私の指輪が七色になる意味がわかりませんわ」
シャーロットが泣きそうな顔でそう言うと、神官長は二人の手を取り、シャーロットの手の上にフレッドの手を重ねる。
「シャーロット陛下は、フレッド様のことを想って、祈りを捧げたことはありませんか?」
「えっ」
「フレッド様は、シャーロット陛下のことを、自分のことよりも大事に、愛しておられませんか?」
「あっ、いえ、その」
「そのお二人のお気持ちが、婚姻式よりも先に、指輪に届いただけなのです。何も心配することはありません」
さっきまで青かった二人の顔は、今度はりんごのように真っ赤になっていた。
「指輪が色を変えてしまった以上、早く婚姻式をすることをお勧めします。色の変わった指輪をはめずにそのまま置いておいたことは、過去一度もありませんからのう」
ほーっほっほっほ、と高笑いをする神官長の声は、もはや二人の耳には入っていなかった。
色の変わった指輪は、そのままにしない方がいいという神官長の言葉に則って、フレッドは婚姻式では使わない右手の薬指にその指輪をはめた。
早めに婚姻式の準備をして、式の最中には指輪をはめ替えるという儀式に代えるということだ。
二人は、ふわふわとした気持ちで大神殿を後にした。
大神殿の外はもう、夕焼けが見えていた。
何も言わずに、大神殿から城へと続く道を歩く。
だが、ふとフレッドは思った。
何も口にせず、このままでいいはずがないと。
男として、シャーロットに自分の気持ちを伝えなくてはいけないと。
「あの、シャーロットちゃん」
「は、はい。フレッド様」
フレッドは立ち止まり、シャーロットの両腕をしっかりと掴み、向かい合う。
「オレ、ずっとシャーロットちゃんのことが好きだった」
フレッドがその言葉を舌に乗せると、シャーロットは真っ直ぐにフレッドの目を見た。
すみれ色の瞳がこぼれ落ちそうなほど見開かれ、その瞳は潤んでいた。
「オレ、ランバラルドではあんまり褒められた付き合い方をしていなかったし、王族であるシャーロットちゃんには似合わないと思ってて、ずっと好きだって言えなかった。ただ、側に居られるだけでいいと思った。誰がシャーロットちゃんの隣に居ても、笑ってシャーロットちゃんを支えて行けると思ってた。でも、エドワード殿が現れた時、嫉妬したんだ。清廉な公爵子息で、シャーロットちゃんの隣にならんでも、なんの遜色もないエドワード殿に。だから、シャーロットちゃんがエドワード殿を選ばなかった時、すごくホッとしたんだ」
フレッドは少し情け無い顔で、それでも頑張って笑顔を浮かべる。
「そんな情け無いオレだけど、シャーロットちゃんを想う気持ちは誰にも負けない。誰よりも君を愛してる。シャーロットちゃん、どうかオレと結婚してください」
フレッドはシャーロットの側に跪き、シャーロットの手を取り、シャーロットを見上げた。
「わ、私は、ずっとフレッド様を頼りにしていて、もうフレッド様がいらっしゃらなかったら、どうしたらいいか……。フレッド様がいらっしゃらなかったら、夜も日も明けません。フレッド様こそ、こんな頼りない女王でもいいですか? 私はボナールの七色の乙女です。もし、将来フレッド様が祖国にお帰りになりたいと思っても、私はボナールを離れることができません。そんな私でもいいですか……?」
フレッドは慈しむような笑みを浮かべる。
「もちろん。"君でいい"じゃなくて、君がいいんだ。君がいるところが、オレの祖国になるんだよ」
「フレッド様。私も、フレッド様を愛しています。どうか、私をフレッド様のお嫁さんにしてくださいませ」
「シャーロットちゃん!」
フレッドは立ち上がり、思い切りシャーロットを抱きしめた。
叶うことのない夢だと思っていた。
シャーロットをこの腕の中に閉じ込めることなど、一生できないと思っていた。
それが、叶った。
シャーロットが腕の中にいる。
それが、フレッドにとってどれだけ嬉しいことか。
フレッドはこの手を絶対に離さないと誓った。
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次回、最終回です。
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