人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉

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17章 王族としての生活

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それからは怒涛の展開だった。
すぐさま、離宮にも護衛の騎士が配置され、私は畑に出ることも禁止された。
夜にはマリーとアーサーが城に呼ばれて、城での試験を受けて、また私の近くにいてくれるという話が決まった。

でも、パルフェは閉めることになった。

私の頭に、パルフェのいつもの光景が浮かぶ。
いつもクッキーを買いに来てくれる可愛い女の子や、イートインでスープを渡す時に必ず手に触れてくるお肉屋さんの息子さん。
私が失敗してもニコニコと見ていてくれた靴屋のおじいさん。
突然店を閉めたら、なんと思うだろうか……。
もう、みんなとは会えないのかな。

「姫様、荷造りは順調ですか?」
荷物を整理すると言い訳をして自分の部屋に閉じこもっていたので、ジュディが様子を見に来た。

「あら、何もできていないじゃないですか。ぼんやりベッドに座ったままで、どうしたんですか? もしや、お身体の調子でもお悪いですか?」
ジュディは急いでやってきて、私の額に手をあてる。
「違うの。なんでもないの」
慌てて私が首を振ると、油断して涙がほろりと落ちてきてしまった。
「姫様!?」
「あの、違うの。これは、その」
涙を拭おうと手を頬にあてると、ジュディが優しくハンカチで拭ってくれる。

「姫様、ご無理なさらないでください。これだけいろいろなことが変わるんですもの。びっくりするのは当たり前です。ご自分のことなんですから。何か、意に染まぬことがあるなら、ジュディに言ってください。このジュディが、なんとしてでも阻止してみせます!」
「違うの。わかっているの。私は王族で、それが当たり前だと。でも、ルーシーやリサさん、ポールにも今までのように会えないし、パルフェも私にとってはすごく大事な場所だったのに、もう行けなくなるなんて、思っていなかったから、びっくりしただけなの」
ポロポロと涙が溢れ出てきて止まらない。
そんな私を見てジュディは微笑むと、私の隣に輿を下ろした。

「そうですねぇ。姫様は高貴な身分のお方ですから、ホイホイと町に降りたりは無理ですねぇ。でも、落ち着けばライリー殿下が町に連れて行ってくれると言っていたじゃないですか。あれも一応高貴な王族ですけど、町に降りたり森で遭難したり。いろいろとやらかしてるじゃないですか。だからきっと、全て今まで通りは無理かもしれないけど、必ず行くことはできますよ。もし、ライリー殿下がダメと言うなら、またメイド服を着て、お城を抜け出しましょう。ギルバート様あたりは、きっと協力してくださいますよ」
「……ジュディ」
私はジュディにしがみついて、わんわん泣いた。
悲しかったわけじゃない。
そこまでジュディが言ってくれて、嬉しかったのだ。

王族、ライリー殿下に逆らったら、きっと罰せられる。
それなのに、こんなことを言ってくれる。
「ジュディ、大好きよ」
「わたしも姫様が大好きですよ」
2人で抱きしめ合っていると、開けっ放しのドアがノックされた。

「なーに二人で抱き合ってるんだ。まだ引越しの準備は途中なのだろう」
ギルバート様が、呆れた表情で私たちを見ていた。
私とジュディは、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

「まだ荷物も整理できておりませんが、ギルバート様、お茶はいかがですか?」
私がそう言うと、ギルバート様は「もちろん。茶葉はアッサムティーで」と、注文をつけた。
ギルバート様は、きっと私の目が赤いことに気がついていたと思うけれど、見て見ぬ振りをしてくれた。
ギルバート様も、お優しい方なのだ。


涙を拭って、少し時間を置いてから、ギルバート様が待っているリビングへと足を運んだ。
今日のオヤツは、一昨日の残りのマフィンにした。

「ところで、シャーロットはいつ本宮に越してこれるのだ?」
ジュディはお茶を入れたら、さっさと自分の仕事に戻ってしまい、リビングにはギルバート様と私の二人だけだ。
私は、もうお仕着せを着てはいけないとジュディに言われ、紺のワンピースを着ているので、お給仕もあまりできない。
何もできなくてつまらない……。

「そうですわね。2日、ゆっくり準備して3日もあればお引越しできそうです」
ゆっくりと紅茶を口にしながら答えると、ギルバート様は珍しく満面の笑みを浮かべた。
「そうか。楽しみだな」
「……? 何が楽しみなのですか?」
「何って、シャーロットやジュディが本宮に来るのが、だ。あ、いや、別にシャーロットが来るから嬉しいとかそういう訳ではないからな。絶対に。ただ、シャーロットが何かやらかすのを間近で見られるようになるのが、楽しみだと言っている」

あら、ギルバート様、お顔が赤いですわよ。
私が本宮にお引越しするのを楽しみだと思ってくださっているのですね。
「ありがとうございます。でも、幽閉されるのでは、ギルバート様にお会いする機会も減るのではないかと、私は寂しく思っておりますわ」
ため息と共にそう言うと、ギルバート様はおかしな顔をした。

「何を言っている? 幽閉とはなんのことだ」
「だって、敵国の側妃が城内を歩けないから本宮に引っ越すのでしょう? ライリー殿下も、一人で外を出歩くなとおっしゃっていましたし」

その言葉を聞いてから、マフィンを食べるのに忙しく動いていた口が、あんぐりと開けられた。

「もしかして、シャーロット。ライリーがどういうつもりで、本宮に呼んだかわかっていないのか?」
「申し訳ありません。あの夜はびっくりすることばかりで、あまりよくライリー殿下のお話を聞いていませんでしたの。私が敵国の出身側妃だから、監視が必要なのかなと思っておりました。一人で庭にすら出てはいけないと言われましたし」
違うの?と、私は首を傾げた。

「……そうか。いや、いいんだ。別に、たいした意味はない」

何か、含みがありそうに言うギルバート様が気になった。
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