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10章 待ち惚け王子
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パン屋さんにやろうと決めてからは早かった。
パン屋さんの名前は「パルフェ」にした。不自由のない生活が送れるようにと願いを込めてつけた。
看板をアーサーが作り、店内をマリーの作った小物で飾り、ジュディが厨房を使いやすいように配置換えをしていった。
がらんどうのようだった店が、顔を変えてゆく。
私はというと、最初の雑用がたくさんあるうちはジュディと交代して離宮の仕事とパン屋さんの仕事をやっていたけれど、最終的な細かな作業では私は邪魔になるので、今は離宮にこもったままだ。
ギルバート様が発行してくれた身分証で、好きな時にマリーたちのところに行けるけれど、私には大切な仕事があった。
それも、大仕事と言っても過言ではない。
ダンダン!
ノッカーの音がする。
ジュディはパルフェに行っているので、手を休めて私が玄関へと向かう。
ガチャ。とドアを開けると、そこにはギルバート様が立っていた。
「やあ、シャーロット。今日も元気そうだね」
いつもは眉間にシワを寄せてばかりいるのに、このところのギルバート様はご機嫌だ。
「いらっしゃいませ。ギルバート様。どうぞお入りになって」
私はギルバート様をリビングへと案内した。
もはや、ギルバート様をもてなすのは応接室ではない。
「おかまいなく。がんばって仕事を続けてくれ」
ニヤニヤとしているそのお顔が、私を少しイラっとさせますわ!
「では、お言葉に甘えて」
私はギルバート様にお茶も出さず、作業を再開する。
ギルバート様は勝手知ったる離宮の中で、最近では自分でお茶を入れるようになった。
お茶菓子も、私が作って置いておく棚まで熟知しているので、勝手に出して勝手に食べている。
「シャーロット、このマフィンは手抜きだな。プレーンしかないではないか」
「あるだけマシだと思ってくださいませ。私は忙しいんですの」
「どれ、わたしの名前入りハンカチーフは、どこまで進んだか」
ギルバート様は私の手元を見る。
「なんだ。昨日とあまり変わっていないではないか」
「だから、刺繍は得意ではないと申し上げました!」
そう。
私はギルバート様と約束したイニシャル入りのハンカチーフの製作に励んでいる。
マリー救出の際、ギルバート様がいらっしゃらなかったらマリーもアーサーもボナールが連れてくることはできなかったと思う。
だから、ギルバート様がお望みのハンカチーフを作ることは、私にとって大仕事なのだ。
「まあ、急がなくてもよい。夜会はまだまだ先だからな」
「そうは言っても、不出来でしたらやり直しが必要でしょう?早めに仕上げないと、恥ずかしい思いをされるのはギルバート様ですよ?」
「いや、いいんだ。女性の手作りのハンカチーフを持つことに意味がある。次の夜会は、言うなれば集団見合いだからな」
私は刺繍の手を止めてギルバート様を見る。
「まあ、お見合いですの?でしたら、おモテになることを表すのではなく、女性からの贈り物は身につけない方がいいのではありませんか?」
ギルバート様は紅茶を飲みながら私の手元が止まっていることを咎めた。
「いや、わたしはまだ成人していないからな。夜会の添え物なだけだ。メインは王太子とその側近たちだ。何せあいつらは成人を迎えても婚約者がいない。王太子は城を抜け出して遊び歩いているし、フレッドは女性関係が派手で敬遠されている。ディリオンは変わり者だし、コンラッドは脳筋だ。あぁ、側近の中でも護衛のジェイミーには婚約者がいたな」
私は混乱の中、二度ほど、しかも短時間しかお会いしたことがないので、王太子様もディリオン様もコンラッド様も、もちろん護衛のジェイミー様もあまり記憶にない。
フレッド様だけは、あの後髪と目の診察でお世話になっているから大丈夫ですけれど。
王太子様なんて、もうお顔も忘れてしまったわ。
確か、黒髪だったはず…。瞳の色は何色だったかしら?もう、黒髪と言えば森で会ったライの方が印象に残っているわ。
「でも、珍しいですわね。王太子様なんて、お小さい頃から婚約者が決まってても不思議ではない御身分ですのに」
ギルバート様に睨まれて刺繍を再開する。
「あいつは好きな人がいたみたいだな。10歳頃に婚約者の選定が行われた時に、かなり具体的な人物像を言っていた。当て嵌まる娘は見つけることが出来ずにここまで来たが、もう歳的にも限界だろう」
「まあ、想う方がいらっしゃるのにおかわいそうに」
「誰だかわからんがな。あいつも言わないし。まあ、そんな訳で、わたしのハンカチーフは令嬢避けだから、夜会に間に合えばよい」
「ギルバート様も可愛らしい婚約者をお作りにならばよろしいのに」
そうしたら、離宮に来て無理難題言う時間も減ると思うの。
私がそう言うと、ギルバート様は眉根を寄せて嫌なお顔をした。
「…婚約者など、わたしはいらん」
「そうですか」
もったいない。
とても麗しいお顔をされているから、おモテになるでしょうに。
紅茶を飲み終わると、ギルバート様は不機嫌そうな顔で帰って行った。
残ったマドレーヌは全部おみやげで持って帰られてしまい、私のオヤツは何も残っていなかった…。
パン屋さんの名前は「パルフェ」にした。不自由のない生活が送れるようにと願いを込めてつけた。
看板をアーサーが作り、店内をマリーの作った小物で飾り、ジュディが厨房を使いやすいように配置換えをしていった。
がらんどうのようだった店が、顔を変えてゆく。
私はというと、最初の雑用がたくさんあるうちはジュディと交代して離宮の仕事とパン屋さんの仕事をやっていたけれど、最終的な細かな作業では私は邪魔になるので、今は離宮にこもったままだ。
ギルバート様が発行してくれた身分証で、好きな時にマリーたちのところに行けるけれど、私には大切な仕事があった。
それも、大仕事と言っても過言ではない。
ダンダン!
ノッカーの音がする。
ジュディはパルフェに行っているので、手を休めて私が玄関へと向かう。
ガチャ。とドアを開けると、そこにはギルバート様が立っていた。
「やあ、シャーロット。今日も元気そうだね」
いつもは眉間にシワを寄せてばかりいるのに、このところのギルバート様はご機嫌だ。
「いらっしゃいませ。ギルバート様。どうぞお入りになって」
私はギルバート様をリビングへと案内した。
もはや、ギルバート様をもてなすのは応接室ではない。
「おかまいなく。がんばって仕事を続けてくれ」
ニヤニヤとしているそのお顔が、私を少しイラっとさせますわ!
「では、お言葉に甘えて」
私はギルバート様にお茶も出さず、作業を再開する。
ギルバート様は勝手知ったる離宮の中で、最近では自分でお茶を入れるようになった。
お茶菓子も、私が作って置いておく棚まで熟知しているので、勝手に出して勝手に食べている。
「シャーロット、このマフィンは手抜きだな。プレーンしかないではないか」
「あるだけマシだと思ってくださいませ。私は忙しいんですの」
「どれ、わたしの名前入りハンカチーフは、どこまで進んだか」
ギルバート様は私の手元を見る。
「なんだ。昨日とあまり変わっていないではないか」
「だから、刺繍は得意ではないと申し上げました!」
そう。
私はギルバート様と約束したイニシャル入りのハンカチーフの製作に励んでいる。
マリー救出の際、ギルバート様がいらっしゃらなかったらマリーもアーサーもボナールが連れてくることはできなかったと思う。
だから、ギルバート様がお望みのハンカチーフを作ることは、私にとって大仕事なのだ。
「まあ、急がなくてもよい。夜会はまだまだ先だからな」
「そうは言っても、不出来でしたらやり直しが必要でしょう?早めに仕上げないと、恥ずかしい思いをされるのはギルバート様ですよ?」
「いや、いいんだ。女性の手作りのハンカチーフを持つことに意味がある。次の夜会は、言うなれば集団見合いだからな」
私は刺繍の手を止めてギルバート様を見る。
「まあ、お見合いですの?でしたら、おモテになることを表すのではなく、女性からの贈り物は身につけない方がいいのではありませんか?」
ギルバート様は紅茶を飲みながら私の手元が止まっていることを咎めた。
「いや、わたしはまだ成人していないからな。夜会の添え物なだけだ。メインは王太子とその側近たちだ。何せあいつらは成人を迎えても婚約者がいない。王太子は城を抜け出して遊び歩いているし、フレッドは女性関係が派手で敬遠されている。ディリオンは変わり者だし、コンラッドは脳筋だ。あぁ、側近の中でも護衛のジェイミーには婚約者がいたな」
私は混乱の中、二度ほど、しかも短時間しかお会いしたことがないので、王太子様もディリオン様もコンラッド様も、もちろん護衛のジェイミー様もあまり記憶にない。
フレッド様だけは、あの後髪と目の診察でお世話になっているから大丈夫ですけれど。
王太子様なんて、もうお顔も忘れてしまったわ。
確か、黒髪だったはず…。瞳の色は何色だったかしら?もう、黒髪と言えば森で会ったライの方が印象に残っているわ。
「でも、珍しいですわね。王太子様なんて、お小さい頃から婚約者が決まってても不思議ではない御身分ですのに」
ギルバート様に睨まれて刺繍を再開する。
「あいつは好きな人がいたみたいだな。10歳頃に婚約者の選定が行われた時に、かなり具体的な人物像を言っていた。当て嵌まる娘は見つけることが出来ずにここまで来たが、もう歳的にも限界だろう」
「まあ、想う方がいらっしゃるのにおかわいそうに」
「誰だかわからんがな。あいつも言わないし。まあ、そんな訳で、わたしのハンカチーフは令嬢避けだから、夜会に間に合えばよい」
「ギルバート様も可愛らしい婚約者をお作りにならばよろしいのに」
そうしたら、離宮に来て無理難題言う時間も減ると思うの。
私がそう言うと、ギルバート様は眉根を寄せて嫌なお顔をした。
「…婚約者など、わたしはいらん」
「そうですか」
もったいない。
とても麗しいお顔をされているから、おモテになるでしょうに。
紅茶を飲み終わると、ギルバート様は不機嫌そうな顔で帰って行った。
残ったマドレーヌは全部おみやげで持って帰られてしまい、私のオヤツは何も残っていなかった…。
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