人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉

文字の大きさ
上 下
11 / 187
1章 いらないお姫様

7

しおりを挟む
王太子の到着を告げられ、私は退出しようとしたけれど宰相に止められた。
王太子からの要求で王族は話し合いの場に同席することになっていたそうだ。

出迎えには宰相が行き、王太子と3人のランバラルドの代表者は、ゆったりとした足取りで応接室にやってきた。

王太子はがっしりとした体に高身長で、部屋に入ってきただけで威圧される。
茶色の瞳に、深い闇夜のような黒い短い髪。
顔はワイルド系で、眉も濃く、決してイケメンではないがキリリとした佇まいは部下を率いる長としての威厳がある。


「わたしがランバラルド王太子のライリー=ランバラルドだ。後ろにいるのはわたしの側近フレッドとディリオン。護衛騎士のジェイミーだ」
私たちは立ち上がり、それぞれ挨拶と握手を交わした。

王太子がソファの真ん中に腰を下ろし、両隣を側近が固め、護衛騎士はその後ろに待機する。
長い脚を組み、堂々としている様は、年若い王子とは思えず、すでに国王の風格がある。
確か、王太子は18歳のはずだけど、25.6歳の間違いじゃないかしら…。そんなこと怖くて聞けないけど。

「さて早速だが、具体的な話に移らせてもらおう。ボナールから仕掛けられた戦争で、我がランバラルドも大変な痛手を被った。国王から預かっている書面を確認して、サインをお願いしたい」
ライリー王太子が金髪のフレッド様に視線で合図をすると、フレッド様が細かく文字の書かれた書類を差し出した。

それをお父様が受け取り、宰相と顔を寄せ合って内容を確認する。
「…この条件は呑めない」
お父様が声を絞り出す。
「陛下。捕虜の解放には必要なことです。指揮官は貴族が多い。それを見殺しにするなんてことができますか?反乱が起きますよ」
「では、モーリス。では、これに代わるものを宰相たるお前の裁量で用意するんだ」
「無理です」

お父様と宰相が睨み合う。
一体、どんな内容だったのかしら。

ランバラルド王太子が私の視線に気付き、ニヤリと笑った。
「ディデアの港、鉱山、その他の領地の譲渡。並びにボナール国内のランバラルドとの国境にあるハイランド山とその麓の森はランバラルドの領地とし、賠償金として金貨1500枚の支払いを要求する」
私にはよくわからないが、お父様は鉱山を大事にしていた。鉄を精製する上で重要なのだとか。港は貿易のために重用していたようだし、賠償金の金貨1500枚は、3年間の国家予算に相当する。
大変な痛手ではあるが、払えないものではない。
…とても苦しいものではあるけれど。
王太子は、国が倒れないギリギリのところを要求してきたのだ。
「払えないと言われても困る。ディデアをそのままにしておけば貴国はまた戦争を仕掛けるだろう。港は貿易で結構な金の成る木だったはずだ。今国庫を空にしてもすぐに貯めることができるだろう」
王太子は腕を組み、一切引く気がないと言い切った。

「こちらには戦争をする意思はなかった。貴国が領土を増やしたいという、単なる欲のために仕掛けた戦争だ。…死者も多数出た。国を潰されないだけ、有り難く思って欲しい」
お父様はがっくりと項垂れ、最後にはその条件を呑んだ。

「ボナールの王妃や王女たちもよく見ておいてくれ。国境の山や森はランバラルドの領土となる。財力も武器を作る領地も失った。もう二度と、戦争を起こすことのないように」
王太子は私たちの目をしっかりと見て、訴えかけた。
きっと、このために私たちも呼ばれたのだ。

それはそうだと思う。
今回の戦争は他国を支配したいという、お父様の自尊心を満足させるために起こされた戦争だ。
ボナール王国は資源豊かで、普通に暮らしていればあくせくせずとも食べるに困らない豊かな国だった。
私利私欲のために戦争をふっかけられた方にしては、優しいくらいだろう。
お母様はカタカタと震えて俯くばかりだった。
お姉様はぼんやりとお父様が手にした書類の方を眺めていたけど、私は王太子の目をしっかりと見つめて頷いた。

賠償の話がまとまり、あとは支払い方法の打ち合わせだけとなったため、私たちは退席しようとしたけれど、お母様が腰が抜けたようでうまく立てずに、私とお姉様で支えていた時に、お父様が声を発した。
「金貨1500枚は、なんとかならんか。恥ずかしい話だが、国庫にはあまり金が残っておらん。国債を発行するにしてもすぐに支払うのは難しい」
「ディデアでの貿易で税をとり、輸出する作物は豊富にあったボナールの国庫に金がないなどと、よくもそんな嘘をつけるな」
王太子がお父様を睨むと、私たちの退出のために開けられた扉の向こうのボナール側の護衛と、ランバラルドの護衛との間に緊張が走る。
どちらも剣に手を掛けた。
「ランバラルドの王太子よ。本当のことなのだ。モーリス、国庫金の台帳を持ってきてくれ」
お父様の声を受け、宰相は手持ち金庫から書棚を出し、王太子に渡した。
「…これは…予想外の展開だな。戦争中だというのに、なんでこんなに散財してるんだ。なんだ、この一番最近の法外な値段の宝石は?」
あ、私が公爵たちに売り飛ばされる原因になった宝石だ。

王太子は頭を抱えた。
「~これは…いや、しかし、ご命令には逆らえないし…」
やはり、まけてくれる気はなさそうだ。

「おお!そうだ、王太子よ。第二王女を嫁がせよう!それで金貨500枚の支払いと変えてくれ」
…は?
お父様、何を言いました?
私はお母様を支えていた手を離し、お父様を振り返った。
「いらん!」
振り返った直後、王太子が即座に断りの返事をする。
あぁ。私はどこにとってもいらない姫なんだわ。

「王太子よ、うちの王女は七色の乙女と言われている。精霊の加護があり、祝福をされた御子は、生まれた時に七つの虹が空にかかるという。王女が生まれた時に七つのにじがかかっていたという話、国境を超えても聞こえていたのではないか?」
待って、それは私、第二王女ではなく、お姉様のお話しで。
「お父様、それは」
違う、と告げようとした時に、宰相が私の腕を掴んだ。
「第二王女殿下。これは大人の話です。王妃陛下を連れて、第一王女とともにご退出ください」
メガネの奥にキラッと光る、有無を言わさぬ迫力と、力一杯掴まれた腕の痛さで、私は口を閉じてしまった。

「ほう。そういえば、貴国は王女が生まれたくらいから、天候にも恵まれ、災害も起こらずに毎年作物は豊作だったな」
王太子は少し興味がありそうに、身を乗り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

異世界細腕奮闘記〜貧乏伯爵家を立て直してみせます!〜

くろねこ
恋愛
気付いたら赤ん坊だった。 いや、ちょっと待て。ここはどこ? 私の顔をニコニコと覗き込んでいるのは、薄い翠の瞳に美しい金髪のご婦人。 マジか、、、てかついに異世界デビューきた!とワクワクしていたのもつかの間。 私の生まれた伯爵家は超貧乏とか、、、こうなったら前世の無駄知識をフル活用して、我が家を成り上げてみせますわ! だって、このままじゃロクなところに嫁にいけないじゃないの! 前世で独身アラフォーだったミコトが、なんとか頑張って幸せを掴む、、、まで。

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

なぜ今まで頑張ってきた私が真実の愛を邪魔する悪者になるのですか?

水垣するめ
恋愛
それは突然だった。 「アメリア・イングランド。お前との婚約は破棄する。もう決めたことなんだ」 アメリアの婚約者であるサイモン・エヴァンスはパーティー会場にて、いきなりアメリアへ婚約破棄を申し付けてきた。 隣に見知らぬ女性を連れて。 当然、アメリアは拒否した。 しかしサイモンはアメリアに許しを乞うために土下座までし始めた。 しかし、王妃の準備に今までの人生をかけていたアメリアは婚約破棄を受け入れられなかった。 全てを捧げてきた物を何の努力もしていない人間に盗まれるのは、我慢ならないのは当然だ。 だが、それを見ていた周囲の人物はアメリアへと物を投げ、罵声を浴びせ始めた。 「なぜそんな事が言えるんだ!」 「このクズが!」 それを利用し、サイモンはアメリアを悪者へと無自覚に仕立て上げる。 誹謗中傷。 肉体的な暴力。 全ての悪意がアメリアへ向いていく。 サイモンは悪気もなく一緒になってアメリアを責め立てる。 なぜ今まで頑張ってきた私が真実の愛を邪魔する悪者になるのですか?

父の浮気相手は私の親友でした。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるティセリアは、父の横暴に対して怒りを覚えていた。 彼は、妻であるティセリアの母を邪険に扱っていたのだ。 しかしそれでも、自分に対しては真っ当に父親として接してくれる彼に対して、ティセリアは複雑な思いを抱いていた。 そんな彼女が悩みを唯一打ち明けられるのは、親友であるイルーネだけだった。 その友情は、大切にしなければならない。ティセリアは日頃からそのように思っていたのである。 だが、そんな彼女の思いは一瞬で打ち砕かれることになった。 その親友は、あろうことかティセリアの父親と関係を持っていたのだ。 それによって、ティセリアの中で二人に対する情は崩れ去った。彼女にとっては、最早どちらも自身を裏切った人達でしかなくなっていたのだ。

あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットの悪評を広げた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも解放されずに国王の命令で次の婚約者を選ぶことになる。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。

縦ロールをやめたら愛されました。

えんどう
恋愛
 縦ロールは令嬢の命!!と頑なにその髪型を守ってきた公爵令嬢のシャルロット。 「お前を愛することはない。これは政略結婚だ、余計なものを求めてくれるな」 ──そう言っていた婚約者が結婚して縦ロールをやめた途端に急に甘ったるい視線を向けて愛を囁くようになったのは何故? これは私の友人がゴスロリやめて清楚系に走った途端にモテ始めた話に基づくような基づかないような。 追記:3.21 忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。

日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜

橘しづき
恋愛
 服部舞香は弟と二人で暮らす二十五歳の看護師だ。両親は共に蒸発している。弟の進学費用のために働き、貧乏生活をしながら貯蓄を頑張っていた。  そんなある日、付き合っていた彼氏には二股掛けられていたことが判明し振られる。意気消沈しながら帰宅すれば、身に覚えのない借金を回収しにガラの悪い男たちが居座っていた。どうやら、蒸発した父親が借金を作ったらしかった。     その額、三千万。    到底払えそうにない額に、身を売ることを決意した途端、見知らぬ男が現れ借金の肩代わりを申し出る。    だがその男は、とんでもない仕事を舞香に提案してきて……  

処理中です...