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1章 婚約破棄
2 同じ境遇
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優しく微笑みながら私を見つめる知らない男性。
階段の数段下に立っているのに、私より身長が高いです。
「本当に申し訳ありません」
私は再び深く頭を下げて謝罪します。
「ああっ、頭を上げて下さい! 僕が悪いんですから。僕がこんなところに座り込んでいたのが原因なんですからっ!」
「いえ、私の方こそ考え事をしていて前をちゃんと見ていませんでしたから……それより、平気ですか? まだ痛みますか?」
「大丈夫! 本当に、本当に、本当に大丈夫! だから気にしないで下さい。こう見えて身体は結構、丈夫に出来ていますから」
「しかし……結構強めに当たったと思いますし、それに何よりいきなり背中を蹴飛ばすだなんてとんでもないご無礼を働いてしまって……お恥ずかしい……何かお詫びをさせて下さい」
そう言い放った私の顔を彼は少し困ったような表情で見て、それから顎に手を当て空を仰ぎ見ながら言いました。
「じゃあ……僕がここに座っていた事、内緒にしてもらえます?」
「え……?」
思いもしない要求に、つい自然な感じで聞き返してしまいました。まるで友人とお話でもする時のように。
間抜けな顔になっていなければよいのですが……。
「あっははは……お父様に知られたらお説教されちゃうだろうから。『お前はこんな時にこんな所でいったい何をしているんだ⁉︎ しかも地べたに座り込むなんてはしたない! 着衣が汚れるではないか! 貴族としての自覚を持て! 少しは兄を見習え!』ってさ」
「厳格なお父様なのですね。私の父と似ているかもしれません」
いえ、
貴族の家は大体同じようなものでしょうか?
世間体ばかり気にして、財産や家の名を立派にする事ばかり考えて日々、悪戦苦闘している。
偉く、強く、気高くなる事に身をやつしている。
でも、私は違うと思う。そういうの。
「僕には兄が二人いて、長男は伯爵家の御令嬢と婚約中、次男は子爵家の御令嬢と婚約中、三男の僕は……男爵家の御令嬢と婚約中ーーーーだった」
「だった……?」
「ええ……つい、ほんのさっきまで」
ぽつりとそう呟くと彼はややうつむいてしまいました。
まるで親に叱られた子供のような幼い仕草で。
「それはーーーー」
「はい。まぁ、有り体に言うとよくある婚約破棄ってやつですね」
「よくある……」
「貴族の結婚なんてものは家の発展のために行うようなものでしょ? 自分の家系より上の家系と一緒になる事で権力や財産を増していく、戦略ゲームみたいに。って、そんな事は君も知っていますよね。だから、他にいい人が見つかればそっちへ移る。最初から互いに気持ちなんてないんだから簡単な話ですよ」
「そう……ですね」
彼の言っている事は正しいと思います。貴族の結婚は家の為、親の為であって間違っても本人同士の為ではない。
それは何十年、何百年も昔からやってきた、もはや貴族の伝統のようなもの。
そんなの当たり前です。
でも……
私とアシュトレイ様はそうではなかった。本当に気持ちは通じ合っていた。
なんて、私だけが一方的にそう思い込んでいるだけなのかもしれませんが。
でも、少なくとも、アシュトレイ様のあの笑顔だけは偽りではなかったと思います。
いえ、
これも単に私がそう思い込んでいたかっただけでしょうか?
ありもしない夢まぼろしに想いを馳せて、現実から目を背けていたかっただけ?
「…………」
きっとそうですね。
そうに決まってます。
その証拠に、つい先ほど一方的に婚約破棄をされたばかりですし。
夢を見るのは終わり。
しっかりと目を開いて、現実を見て、お家のために頑張らないと。
「ん? どうかしました?」
急に黙り込んだ私を訝しんで彼は私の顔を覗き込んで来ました。
「ーーーーあっ、いえっ! 別に、その、あの……」
「ご気分が優れませんか?」
彼はそう言って、私の顔を覗き込みながら更に近寄って来ます。
ほんの数センチ先に、知らない男性のお顔が迫ります。
私がほんの少し動いただけで鼻先が当たってしまうくらいの距離。
それはアシュトレイ様とも経験のない距離。
胸が高鳴ります。
心臓が激しく脈を打って、まるで別の生き物のように私の中で暴れます。
そんな状況では言葉はおろか、呼吸さえままなりません。私は自由を失った身体で咄嗟に目を閉じました。
すると、
「ーーーーふむ。顔色が悪いという訳ではないようですね。確か、あちらの部屋に長椅子がありましたからそこで少し休まれてはいかがです? 良ければご案内致しますよ」
そう言った彼が指し示した部屋。それはつい先ほど私が婚約破棄をされた茶会の会場。
今、一番近寄りたくない場所。
だから、私は言いました。
「いえ、あの……私。ここで……ここであなたとお喋りがしたいです」
階段の数段下に立っているのに、私より身長が高いです。
「本当に申し訳ありません」
私は再び深く頭を下げて謝罪します。
「ああっ、頭を上げて下さい! 僕が悪いんですから。僕がこんなところに座り込んでいたのが原因なんですからっ!」
「いえ、私の方こそ考え事をしていて前をちゃんと見ていませんでしたから……それより、平気ですか? まだ痛みますか?」
「大丈夫! 本当に、本当に、本当に大丈夫! だから気にしないで下さい。こう見えて身体は結構、丈夫に出来ていますから」
「しかし……結構強めに当たったと思いますし、それに何よりいきなり背中を蹴飛ばすだなんてとんでもないご無礼を働いてしまって……お恥ずかしい……何かお詫びをさせて下さい」
そう言い放った私の顔を彼は少し困ったような表情で見て、それから顎に手を当て空を仰ぎ見ながら言いました。
「じゃあ……僕がここに座っていた事、内緒にしてもらえます?」
「え……?」
思いもしない要求に、つい自然な感じで聞き返してしまいました。まるで友人とお話でもする時のように。
間抜けな顔になっていなければよいのですが……。
「あっははは……お父様に知られたらお説教されちゃうだろうから。『お前はこんな時にこんな所でいったい何をしているんだ⁉︎ しかも地べたに座り込むなんてはしたない! 着衣が汚れるではないか! 貴族としての自覚を持て! 少しは兄を見習え!』ってさ」
「厳格なお父様なのですね。私の父と似ているかもしれません」
いえ、
貴族の家は大体同じようなものでしょうか?
世間体ばかり気にして、財産や家の名を立派にする事ばかり考えて日々、悪戦苦闘している。
偉く、強く、気高くなる事に身をやつしている。
でも、私は違うと思う。そういうの。
「僕には兄が二人いて、長男は伯爵家の御令嬢と婚約中、次男は子爵家の御令嬢と婚約中、三男の僕は……男爵家の御令嬢と婚約中ーーーーだった」
「だった……?」
「ええ……つい、ほんのさっきまで」
ぽつりとそう呟くと彼はややうつむいてしまいました。
まるで親に叱られた子供のような幼い仕草で。
「それはーーーー」
「はい。まぁ、有り体に言うとよくある婚約破棄ってやつですね」
「よくある……」
「貴族の結婚なんてものは家の発展のために行うようなものでしょ? 自分の家系より上の家系と一緒になる事で権力や財産を増していく、戦略ゲームみたいに。って、そんな事は君も知っていますよね。だから、他にいい人が見つかればそっちへ移る。最初から互いに気持ちなんてないんだから簡単な話ですよ」
「そう……ですね」
彼の言っている事は正しいと思います。貴族の結婚は家の為、親の為であって間違っても本人同士の為ではない。
それは何十年、何百年も昔からやってきた、もはや貴族の伝統のようなもの。
そんなの当たり前です。
でも……
私とアシュトレイ様はそうではなかった。本当に気持ちは通じ合っていた。
なんて、私だけが一方的にそう思い込んでいるだけなのかもしれませんが。
でも、少なくとも、アシュトレイ様のあの笑顔だけは偽りではなかったと思います。
いえ、
これも単に私がそう思い込んでいたかっただけでしょうか?
ありもしない夢まぼろしに想いを馳せて、現実から目を背けていたかっただけ?
「…………」
きっとそうですね。
そうに決まってます。
その証拠に、つい先ほど一方的に婚約破棄をされたばかりですし。
夢を見るのは終わり。
しっかりと目を開いて、現実を見て、お家のために頑張らないと。
「ん? どうかしました?」
急に黙り込んだ私を訝しんで彼は私の顔を覗き込んで来ました。
「ーーーーあっ、いえっ! 別に、その、あの……」
「ご気分が優れませんか?」
彼はそう言って、私の顔を覗き込みながら更に近寄って来ます。
ほんの数センチ先に、知らない男性のお顔が迫ります。
私がほんの少し動いただけで鼻先が当たってしまうくらいの距離。
それはアシュトレイ様とも経験のない距離。
胸が高鳴ります。
心臓が激しく脈を打って、まるで別の生き物のように私の中で暴れます。
そんな状況では言葉はおろか、呼吸さえままなりません。私は自由を失った身体で咄嗟に目を閉じました。
すると、
「ーーーーふむ。顔色が悪いという訳ではないようですね。確か、あちらの部屋に長椅子がありましたからそこで少し休まれてはいかがです? 良ければご案内致しますよ」
そう言った彼が指し示した部屋。それはつい先ほど私が婚約破棄をされた茶会の会場。
今、一番近寄りたくない場所。
だから、私は言いました。
「いえ、あの……私。ここで……ここであなたとお喋りがしたいです」
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