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3章 これからの僕達
柴丸のクッション
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柴丸が息を引き取ってから10年が過ぎた。
柴丸が生前愛用していたクッションは、今は茶々丸が使用している。
本当は柴丸のケージと一緒に片付けるつもりだったのだが、茶々丸がクッションの上から一歩も動こうとしないので今でもそのままにしている。
柴丸の匂いが染みついたクッションを茶々丸としても手放したくはないのだろう。
さんざんお世話になったお兄さんが愛用していたクッションなのだ、無理もない。
時が過ぎ去るのは本当に早く、気がつけば僕も31歳になる。
思い返せば茶々丸と出会ってから本当に色んな出来事があった。
茶々丸がいなければ柴丸を失ったショックから、未だ立ち直れていなかったかも知れない。
そう考えると、僕は茶々丸にずいぶんお世話になっている。
僕は茶々丸の身体を撫でた。
静まり返った部屋の中、茶々丸は目を閉じて静かに呼吸をしている。
昔はこうやって柴丸と茶々丸を交互に撫でてあげたものだ。
茶々丸が部屋の中を走り回っていたあの頃の喧騒が、その姿を目線だけで追う柴丸の姿が鮮明に思い出される。
あの頃がずいぶん遠い過去になってしまったような気がする。
もう戻らない大切な時間。
僕の心に寂しさがまたひとつ積み重なった。
何だか泣いてしまいそうだったので、それから僕は茶々丸のもとを後にして自分の部屋へと戻った。
翌日。
僕が居間へ向かうと母さんが慌てた様子でいた。
話を聞くと、茶々丸がいなくなってしまったらしい。
朝、食事を与えに裏口へ向かったのだが、そこにはもう茶々丸の姿はなかったという。
外に繋がる裏口のドアが薄く開いており、そこから外へと出たようなのだ。
すぐさま茶々丸を捜して母さんも外に出たのだが、いくら捜しても見つけられなかったらしい。
母さんは目に涙を溜め、困惑していたので父さんがどうにか落ち着かせようとしていた。
母さんのことは父さんに任せて、僕は茶々丸を捜しに外へ出た。
茶々丸が外に出ること自体はそれほど珍しいことではなかった。
基本的に室内で飼ってはいるが、ある程度大人になったあたりからよく晴れた日などは外に出してあげていた。
茶々丸も外の世界の様子が新鮮なようで、いたる所の匂いを熱心に嗅ぎ回っていた。
塀の上を歩き、屋根の上へと登って楽しそうにしていたが、家から遠く離れた場所へは決して行かず、小1時間もすれば自らクッションの上に戻っていたのだ。
だからそこまでの遠出はしないと思っていたのだが、心当たりをいくら探しても茶々丸を見つけることは出来なかった。
事故などに遭っていなければいいのだが。言い知れぬ不安だけが僕の中で膨らんでいった。
夕方、陽が沈み始めた頃、もしかして先に家に戻っているかもしれないと思い自宅へと戻ったが、茶々丸はまだ戻ってはいなかった。
その夜、父さんがこんなことを言った。
「茶々丸も、もういい年齢だからな……」
父さんが言わんとする事はすぐに理解できた。
猫の習性として古くから言われている事がある。
猫は自身の死期が近づくと人目につかない場所へ行き、ひとりきりで死を迎えるのだと言う。
つまり、年齢を重ねた茶々丸は自身の死を悟り、死場所を求めて家を出たという事だ。
そのことに思い至ると、途端に胸が苦しくなった。
喉に何かが詰まったように、うまく呼吸が出来なくなった。
分かっていた。
いつか、いつかお別れが来るだなんてことは分かっていたんだ。
多くの動物達が人間の僕達より早く死ぬなんて、そんなこと当たり前なのだから。
でも、最後は、最後はみんなで、家族みんなで送ってあげたかった。柴丸の時がそうであったように。
茶々丸とも、最後の瞬間まで、一緒にいたかった。
僕の頬に一筋の涙が伝った。
柴丸が生前愛用していたクッションは、今は茶々丸が使用している。
本当は柴丸のケージと一緒に片付けるつもりだったのだが、茶々丸がクッションの上から一歩も動こうとしないので今でもそのままにしている。
柴丸の匂いが染みついたクッションを茶々丸としても手放したくはないのだろう。
さんざんお世話になったお兄さんが愛用していたクッションなのだ、無理もない。
時が過ぎ去るのは本当に早く、気がつけば僕も31歳になる。
思い返せば茶々丸と出会ってから本当に色んな出来事があった。
茶々丸がいなければ柴丸を失ったショックから、未だ立ち直れていなかったかも知れない。
そう考えると、僕は茶々丸にずいぶんお世話になっている。
僕は茶々丸の身体を撫でた。
静まり返った部屋の中、茶々丸は目を閉じて静かに呼吸をしている。
昔はこうやって柴丸と茶々丸を交互に撫でてあげたものだ。
茶々丸が部屋の中を走り回っていたあの頃の喧騒が、その姿を目線だけで追う柴丸の姿が鮮明に思い出される。
あの頃がずいぶん遠い過去になってしまったような気がする。
もう戻らない大切な時間。
僕の心に寂しさがまたひとつ積み重なった。
何だか泣いてしまいそうだったので、それから僕は茶々丸のもとを後にして自分の部屋へと戻った。
翌日。
僕が居間へ向かうと母さんが慌てた様子でいた。
話を聞くと、茶々丸がいなくなってしまったらしい。
朝、食事を与えに裏口へ向かったのだが、そこにはもう茶々丸の姿はなかったという。
外に繋がる裏口のドアが薄く開いており、そこから外へと出たようなのだ。
すぐさま茶々丸を捜して母さんも外に出たのだが、いくら捜しても見つけられなかったらしい。
母さんは目に涙を溜め、困惑していたので父さんがどうにか落ち着かせようとしていた。
母さんのことは父さんに任せて、僕は茶々丸を捜しに外へ出た。
茶々丸が外に出ること自体はそれほど珍しいことではなかった。
基本的に室内で飼ってはいるが、ある程度大人になったあたりからよく晴れた日などは外に出してあげていた。
茶々丸も外の世界の様子が新鮮なようで、いたる所の匂いを熱心に嗅ぎ回っていた。
塀の上を歩き、屋根の上へと登って楽しそうにしていたが、家から遠く離れた場所へは決して行かず、小1時間もすれば自らクッションの上に戻っていたのだ。
だからそこまでの遠出はしないと思っていたのだが、心当たりをいくら探しても茶々丸を見つけることは出来なかった。
事故などに遭っていなければいいのだが。言い知れぬ不安だけが僕の中で膨らんでいった。
夕方、陽が沈み始めた頃、もしかして先に家に戻っているかもしれないと思い自宅へと戻ったが、茶々丸はまだ戻ってはいなかった。
その夜、父さんがこんなことを言った。
「茶々丸も、もういい年齢だからな……」
父さんが言わんとする事はすぐに理解できた。
猫の習性として古くから言われている事がある。
猫は自身の死期が近づくと人目につかない場所へ行き、ひとりきりで死を迎えるのだと言う。
つまり、年齢を重ねた茶々丸は自身の死を悟り、死場所を求めて家を出たという事だ。
そのことに思い至ると、途端に胸が苦しくなった。
喉に何かが詰まったように、うまく呼吸が出来なくなった。
分かっていた。
いつか、いつかお別れが来るだなんてことは分かっていたんだ。
多くの動物達が人間の僕達より早く死ぬなんて、そんなこと当たり前なのだから。
でも、最後は、最後はみんなで、家族みんなで送ってあげたかった。柴丸の時がそうであったように。
茶々丸とも、最後の瞬間まで、一緒にいたかった。
僕の頬に一筋の涙が伝った。
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