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第二章 『ギルセル王国第三都市セルビス』
第二十一冊 『異世界人』
しおりを挟む「さて、此処ならいいかな」
とは、裏路地に付いた途端、築波が言った言葉だ。
現在は築波の耳打ちから十数分経った頃である。あの後成り行きで『情報収集を行うティアの代わりに築波がヨウの試験官を担当する』という話になった。本来であれば試験を受ける人間に近しい人物が相応しいらしいが、シーラ曰く、
『SSランクのツクバさんなら安心して任せられるッス!』
だ、そうで。ヨウとしても誰かが代行してくれるというのは有難かった。というか、ティアによれば自分より適役だそうだ。SSランクとは人類同盟の定める階級において三番目。ティアの数倍から十数倍の強さを持つ者だけが、SSランクに成れるらしい。想像もつかない話だ。
「築波さん。何で路地裏なんだ? 別に誰が聞いているわけでもないんだし、人類同盟内でも良かったんじゃ……それとも、重要な話なのか?」
ヨウも同じく路地裏に入り、早々に言う。築波には『とりあえず話があるから付いてきてくれ』と言われただけで、なにをするのかという話はされていない。ある程度は予想はつく。『転生者』に関することだろう。だが、その話を聞いて理解できる者がいるかどうかだ。その辺の一般人が『転生者』という言葉の意味を理解できるとは思えない。
ちなみに、ヨウが『築波さん』と呼んでいるのは、癖だからだ。相手が目上の人だと、自然と丁寧になってしまう。
「重要と言えば重要だけど、僕と君────転生者についてだよ」
「転生者について話すのに、此処まで警戒する必要があるのか?」
「簡単な話さ。他の転生者が聞いていたらどうするんだい? 僕やヨウ君以外に転生者がいないなんて、断言できるわけじゃないんだし」
「……ごもっとも」
ぴしゃり、と言われ、思わず口ごもる。自分を主人公と思ってはいけない。転生者がどれぐらいいるのか、何処に居るのか、誰がそうなのか。居る筈がない、と言ってしまえばそれまでだが、実際目の前には転生者が存在している。築波の言葉は否定できない。
ここは異世界。何が起こるか分からないのは、ヨウ自身が体験していることだ。
「ってことは、築波さんは他の転生者を見たことがあるのか?」
「あるよ。いっぱいある。僕は今まで、五人と遭ってきたかな。案外この世界には異世界人が多い。君で六人目だ」
「六人……そいつらは全員、チートとかもってたり?」
「したね」
築波は苦笑いし、そう告げる。どうやら彼も苦い思い出がある様で、その表情には苦労が伺えた。チート。ヨウはもらえなかったものだ。やはりというべきか、あの『神』、も与えるべき者にはチートを与えるらしい。まぁ、与えられなかったヨウも、今では『龍神の力』を受け継いだのだが。
築波は浅く息をつきながら、
「全員と戦ったけど、死ぬかと思ったよ。ほんと、大蛇とか目じゃないくらい。大蛇が1とするのなら、転生者たちは8だね」
「おいおい。大蛇とか俺でも想像つかないのに……やっぱり転生者っていうのは強いんだな……」
軽く戦慄を覚える。
ヨウが敵わない(と思われる)築波が死にかけたというのなら、ちょっと強さが想像できない。それこそその『大蛇』とやらにも敵うか分からないのに。
「強いに決まってるよ─────仮にも、神より力を与えられたんだからね。弱かったら格好がつかない」
「だろうな。俺にはそういうのは無かったけど……」
ふと、漏らした呟きだ。意味は当然、『チートを貰えなかった』という事。
築波はそこに反応し、疑問符を頭に浮かべると、
「君は……チートを貰えなかったのかい? けど、ヨウ君にはそれなりの実力が付いているはずだ。素の才能とか言うんじゃないだろうね?」
「それは……」
少し口ごもる。チートを貰えなかったことは素直に言っていい。だが、『なぜ力を付けているのか』を説明しろと言われると、少し躊躇される。龍神、龍神族、竜獣族は、この世界において絶滅したとされている種族だ。そのことを口にするのは憚られる。
故にヨウはごまかさざる負えない。
「まぁ、ちょっとな……色々あったんだよ」
「いいだろう。冒険者の間で、互いの能力を探り合うのはマナー違反だ。僕が悪かったよ」
「ごめんね」、と謝る築波。
正直なところ、引いてくれて助かった。脅迫なんかされたら吐いてしまう自信がある。強大な存在に対し、ある程度耐性が付いたと言っても、まだまだ序の口。口の言い合いではだれよりも弱い自信がある。
「それよりも、僕と君の話だ。他の転生者の話はあまり好きじゃない。とりあえずは、自己紹介と行こうか」
言葉を切り、
「さっきも言ったけど、僕の名前は築波・レイライン。家名が『築波』なのは、母親がコトナ王国人だからで、名前がレイラインなのは父親がヴォレシアン帝国人だからさ。君の方は、ソラシロ・ヨウでよかったかな?」
「あ、ああ。そうだ」
自己紹介が始まる。これはヨウの警戒を解くためだろう。転生者という存在に、初めて会ったヨウに、信頼されるため、情報を公開する儀式だ。
「それで、僕のチートだけれど……それは、これさ」
築波はそう言うと、腰に手を伸ばす。両腰のホルダーを開け、中にある物へ手を伸ばす。そしてカチャリ、と抜かれた物は黒い『L』型の物体だった。
掌より少し大きい程度。わずかな光の反射を受け輝くそれは、酷く無機質で、機械的だ。築波はそれを握ると、顔の前まで持ってくる。それは、その黒い『武器』は─────
「─────拳銃!?」
間違えるはずがない。
その武器は、地球に存在している現代兵器。拳銃だった。否、正確には二丁拳銃というべきだ。築波は腰のホルダー……ガンホルダーに、二丁の拳銃を隠し持っていた。
それが築波の転生得点なのだろう。神より与えられしチート、それが目の前の拳銃だ。
「その通り。この拳銃は二対で効果を発揮する『魔銃:ホロウ&ラクス』。両方とも自動拳銃で、モチーフに成ったのはベレッタⅯ92とデザートイーグル……らしいよ」
「銃、とはな……だから人類同盟の中で『発砲』といっていたのか」
そりゃ、現代兵器である銃なんて使えたら大半の魔物などイチコロだろう。それに、唯の拳銃ではなく、『魔銃』ともなれば猶更だ。それ即ち、特殊効果を持つ拳銃という事なのだから。この世界の魔法と、現代技術が合わさった兵器。普通に考えて勝てない。
「じゃあ、『銃闘法』ってのは、『銃で闘う方法』ってところか?」
「そうだね。僕はこの拳銃で戦闘するスタイルをそう呼んでいるんだ。それと、もちろんこの銃は隠してるよ? 戦う時は大抵一人だし、他の冒険者とは行動を共にしない様にしている。銃なんかバレたら大変なことに成りそうだしね」
確かに、地球で見たラノベの類でも、銃は隠されていた。見たこともなく、魔力を使わず、物理的な現象だけで魔物を蹂躙できる拳銃は、この世界にとって喉から手が出るほど欲しい代物だ。そんな兵器を持っていると分かったら、国中から追いかけられるだろう。
「じゃあ、試験の時は銃を使わないのか?」
「いや、同業者がいない限り使っても大丈夫。それに、SSランクともなればある程度融通も利く。些事でSSランクが冒険しなくなったら、それこそ国にとっての損失だからね。ある程度はごまかせるんだ」
曰く、SSランクは世界でも十数人しかいないらしい。SSランク、詰り、知名度を持つ冒険者が国に居るというのは宣伝にもなる。この世界で一番SSランクが多い国はヴォレシアン帝国というところだが、そこは世界で一番規模の大きい国だという。
逆に、その国でSSランク冒険者────築波が、何らかの要因で冒険者を辞めてしまったら、事情を何も知らない人たちは自然と『その国で何かが起こった』、ということになる。直接的ではないが、その国には最高クラスの強者が挫折する、若しくは活動を辞めざる負えない程の脅威が存在している、なんて噂が流れるかもしれないのだ。
つまり、『高ランク冒険者が辞める=その時滞在していた国の印象が悪くなる』に繋がるのだ。もちろん、絶対ではない。だが、少しでも可能性があるのなら、それを潰そうとするのは当たり前である。その為、高ランク冒険者には良い待遇が用意されているのだ。
それこそ、超絶的な兵器を持っていたとしても、それを見逃すぐらいに。
「先輩として、手本ぐらいは見せてあげられるよ」
「築波さんの『銃闘法』が手本になるのか……?」
ヨウの戦闘スタイル(の様な物)は、片手剣と体を使うものだ。
築波は両手の二丁拳銃による戦闘スタイルであるため、参考に成るかは不明だ。体術、という意味では良い手本になるかもしれないが。
「で、人類同盟内でも言ったけど、ランクはSS。人類異名は『銃真万来《ガンスリンガー》』」
「『ガン』って入っているけど、|人類同盟(ギルド)では築波さんが銃を持っていることは知られてないんじゃないのか?」
人類異名が人類同盟によって付けられる二つ名というのなら、当然その人の功績や特徴などからネーミングされる。だとするのなら、名付ける人たちは築波が『銃』を使っていることを知っていないといけない。
築波は銃を宙へ漂わせ、首を振りながら、
「いや、僕の場合は自己申告さ。それに、人類異名に『ガン』を入れているのは、ある意図があるんだ」
「意図? ……なんだそれ。少なくとも俺は分からないが」
「転生者へ向けてのメッセージ、の様なものかな」
築波は目を細め、浅く息をつきながら言った。
その表情はまるで、獲物を前にした獰猛な獅子の様だ。端的に言って少し怖い。全身の毛が逆立つ様な気迫がある。
「『ガン』の意味が分かるのは、この世界では転生者だけだ。この世界の住人が聞いたところで、別段不思議には思わない。だけど、初めてその言葉を聞いた転生者は、須らく驚いてしまうんだ。ちょうど、キミみたいにね」
「……あぁ、なるほど。意味は分かった」
「それ以外にも、『銃闘法』だってそうだ。ヨウ君は初めて聞いた時、日本の法律である『銃刀法』をイメージしただろう?」
──────つまり、だ。築波が意図的に仕掛けたメッセージというのは、転生者を炙りだす為の罠である。日本の技術や言葉を並べられれば、余程ポーカーフェイスが得意な転生者以外表情や行動に出てしまう。ヨウを転生者と判断したのも、これを利用したのだ。
「転生者を炙りだすことに何の意味があるんだ?」
「それに関しては企業秘密ってところかな。ま、気持ちのいい話ではないよ」
「一寸先は闇は勘弁だな」
尋ねるが、相手に話す気はなさそうだ。最後に付けたされた言葉が気になるが、そういうのであれば深追いするのは辞めておく。文字通り、碌なことに成らなそうだ。
築波はヒュー、っと口笛を吹く。なんだか馬鹿にしている様にも見えた。
「『一寸先は闇』────あぁ、懐かしいね。この世界では聞かない言葉だよ。日本のことを思い出せるのはいいね」
「この異世界で諺なんかないだろうからな。なら良かった」
若干だが、築波の機嫌がいい。口元には微笑が浮かべられており、手で銃をくるくるとまわしている。正直危ない。暴発でもしたらどうするのだろうか。それともその銃─────ホロウ&ラクスには安全装置でも付いているのだろうか。
しかし、諺だけでそこまで変化する物だろうか。
確かに諺とはこの世界では聞かないし、ヨウ自身も自ら言って『この言葉を聞いたのというのも久しぶりだな』とは思いもしたが、そこまで浸るものでは無かった。築波はそんなヨウの疑問を察してか、「ん?」と声を漏らした後、頷きながら、
「ヨウ君がこの世界に来てからどれぐらいたっているか分からないけど、僕にとっては二十二年経っているんだ。地球の諺とか、訛りとか、もう昔過ぎて覚えてないよ」
「急に重いなおい。俺にはわからない感覚だ」
異世界で二十二年。正直途方もない年数だ。現在のヨウが何歳かわからないが、体感的には十七といった所である。この世界に来てから約一か月。あまりにも濃すぎる日々だった。そう考えれば、築波はその二十二年でどれだけ経験を積んできたというのか。
「なにはともあれ、そろそろ向かおうか。これ以上は歩きながら話そう」
「何を……あぁ、そっか。ゴブリン討伐だったな。すっかり忘れてた」
築波の言葉に一瞬呆け、すぐ理解する。向かう、の意味が分からなかった。『銃』のインパクトや異世界人うんぬんかんぬんで忘れかけていたが、本来の目的は『試験:ゴブリン討伐』である。どうやら警戒しすぎたようだ。
ヨウは懐から一枚の紙を出した。それはシーラから渡された依頼用紙だ。ざっくりとした依頼内容はこんな感じである。
緑獣族討伐
・ランク:G
・報 酬:金貨三枚、銀貨七枚
・内 容:近隣の森に生息している緑獣族の討伐
・場 所:銀の森
・期 間:一日
・期 限:十二時の鐘の音まで
・依頼主:人類同盟
・備 考:試験用依頼
築波は指でヨウに歩き出すよう指示すると、歩き出した。
「完全なる依頼用だね。南東にある『銀の森』で生息している緑獣族を二匹~五匹討伐し、その証拠として体の一部や身に着けている装飾品を提出すること」
ヨウから渡された依頼用紙を築波は読んだ。金貨三枚と銀貨七枚。日本円にして三千七百円だ。日給にしては高い。まあ、命を張っているのだから、寧ろ安いぐらいだろうが。
因みに銀の森とは、南東の方にある森の名称である。その近くには鉱山があり、銀がたくさん採れることから命名された。さらに言うなら、ヨウとティアが入ってきた街門は二つある門の内北門である。
「さて、ヨウ君。向かおうか。何か必要な物とかあるかい?」
「いや、大丈夫だ。道具系統は神製道具の中に仕舞ってある」
と、言うが、ヨウは現在万物収納異空間展開鞄を背負っていない。というのも、万物収納異空間展開鞄には隠された機能があったのだ。それは、『外側自体を異空間に収納する機能』である。デカい外見を異空間に仕舞い込むことによって、『出したい』と思って空間に手を翳すと取り出せる、というものだ。
それ自体はカルムやティアも知っていたらしいが、三年前は異空間系統の神製道具は貴重で、カモフラージュの為にやたらデカい外見をそのままにしていたのだという。現在は高価ではあるがかなり出回っているらしく、『大丈夫』とティアが言うのでこの状態にした。
「小型か、異空間系の神製道具かな。それなら安心だ。武器もそれに入っているのかい?」
「ああ、瞬時に取り出せるから大丈夫だ」
龍神の剣は詠唱によって出すものだが、あらかじめ出して万物収納異空間展開鞄の中に仕舞ってある。いつもそうしておけば、と考えるが、消して出すのにも利点はある。状態がリセットされるのだ。どれだけ汚れていようとも、詠唱で消して出せば元通り。『何もないところから剣を召喚する』という能力がバレた場合、何が起こるか分からないので仕舞っているのだ。
ちなみに、魔導書は常に懐に入れている。いつでも強敵が現れても対処できるようにだ。少しかさばるが、この程度なら全然問題ない。
「よしよし。じゃ、行こうか」
その言葉に従い、二人は裏路地から出る。そして、南東にある街門へ向かって行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「へぇ、あいつが『龍殺し殺し』か」
「そうそう。よぉーく、覚えておいてね? 君にはあれを殺してもらうんだからさ」
「陳家な野郎だな。オレが力加えたら折れそうじゃねえか」
「クククククク。そういうのを死亡フラグっていうらしいよ? 『女』の命は私が預かっているんだから、わかってるね?」
「あぁ─────わかってるよ。神天使サマ」
「それでいい。『跳弾戦法』」
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