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第四章 仏の棺(仮題)
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しおりを挟む次の日、東屋と須藤は市内にある白樺市民病院へ訪れた。須藤は昨日にも増して口数が少なく、心成しか顔色も悪かった。
二人はスタッフステーションで奥山の入院している病室を教えてもらった。看護士の言う通り715号室まで行くと、部屋の前に『奥山 八重子』の名札が貼ってある。部屋の扉は開け放してあって、室内からは奥山と聞き覚えのない男性の話し声が聞こえた。
「……どうしてすぐに連絡くれなかったんだ。」
「だから何度も言ってるでしょ?私は気を失ってたし、病院に運ばれた時に何も持ってなかったんです。」
どうやら少し揉めているようだ。部屋の中から男性の大きな溜息が聴こえる。どのタイミングで入ろうか。東屋はふと横に居る須藤の顔を見ると、彼の顔は更に青くなっていた。
「大丈夫?」
流石に心配になって彼に声を掛けてみたが、須藤は今にも消えそうな声で「はい」と呟いた。東屋は固まってしまった彼の代わりに控えめに病室のドアをノックする。
「失礼します。」
部屋を覗くと、4床ある病室の窓際のベッドに、包帯を頭に巻いた奥山と、見知らぬ男性が一人立っていた。彼は五十代くらいの手にはステッキ、服装はスーツにカンカン帽、髪型は坊主という変わった出で立ちをしていた。
「あらあら、こんにちは。昨日はお世話になりました。」
奥山は二人を見ると、先程までの重い空気を崩し、和やかに迎えてくれた。
「やぁ、須藤君。」
男性も二人を見て微笑む。
「そちらの方は?」
東屋は自己紹介と、昨日の事故に一緒に居合わせたこと、今回のプロポーザルの参加建築士であること、今日は二人で奥山の見舞いに来たことなどを説明し、奥山のために買って来た花籠を渡した。
「この間も幼稚園の敷地を測りに来てたよ。」
「そうか。私は宝寧寺の住職兼、宝寧幼稚園の理事長をしています。奥山 法道と言います。」
法道は被っていたカンカン帽を取って軽く会釈した。話を聞く限り、どうやら法道が奥山八重子の息子のようだ。
「迷惑かけたね。見舞いに来てくれてありがとう。」
「ほんと、助かったわぁ。」
奥山と法道が二人を労う。すると、今まで東屋の隣で固まっていた須藤が糸が切れたように二人の前へ行くと勢い良く首を垂れた。見事な70度のお辞儀だった。
「申し訳有りませんでした!」
「ちょっと須藤君⁉︎しーっ!」
須藤はいきなり病室の外まで聞こえる様な大声で謝罪した。同室の患者が何事かとこちらを伺っている。二人は驚いた顔をして須藤を見つめており、東屋は慌てて彼を窘めた。しかし、彼はそのままの姿勢で動こうとしなかった。
「僕の……管理不足でした。」
少し声が震えている。法道は彼を見て申し訳無さそうな顔をした。
「須藤君が謝ることは無いよ。君の会社からも事情は聞いている。ウチの婆さんが勝手に入ったのが悪いんだ。」
須藤は奥山に「頭を上げなさい。」と言われて、ようやく顔を上げたが、まだ目は合わせられない様だった。
「しかも婆さん、何でそんなことしたのか覚えてないって言うんだ。」
「違うよぉ。私は幼稚園に行った記憶が無い、って言ってるの。」
「どう違うんだ。」
呆れる法道に奥山が即座に訂正する。
「人をボケ老人のように言わないで頂戴。昨日は私、仕事は休みでずっと自宅に居たんだから。」
「幼稚園に……行ってない?」
東屋と須藤は顔を見合わせた。
「何を言ってるんだ、母さん。実際、幼稚園で倒れてる所を救急車で運ばれたんだから。訳の分からないことを言わないでくれ。」
「不思議ねぇ。」
「え、えぇ。」
息子の意見を聴かず、奥村は本当に不思議そうな顔をして、こちらに同意を求める。二人はどのような反応をすれば良いのか分からず曖昧な相槌を打つ。法道は大きな溜息を吐いた。
「やっぱり、母さん。あんな狭いアパートで一人暮らししてないで私達と暮らそう。元はと言えば、母さんと父さんの家なんだし、父さんが死んだからって母さんが家を出て行く必要は無いよ。」
「いいの!一人暮らしだから広い家は必要ないし、あんた達夫婦の世話にはならないってもう決めたでしょ?」
「じゃあ、せめて誰かの目が届く施設か何かに入ってくれ。母さんが良くても周りが大変なんだ。」
法道の言葉は少しきつかった。何やら親子の事情があるようだ。話を聞くからに、どうやら奥山は幼稚園から近いアパートで法道夫妻から離れて一人暮らしをしているらしい。奥山は小さい体を更に小さくして項垂れた。
「……考えておくわ。」
「そうしてくれ。」
法道は奥山から視線を離すと今度は東屋を見た。その顔は険しい。
「……建築士としての意見を教えてくれないか。」
「何でしょうか。」
「あの建物は園児に開放しても良いのだろうか。」
予想していた質問に東屋は息を飲む。少しの沈黙の後、東屋は法道の目を見据えて、口を開いた。
「……昨日、私が見た限りあの建物が原因の怪我では無いように思いました。……しかし、はっきりとした根拠がありませんので、今、須藤君と一緒に調査中です。」
法道の口振りや今までに聞いた話から察するに彼は『イエス』では無く、『ノー』の言葉を欲しているように思えた。
法道はきっと遊戯室を設計した飯桐を信用していないのだ。しかし、ここで東屋が安易にノーと言ってしまえば、法人と飯桐氏の関係を更に傷付けてしまう可能性があった。東屋は慎重に言葉を選ぶ。
「……私一個人として提案させて頂くと、ステージ控室の照明の点灯は手動では無く、センサー式に変えてはいかがでしょうか。控室を通るには遊戯室側、園庭側、ステージ側、の三ヶ所からの動線がありますが、照明のスイッチは遊戯室側の壁についている一ヶ所です。センサー式にすれば、わざわざ職員が暗闇の中、スイッチを探すこと無いですし、今後転倒する危険性も減るでしょう。」
「なるほど」
東屋は一度静かに深呼吸をした。法道は真剣な顔をして話を聞いている。
「もし今、新しい遊戯室を開放することに不安があるようでしたら、もうしばらく使用を見送ることにしてはいかがでしょうか。
それに、これから園舎の方のプロポーザルが始まります。別発注にはなりますが、園舎の設計と一緒にプロポーザルで決定した新たな担当建築士へ相談すれば、遊戯室の設計者で無くてもきっと是正してくれると思います。……ご参考までに。」
「……分かった。それらの件、検討するよ。」
最後に東屋は法道に建築士を変えてしまうことを暗に進めた。人それぞれ相性というものがある。前の担当者と無理に付き合うより、プロポーザルを行い相性の良い担当者が現れてくれることが彼にとって一番の解決策ではないだろうかと東屋は思った。
法道は東屋の回答にそれなりに納得してくれたのか頷き、自身の腕時計を見た。
「ちょうどこれからプロポーザルについての理事会が有るんだ。申し訳無いが、お先に失礼するよ。二人ともありがとう。」
「お疲れ様です。」
東屋と須藤は会釈して法道を見送る。病室には三人が残った。奥山は息子が病室から出て言った後、小さくため息を吐いた。
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