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第三章 箱の中の彼は秘密を造る
21 アメ女①
しおりを挟む京子は俺が話している間、口を挟むことなくじっと耳を傾けて聞いていた。
「……つまり、中園の帰りが遅かったのは工期の遅れを取り戻す為に俺が現場事務所に縛り付けていたからで、中園と星野がホテルに入ってたのは、俺が勉強しろって言ったから。……アイツらはそれに従っていただけだ。まさか、それが貴女を傷つける行為になっていたなんて思いもしなかった。上に立つものとしての力量不足だ。至らなかった。」
二人の行動を知らなかったからとはいえ、元を辿れば俺が彼らを焚きつけていたせいだ。東屋の言う通り大きくバランスを崩していた。年下の東屋が出来るんだから出来る筈だと、ついいつもの調子で現場に対してスパルタになっていた。弟子のようなポテンシャルを無意識に皆に求めてしまっていた。嫌われて当然だと思う。
「……でも、勝也はここに来てから身なりに気を使うようになったわ。それも貴方の命令なの?」
高梁は、少し考えてから思い出したのか、あぁ、と言った。
「それは星野のせいだな」
「ほら、やっぱり。」
「違う、そういうことじゃない。アイツは不清潔な奴が大嫌いでな。檜間の監督達は既に調教…教育済みで皆どんなに仕事が忙しかろうと身なりには気を使っていたんだが、YANAGIはそうでも無くてな、星野が顔を合わす度にうるさいもんだから中園も諦めて従ってただけだ。」
「………。」
星野は『男臭くて敵わない』と現場や事務所を清潔かつ整理整頓することを徹底していた。そのおかげで工事中の怪我や事故は一切なかったし、作業効率も高かったように思う。
そういえばウチの弟も外面や現場の整理だけはいつもちゃんとしていたが、ひょっとすると教育済みだったのかもしれない。(※自宅はその反動かゴミ屋敷)
因みに俺は、人に命令はするが、されるのは大嫌いなタチの悪い性格だ。星野の指摘をガン無視して、いつも無精髭を生やしたまま現場に訪れていたので彼女に嫌がられていた。まぁ、それだけが嫌われていた原因ではないかも知れないが。
「じゃあ何?全部あたしの早とちりだったの?」
「いや、誤解するのは仕方がないと思う。」
俺は彼女をフォローしたつもりだったが、京子には全く響いておらず覚束ない足取りで備蓄の棚へ向かうと、さらに消毒液のボトルを開封して中身をバケツに移し始めた。
「撒くな、撒くな。せっかくクリーニングしたばっかりなのにこれじゃあ臭くて敵わない。まだこれから内覧会があるんだぞ?俺の造った建物のイメージを下げるような行為はやめてくれ。」
「……願ったり叶ったりだわ。元々、アイツは私より仕事が好きな男なのよ。二度と出来ないようにしてやる。……アンタもね。」
京子はさらに綺麗に折り畳んで置いてあったシーツを床にばら撒いてその上からアルコールを染み込ませた。シーツが床のアルコールを吸って気化するのを遅らせる。
そろそろこの匂いのせいで吐きそうだ。
「俺は兎も角、まだ中園のことを恨んでいるのか?やり直せないのか?」
彼女の顔を見ると今にも泣きそうになっていた。
「どうして、そこまでして彼を殺そうとすることに執着するんだ?浮気の件だってもっと賢いやり方があっただろ?弁護士に相談して裁判するなり、訴えて金を取るなり……これじゃあ被害者のお前が悪役だ。」
「……金なんか要らないわよ。私にとってこうやる事が最良だっただけ」
準備を終えた京子は千鳥足でテーブルへ向かうと手を置いた。その手にはしっかりとライターが握られている。
「人質まで取って、立て篭もっていたのに今更関係を修復なんて出来るわけないでしょ。彼はこんな事したあたしを許してくれる筈ない。許してくれだなんて言うのも嫌だわ。あたしだって今の今まで苦しかったのよ?あたしだって本当は別れたくない。彼と別れるくらいだったら、このまま一緒に消えてしまいたい……」
「……。」
彼女の彼に対する執着は尋常ではない気がした。愛しているのに殺そうとするなんて。
……ひょっとして浮気以外にも何か理由があるのか?
「……ふー……ふー……」
「どうした?」
京子はいつのまにか立っているのも辛そうな青白い顔をしていた。彼女は何かに耐えるように机に手を置き身体を支えている。包丁を持った方の手は力なく垂れ下がっていた。
武器を奪うなら今しかない。
俺は彼女目掛けて摑みかかる。
「⁉︎……やめっ…!」
高梁は椅子から立ち上がると彼女の両手首を掴んだ。彼女は最初は驚いたように高梁から逃れようと、もがいて抵抗する。
しかし、段々と膝から崩れるようにして、高梁へ体重を預けるようにもたれ掛かってきた。
「……うぅ……」
「なっ?ちょっ…!」
高梁は掴んだ手首はそのまま、慌てて彼女が倒れないように身体で支える。
「おい?どうした?」
彼女をアルコールで濡れた床に置くわけにもいかない。彼女は気を失いかけていて、額には薄っすら脂汗が浮いていた。何か痛みに耐えているように見えた。
「んぅう…!…ゔぅうッ!」
施設長の渡貫は床から立ち上がって何かを伝えようと唸っていた。しかし、何を言おうとしているのか分からない。
実を言うと自分自身もアルコールの匂いのせいで酔ったのか足に力が入らない。立っているのが精一杯だった。このままだと一緒に倒れてしまう。
「——おい!……誰か……東屋!助けてくれッ!」
俺は部屋の外にいるはずの部下に助けを求めた。
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