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第三章 箱の中の彼は秘密を造る
11 ※良い子は絶対に真似しないで下さい。
しおりを挟む竣工式が始まった。
一階のホールに来客達が集まって椅子に座っている。しかし、俺の隣の席は空席のままだった。
天野が人質になっている施設長の代わりに軽い挨拶を済ますと、今度は南天市の市長が壇上に上がり祝辞を述べる。
市長の挨拶はそっちのけで、膝の上に置いた図面を眺めて捕まった部下を助ける算段を練ろうと試みる。
が、全く集中出来なかった。
今もこうしているうちに部下の身に何か起きているのではないかと考えると、気が気でなく頭が回らない。
腕時計を見ると11時前だった。
後二時間で解決しなくては……
それにしても人が悩んでいる時にベラベラ喋られると気が散って仕方ない。有り難い話の途中で申し訳ないが、俺は退席させてもらう。時間がない。
今まで自分で建てた建物の竣工式に出席しなかった建築士なんていただろうか。来客席の前を縫うようにして離れると、さっき犯人とやり取りをしたダムウェーターのある洗濯室へ入る。もはやここしか部下と繋がることの出来る場所は無かった。部屋にあるパイプ椅子に適当に腰掛けると天井を仰ぎ見る。
……俺は何て屑な男なんだろうか。
部下では無く、施主の味方をしてしまった自分に後悔と腹立たしさを感じていた。
逃げられないように出入り口を全て塞ぎ、部下を立て篭もりの犯人と一緒に閉じ込めてしまった。
今度こそ愛想を尽かしただろうな。
今までも何で俺の元で働いているのか不思議なくらいだった。彼女は気立ての良く、根性もある。前の会社の社長とそりが合わなくて仕事を辞めた自分とは違う。
未だに俺のことを先生だなんて言ってるが、俺なんかが一々教えなくても彼女自身で答えを出して行動に移すことが出来る賢い女だ。少々変わってるがモテない訳じゃない、楢村だって彼女に気があるようだ。それなのに未だにアイツに男が出来ないのは多分俺のせいだ。
分かってはいても彼女に優しくしてやれない、
まだ他所へやるのは勿体ない、
まだ彼女の『先生』で在りたい。
今日何度目かの溜息を吐いた所で胸ポケットのスマホに気が付いた。竣工式だったので少しの間、マナーモードにしていた。はっと我に帰って確認すると東屋からの着信があった。ひょっとして次の要求だろうか。
罪悪感から少し掛け直すのを躊躇ってしまう。
気を強く持つために一度スマホを持ち直してから通話ボタンを押すと、すぐに彼女は応答した。
『先生…』
懐かしい声がする。
『…助けてください…』
「どうかしたか?大丈夫か?」
『先生…ダムウェーターを開けてもらえませんか。』
そう言われて後ろを向く。いつのまにかダムウェーターのランプが点灯している。
高梁は荷物用の小さな昇降機に近づくと扉の開閉ボタンを押した。胸の高さほどしかない鋼製の扉が上下に分かれた。
なんだ?何か入ってるのか?
その小さな箱いっぱいに黒い塊が収まっているのを見て、ギョッとする。思わず半歩後ずさりしてしまった。
その塊は蠢くと俺のスラックスの裾に掴まった。
「…はぁ~…た、助かった~」
「あ、あずまや⁈⁈」
「軽いトラウマになりそうでした。」
そう言って箱から転がるようにして出てきたのは、閉じ込めた筈の部下だった。
慌てて彼女の脇を支えて引っ張り上げるようにして起こした。
「ば、馬鹿野郎!コレは人間用じゃないんだぞ!」
「た、立てこもり犯を一階に連れて行くわけには行かなかったので…せ、先生だって困るでしょう?」
無茶苦茶をする部下に本気で叱咤すると、彼女は言い訳を述べた。
フィクションなら《※良い子は絶対に真似しないで下さい》というテロップが表示されていたことだろう。
「せ、狭くて暗くて…先生がすぐ助けてくれて良かったです。」
「ほんと…お前は…」
彼女も行動したは良いが、後悔したのか顔が若干青ざめていた。
突然の帰還に動揺してしまったが、段々とその現実味を帯びてきた。
「怪我はないか?」
彼女の体に着いた埃を払うついでに異常がないか確かめる。どうやら何処も怪我はないようだ。
「なんだか久しぶりですね。つい一時間ほど前まで一緒に居たのに」
彼女は俺を見上げると微笑んだ。
変わらないいつもの調子に安心した俺は、我慢が出来ずに彼女を掻き抱く。
後でセクハラだと訴えないでくれるといいが。
驚いた彼女は腕の中で少し身動ぎをしたが、嫌がる事も無くしばらく俺にされるがままになっていた。
「…築先生」
そういうと、彼女は俺の背中に控えめに腕を回した。
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