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第三章 箱の中の彼は秘密を造る
4 入れ違い
しおりを挟む式の開始まであと五分だが一向に理事長と施設長が現れない。お祓いをしてくれるお坊さんも準備が終わって、手持ち無沙汰なのかソワソワし出したので、東屋は御手洗いを借りるついでに二人を探しに行く事にした。
「悪いな。多分事務所に聞けば分かると思う。」
「いってきます。」
高梁にはもし入れ違いになった場合、式を先に始めて置いて欲しいと伝えた。式の主役である施主が居ないのは困るが、私のような脇役の脇役は後から滑り込んでも気付かれないだろう。
「エレベーターは左だからな。」
高梁の忠告が背中から聞こえた。東屋は元来た道を戻り、エレベーターホールに着いた。エレベーターは並んで二台あり、言われた通り左のエレベーターの下降ボタンを押した。そこで違和感に気が付いた。
「左?」
高梁は左のエレベーターに乗るように言ったが、では右のエレベーターは何が違うのか。気になったが今はそれどころでは無い。あとで聞いてみよう。
左のエレベーターに乗り、一階へ戻る。また、先程の静けさとは打って変わって賑やかになる。テントは設置し終わって今度は食材の仕込みをしているようだ。ホールや厨房からいい匂いがしてくる。東屋は玄関近くの御手洗いへ向かった。
女子トイレに入ると、一人鏡を見ている女性がいた。ここのスタッフだろうか。彼女と鏡ごしに目が合ってしまう。無視するのも変なので、「おはようございます。」と軽く挨拶をしてその女性の後ろを通り過ぎ個室へ入った。自分は一応関係者なのだが、不審者や竣工式に早く着きすぎた客だと思われなかっただろうか。
個室から出ると、先程の女性は居なくなっていた。少しホッとして手を洗う。さて、理事長と施設長を探さなければ…
…さっきの人に聞けば良かったな。
今更そこに気がついて嫌になるが、仕方ない。御手洗いから出てから、次は事務所へ向かう事にした。
事務所は玄関の直ぐ横で、エントランス側がよく見えるように一面ガラス窓になっていた。部屋では職員が忙しそうに出入りしている。カウンターに置いてあった呼び鈴を鳴らすと、気づいた職員の一人がガラス窓を開けて東屋を見た。
「申し訳ございません。竣工式は十時三十分からなんです。」
東屋は慌てて首を横に振る。やっぱり早く来すぎた客だと思われている。
「あ、違うんです!二階で施設の修祓式を始めるんですが、理事長と施設長がまだお見えにならなくて。お二人は今どちらにいらっしゃるか分かりますか?」
職員は間違いに気がついたのか、あぁ!と笑う。
「すみません。直ぐ呼びます。・・・渡貫さーん!渡貫さん居るー?」
職員がこの騒がしさでも聞こえるような大きな声で呼ぶと、事務所のパーテーションの裏から慌てて小太りで四十歳後半くらいの男性が飛び出して来た。
「うわぁ!忘れてた!もう九時半だ!」
「しっかりして下さいよ~」
「また、理事長に怒られますよ!」
別の職員がこの男をからかい、事務所内で笑いが起こる。どうやらこの渡貫という人が施設長らしい。
「あの、理事長もまだいらっしゃらないのですが」
「えぇ⁉︎多分もう行ってると思うけど……二階へ行ってみよう。ほら、急げッ!」
急がないといけないのは貴方では?、と心の中で思いながら渡貫の後ろを走って着いていく。
エレベーターホールへ向かうと、丁度扉が開いていたので「乗りまーす!」と渡貫が滑り込むようにして入っていった。東屋もそれに続く。
二人して息切れをした呼吸を整えていると、東屋の後ろでドアが閉まるのを感じた。二階へのボタンを押そうと操作盤に手を伸ばした時だった。
がし、と手首を掴まれた。
「……ひとつ聞いていいかしら?」
「⁉︎」
掴まれた腕の先を見てみると、先程御手洗いにいた女性が立っていた。掴まれたままの腕は力が込められて少し痛い。彼女は東屋をチラリと見ると無表情なまま四階のボタンを押した。
東屋はボタンを押した彼女の右手を見て、目を見開く。全身の血の気が引くのを感じた。
「貴女ここの従業員?」
その右手には剥き出しの出刃包丁が握られていた。
東屋はその包丁に釘付けになりながら、必死に首を横に振った。
◇◇◇
東屋が理事長と施設長を探しにエレベーターを降りてから直ぐに、理事長の天野が階段から現れた。いつもポロシャツのラフな格好で打ち合わせに訪れていたが、今日は高価そうなスーツに赤いペイズリー柄のネクタイを締めていた。
「準備は出来ましたか?始めましょう。」
相変わらずのマイペースぶりに中園と顔を見合わせて苦笑する。中園が天野に挨拶をしてから状況を説明する。
「それが、まだ施設長が来ていないんです。」
「ん?なんだって!渡貫君は何をしてるんだ!」
天野が顔を赤くして憤慨する。あまり、機嫌を損ねるとこちらまで被害が及ぶ。高梁は簡単な挨拶を済ませると彼の機嫌を取るため近寄っていく。天野は自身の思い通りにならないことを嫌い、気の利いた行動を高く評価する。高梁が気に入られたのも彼の好みや行動を把握し、何度も理不尽な目に合いながらも、めげずに傾向と対策を打ってくるところだった。
「今、ウチの部下が探しに行ってます。もう少し待ちましょう。」
「部下?」
天野が怪訝そうな顔をして高梁を見た。
「若くて綺麗な女性でした。」
中園が余計なことを言う。
「何?女?」
一方で天野は面白いことを聴いたとでも言うように目を光らせた。
「なんでもっと早く連れて来ないんだ。工事が終わってしまったじゃないか!高梁君、次はその子に設計させなさい。」
コイツら…。
流石に悪態の一つでも付いてやりたいが、ここはグッと堪える。もし天野の言う通り、次が有るなら東屋に犠牲…いや…協力してもらわなければ。
……それにしても確かに遅い気がする。
もうすぐ予定の時間から10分が過ぎようとしている。見つからないのだろうか。東屋から何かしらアクションが無ければ、そろそろこちらの間が持たない。それに次の式の予定もある。
仕方ないので天野に指示を仰ごうとした時だった。高梁のスマホが鳴った。画面を見ると東屋からだった。少しホッとして、通話に出る。
「東屋?渡貫さんは見つかったか?」
『……。』
「東屋?」
しかし、何も返答がない。いや、何かガサゴソと雑音がする。
「東屋?聞こえてるのか?」
『……。』
もう一度声を掛けてみる。しかし、何も聞こえなくなってしまった。ひょっとして電波が悪いのか。掛け直そうとスマホから耳を離した時だった。
『…せ、せんせ?』
微かに東屋の声が聞こえた。裏で誰かが話している声も聞こえる。
「何をしているんだ?」
『……理事長は?』
高梁の質問には答えず東屋は小さな声で質問を返してきた。
「あ、あぁ……?入れ違いで来たよ。」
また、裏で誰かと囁きあっている。何だか東屋の様子がおかしい。
『……ごめんなさい。私は交渉役らしいです。ヤバイです。』
「??」
やばいのはお前の語彙力ではないだろうか。意味がサッパリ分からない。
「……よく分からない。ちゃんと説明しろ。まず俺の質問に答えろ。施設長は?」
見つかったのか?見つからなかったのか?
しかし彼女は高梁の思っていた回答とは全く異なる返答をした。
『施設長は今、女性に包丁を突き付けられて……ガムテープで手足をぐるぐる巻きにされています。』
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