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第二章 学校の怪談
7 肝試し
しおりを挟む理科室は暗幕カーテンが閉めきってあり、他の教室に比べてもさらに暗かった。懐中電灯がないと足元も見えない。
東屋が教室の蛍光灯のスイッチを付けようと手を伸ばすと、匠が東屋の手を掴んでそれを遮る。
「…」
「…」
東屋は彼を睨んだが、彼はそんな私をみてニンマリと笑んだ。幾ら人懐っこい性格をしていても、本性がコレなので毎回彼女が出来ても長続きしないのだ。
「お化けがでたら助けてやるから」
東屋は心の中で匠に毒づきながら理科室の中を懐中電灯のみで見廻る。
暗幕カーテンをめくって窓ガラスのクレセントが掛かっているか確認したり、ホルマリン漬けの瓶が並んだ棚の鍵が開いていないかチェックしていく。何の生き物か分からないものや、何かの臓器などが棚びっしり並んで気持ちが悪い。
ふと部屋の隅に何か佇んでいるのを発見した。
「ひぅっ」
慌ててライトを当てると、人ではなく目がギョロリとした人体模型がガラスのケースに入っていた。学校なんて久しく通っていなかったので、こいつの存在をすっかり忘れていた。
驚いて思わず変な声が出てしまった。
チラリと横目で匠の方を見ると、理科室の出入り口で壁にもたれかかり楽しそうにこちらを見ていた。
…ほんと悪趣味。
兄も兄なら、弟も弟だ。
さっさと終わらせようと、ペースを早くする。
ふと、理科室を見渡す。部屋には9台の実験台が置いてあった。東屋は好奇心からその1つの台の蛇口を捻ってみた。水が流れる音がする。
…暗くて分からないな。
水で手を濡らしてみた。
「?」
水が濁っている気がする。懐中電灯を机に置いて、手で掬い匂いを嗅いでみた。
鉄の匂いがした。
ガシャン
東屋の肘が当たって、懐中電灯を床に落としてしまった。
「!?」
突然部屋が明るくなった。東屋はびっくりして、目を瞬かせる。どうやら匠が落とした音に反応して部屋の電気を付けたようだ。
「…匠さん、見てください。」
「大丈夫か?」
匠がこちらに近づいてくる。
理科室の蛇口を最大にまで捻る。
赤く濁った液体が蛇口から絶えず流れている。
「蛇口から流れるのは血ではありません。…ただの赤水です。」
「赤水…。」
古い建物であまり使われない配管に良く起きる現象だ。水道管内が古くなって赤錆が発生し、それが赤水となって蛇口から流れる。現に蛇口から流れる水から僅かに鉄の匂いがする。
蛇口から血がでるというのは、きっとこの赤水のことだろうと東屋は推測した。所詮は小学生の考える噂だ。東屋も子供の頃は何かと世の中に不思議な力が働いていると考えたものだ。
「んだよ、つまんねぇの。」
「きっと、他の怪談もこんな感じに大げさに話を膨らませているんじゃないでしょうか」
匠は拍子抜けしたような表情をすると、理科室の出入り口に向かって踵を返した。どうやら彼の興味は失せたようだ。
「次、3階行くぞ」
部屋の消灯をし、理科室の施錠をする。
3階の階段を上ろうとした時だった。
ザアァァァァ
「……。」
「……。」
二人は動きを止めた。
三階で水の流れる音がしている。
「…何だ今の音。」
匠が呟く。
東屋は1つ思い当たる節があった。
「…トイレの花子さん。」
水の流れが止まった後、また校舎は静かになった。二人はなるべく足音をたてないように忍び足で3階へ上がる。
「……。」
「……。」
階段の陰から顔を半分だけ出して左右を確認する。消火栓の赤色ランプと、避難経路を示す緑色ランプが不気味に廊下を照らしている。どうやら3階は2階とほぼ同じ間取りのようだ。
匠はだまって東屋の持っている懐中電灯の明かりを消すと、自分のヘルメットのライトも消し腰袋から一番リーチの長いバールを持つ。
まるでゾンビゲームの主人公の様な気分だ。
匠が先導して音がした方へ歩いて行く。資料室や倉庫、突き当たりには音楽室が見えた。その近くに便所があり、出入り口の扉は壊れていて開けっ放しになっていた。田辺の言っていた便所とはこのことか、扉が壊れてる所以外、特に他の階にあるのと変わらない気がするが。二人は男子便所の前に来た。
ザアァァァァ
「!?」
「ひっ!」
突然、先程の様に水が流れる音がする。びっくりして東屋の体が一瞬床から浮く。匠が東屋から懐中電灯を奪うと男子便所の中を照らした。
「誰か居るのか!?」
声をかけるが返事はない。匠は東屋に便所の外で待つように指示を出すと、ひとり男子便所へ入って行った。明かりも武器もない東屋は心理的に背中を守ろうと男子便所の出入り口から離れて廊下の窓ガラスに、もたれかかる様にして立った。
一方、匠は水色のタイルが壁一面に貼られた男子便所を慎重に歩いて行く。洗面器2台とトイレブース1つ、小便器が4台ある。
匠は唯一隠れることが出来そうな一番奥にあるトイレブースに向かう。
匠は一度大きく息を吸ってから、外開きの扉をバールで引っ掛けると勢いよく扉を開けた。
バンッ
扉が壁に当たって大きな音を立てた。
……。
「…誰もいないぞ。」
「…え?そんな…」
普通のタンク式便器が1つあるだけだった。匠が不思議そうに首を傾げてこちらへ戻ってくる。東屋も確認しようと再び出入り口付近に近づいたその時。
ザアァァァァ
体がピシリと固まり、二人は首だけ回して音がした方を見る。
出入り口に一番近い小便器の水が勝手に流れていた。
「……。」
「……。」
匠と東屋は小便器から離れるように後退りして、水が止まるのを待った。そして、また静かになってから出入り口へ近づく。
ザアァァァァ
「……。」
「……。」
今日何度目の沈黙だろうか。匠と東屋は目を合わせた。
「「これだ。」」
…結論から言うと、トイレの花子さんの仕業では無かった。
どうやら小便器の自動洗浄センサーの反応範囲が異常を起こして、近くや廊下を通る人影にも勝手に反応していたようだ。
「はぁ…異常だらけだな、この学校。」
匠は安堵したように溜息をついている。
いや、待って欲しい。
それなら一番最初に聞いた音は?
「誰がこの近くを通ったということですよね?」
匠と顔を見合わせた。
二人は転がるように急いで一階まで駆け下りる。
匠は正面玄関へ、東屋は息を切らしながら、グラウンド側の玄関へ走って行った。
先程、間違いなく閉めたはずのグラウンド側玄関の鍵が、開いていた。
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