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第一章 姿の見えない座敷わらし

1 プロローグ

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「先生、コーヒー要りますか?」


 「いる」と山積みになった紙の隙間から返事が返ってきた。
 この事務所で働くたった一人の従業員東屋あずまやありかはペーパーフィルターをドリッパーにセットした。
 会社の経費で購入した安いコーヒー粉を入れ、ここの事務所長である先生専用のマグカップにドリッパーをセットして電気ケトルのお湯を注ぐ。

 たちまち狭い事務所の中はコーヒーの香ばしいかおりで満たされた。無意識に深呼吸をして、胸いっぱいに吸い込むと先程までの眠気が幾らかはマシになった気がする。

 窓の外はいつの間にか明るくなっていた。室内は静かでマウスのクリック音と時計の秒針の音だけが響く。


「先生は砂糖一つでいいですか?」


 「あぁ」とまた山積みになった紙の隙間から声が聞こえた。
 角砂糖を一つカップに入れスプーンで混ぜる。少し考えた後、フィルターを変えずそのまま自分のカップにセットした。お湯は半分だけ注ぐ。一人暮らし用サイズの冷蔵庫から牛乳パックを取り出すと後半分を牛乳にしてカフェオレを作った。

 東屋は二つのカップを持って、デスクに戻る。が、先生の机の上は様々なサイズの紙が何千枚と好き放題重なりまくってスペースを埋め尽くしていた。何枚印刷したんだろ…山の一番上をそっとめくると裏側も印刷済みだった。これらは全てある建物の図面や資料だ。


「先生、置くところが有りません。」


 隠れていた人物に声をかける。
 マウスのクリック音が止まって山の後ろから、もそりと男が顔を出す。男の目の下には濃い隈が出来ていた。眠気からか、目は通常の半分しか開いていない。数日放置された髭が濃くなって無精髭になってしまっている。

 東屋が『先生』と呼ぶこの男。
 高梁たかはしきずく–––––彼が東屋の上司であり、この『高梁たかはし一級建築事務所』の代表取締役社長だ。しかし、社長といっても東屋と高梁、2人だけの事務所だった。


「ありがと。」


 高梁は大きな欠伸をしながら、カップを左手で受け取ると、コーヒーを一口飲んだ。カップを持った手が少し彷徨って置く場所を探している。しかし、すぐに諦めてカップを持ったまま右手でマウスをクリックする作業を再開し始めた。東屋は呆れて彼の顔を見るが本人は既に自分の世界に入ってしまったようだ。

 彼は東屋の憧れであり、尊敬する師匠であった。彼のようになりたいと思うも、流石に窓の外が明るくなって事務所の外から通勤車の音が目立ってくると集中力は切れて、そろそろいい加減にして欲しいと思う。

 背後に立ってデスクトップを覗き込むと黒の背景にカラフルないくつもの線が交差した画面が見えた。画面のカーソルが上書き保存を押す。


「……で、きたぁ……!」


 高梁は机の上に勢いよく突っ伏すと図面の山が雪崩を起こして事務所の床一面を白にした。
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