1 / 70
第一章 姿の見えない座敷わらし
1 プロローグ
しおりを挟む「先生、コーヒー要りますか?」
「いる」と山積みになった紙の隙間から返事が返ってきた。
この事務所で働くたった一人の従業員東屋ありかはペーパーフィルターをドリッパーにセットした。
会社の経費で購入した安いコーヒー粉を入れ、ここの事務所長である先生専用のマグカップにドリッパーをセットして電気ケトルのお湯を注ぐ。
たちまち狭い事務所の中はコーヒーの香ばしいかおりで満たされた。無意識に深呼吸をして、胸いっぱいに吸い込むと先程までの眠気が幾らかはマシになった気がする。
窓の外はいつの間にか明るくなっていた。室内は静かでマウスのクリック音と時計の秒針の音だけが響く。
「先生は砂糖一つでいいですか?」
「あぁ」とまた山積みになった紙の隙間から声が聞こえた。
角砂糖を一つカップに入れスプーンで混ぜる。少し考えた後、フィルターを変えずそのまま自分のカップにセットした。お湯は半分だけ注ぐ。一人暮らし用サイズの冷蔵庫から牛乳パックを取り出すと後半分を牛乳にしてカフェオレを作った。
東屋は二つのカップを持って、デスクに戻る。が、先生の机の上は様々なサイズの紙が何千枚と好き放題重なりまくってスペースを埋め尽くしていた。何枚印刷したんだろ…山の一番上をそっとめくると裏側も印刷済みだった。これらは全てある建物の図面や資料だ。
「先生、置くところが有りません。」
隠れていた人物に声をかける。
マウスのクリック音が止まって山の後ろから、もそりと男が顔を出す。男の目の下には濃い隈が出来ていた。眠気からか、目は通常の半分しか開いていない。数日放置された髭が濃くなって無精髭になってしまっている。
東屋が『先生』と呼ぶこの男。
高梁築–––––彼が東屋の上司であり、この『高梁一級建築事務所』の代表取締役社長だ。しかし、社長といっても東屋と高梁、2人だけの事務所だった。
「ありがと。」
高梁は大きな欠伸をしながら、カップを左手で受け取ると、コーヒーを一口飲んだ。カップを持った手が少し彷徨って置く場所を探している。しかし、すぐに諦めてカップを持ったまま右手でマウスをクリックする作業を再開し始めた。東屋は呆れて彼の顔を見るが本人は既に自分の世界に入ってしまったようだ。
彼は東屋の憧れであり、尊敬する師匠であった。彼のようになりたいと思うも、流石に窓の外が明るくなって事務所の外から通勤車の音が目立ってくると集中力は切れて、そろそろいい加減にして欲しいと思う。
背後に立ってデスクトップを覗き込むと黒の背景にカラフルないくつもの線が交差した画面が見えた。画面のカーソルが上書き保存を押す。
「……で、きたぁ……!」
高梁は机の上に勢いよく突っ伏すと図面の山が雪崩を起こして事務所の床一面を白にした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる