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調教
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しおりを挟むこの頃、メリッサがディエゴの予想以上に順従なせいか、ディエゴの機嫌は非常に良い。
数年離れてしまった時を取り戻すかのように間を置かずにメリッサの元へ訪れるディエゴ。
時間がないのか、抱くこともせずにただその顔を一瞬だけ見たり、口づけしたりすることもある。
ディエゴは少しでも目を離すとメリッサが霞の如く消えてしまうという現実感のない恐怖に怯えていた。
酷い裏切りと残虐の数々をしてきた男とは思えないほど、ディエゴは常に不安を抱えていた。
メリッサの姿を、その存在を確認した時だけその不安は霧散し、安堵する。
長いといえるメリッサと隔絶した年月の間でディエゴは未知の恐怖としてメリッサの前に現れた。
そして、メリッサの全てを奪い、貶め、ついにその身を手に入れたことにディエゴは上機嫌だった。
時折、抑えきれないほどのメリッサへの憎悪が何かのタイミングで膨れ上がり、惨いことをすることはあったが、最近は少しは収まっていた。
羞恥に塗れた下品な行為を強要する以外には、平穏ともいえる生活だ。
ディエゴがいない間、メリッサは頻繁に意識しないと舌を噛み切ってしまいたくなる。
どうにか、自身の中で暴れそうになるほどの怒りと憎悪と絶望を抑制し、メリッサはその衝動を耐えた。
不思議なことに、平穏な時間が長く続くほど、その衝動は頻繁に起きて、自然と涙が溢れることが多くなる。
もうメリッサは今の自分が正常なのか、それとも既に壊れているのか判断できなかった。
そんな不安定なメリッサの精神状態をディエゴは知っているらしく、情事の合間や事後のときにどうしようもないほどメリッサが渇望している外の情報を餌のように与える。
カイルや城の生き残った人々のことをメリッサはそのとき漸く知るのだ。
事後で汗ばんだメリッサの敏感な肌を掌で撫でまわしながら、ディエゴは淡々とメリッサに外のことを教える。
それが真実かどうか確認するすべはなかったがメリッサにはそれを信じる他ない。
そして、国王はやはり死んでしまったことも確認した。
メリッサの予想通り、ディエゴは隣国と結託して国を襲い、都を中心に占拠し、地方にもその手を伸ばしていることを告げられた。
かつて命がけでこの国を守っていたディエゴが何の後悔も躊躇いもなく淡々と話すのを、メリッサは身体の芯から冷えるのを感じながら聞いていた。
それだけディエゴの語ることは衝撃的であり、ある程度最悪の事態を想定していても、実際にそれを語られるのは辛かった。
メリッサへの復讐心があるにせよ、ディエゴが国を愛し、国王である実父に対して尊敬し、忠誠を誓っていた。
だからこそ、メリッサはディエゴに確かめずにはいられなかった。
「私を、恨むのは分かります。でも、それなら私にだけ復讐をすればよかったのに…… いずれ、この国の王になった時に堂々と私を断罪すれば済むこと。どうして、伯父様を…… 国を裏切るなんて真似をしたのですか?」
口に出すだけで途方もない空虚な気持ちが湧く。
メリッサの口から悲痛な思いが次から次へと零れ落ちるのをディエゴは無言で聞いていた。
メリッサは自分がディエゴを傷つけ、彼を裏切ったという自覚があった。
そして、いつか復讐されても仕方がないと思っていたのだ。
だが、心のどこかではずっとディエゴに甘えていたのだろう。
ディエゴが自分を傷つけるはずがないと自覚もなくメリッサは思い込んでいた。
その甘い考えが、この悲劇を招いたのなら、全ての元凶はメリッサになる。
メリッサのせいでディエゴは狂い、そして数少ない肉親である国王が殺され、多くの臣下を無惨に死なせ、この国に不幸を齎したということだ。
ひどく、怖ろしい考えだ。
「お前は、本当に何も知らないのだな」
ディエゴは無感動に目を細め、メリッサを見つめる。
メリッサの絶望が深くなる様がディエゴの心を満たす。
だが、メリッサに適当な嘘をつくつもりはない。
真実が何よりも残酷であり、ディエゴを狂わせたことを今まで何も知らずに呑気に暮らしていたメリッサに分からせたかった。
「いずれこの国の王になる、か。俺もそう思っていた。ずっと、父上の後を継ぎ、いつかは父上の政策を助け、共にこの国に新しい時代を築きより良い繁栄を齎すことを夢見ていた。……いや、それが当然の未来だと思っていた」
淡々と話すディエゴの左目が遠くを見つめる。
目の前のメリッサではなく、ディエゴはその場にいない誰かを、あるいは過去や手に入れるはずだった未来に思いを馳せていた。
ディエゴが手に入れるはずだった未来。
そこには当然のようにメリッサもいた。
メリッサがディエゴを拒絶したあの瞬間まで、確かに隣りにいたのだ。
「父上はお前と同じだ」
それはもう叶わない未来だ。
「お前と同じように、父上も俺を裏切った」
「……伯父様が?」
呆然と目を見開くメリッサを乱暴に寝台に押し倒す。
ディエゴを裏切ったメリッサ。
ディエゴを裏切った国王。
腹の底から湧き出る憎悪と憤怒、そして行き場のない悲哀をぶつけれるのはメリッサしかいない。
これは復讐なのだ。
ディエゴにはメリッサを地獄に叩き落とす権利と力がある。
今もなお、身を焦がすような痛みを覚える醜い自身の傷跡に触れる。
メリッサの前でこの眼帯を外したことはない。
上半身を見せたこともない。
滑稽なことに、ディエゴはこの期に及んでもまだメリッサが自分の傷跡を見て拒絶し、嫌悪することを恐れていたのだ。
メリッサがディエゴを捨てた原因となった傷。
あの夜、毒を盛られた時からディエゴの運命は変わった。
メリッサの裏切りでディエゴの運命は更に捻じ曲がり、そして残酷な真実によってその運命は完全に歪んだのだ。
「あの夜、俺に毒を盛り、暗殺者を放ったのは…… 父上だ」
今はもういない卑劣な裏切者への怒りを、哀しみを、ディエゴは全てメリッサに叩きつけた。
不器用ながらも父親を慕っていたディエゴの気持ちを唯一知るメリッサにしか、この絶望は分からないのだから。
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