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楽園
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しおりを挟む王太子の王女に対する溺愛に重臣達は困り果てた。
今更ディエゴとメリッサを引き離すこともできない。
ディエゴとて王妃を決める重要性も王家の血を残す意味合いも理解している。
いつかは諦めてそれなりの身分の王妃を娶るであろうことは皆分かっていた。
今は我儘を言っても、その内ディエゴも諦めるだろうと。
だが、このままメリッサへの愛情が強すぎれば例え次代の王妃を迎えたとしてもディエゴがそれを蔑ろにし、メリッサを優先してしまうかもしれない。
もしくはメリッサが嫉妬し、過剰にディエゴを独占しようとするのかもしれないのだ。
幼い頃から無邪気に周囲を振り回して来た王女を嫌う者などほとんどいない。
むしろ将来ディエゴの溺愛が過ぎるせいで王女の身に災難が降りかかることを家臣達は案じていた。
ディエゴが即位した後も、メリッサを可愛がるあまりどこにも嫁がせずに手元に置くのではないかと。
常識的に考えれば、あの己にも他人にも厳しい、とにかく苛烈で厳格な王太子がそんな無粋な邪推をされそうなことをするはずもないのだが、そう思わせるほどディエゴのメリッサへの溺愛、過保護さは異常だった。
また、ある程度の年頃になれば歳の離れ過ぎた従兄にくっつくことをやめるだろうと予測していたメリッサは今も飽きることなく熱心にディエゴの後をついて回っている。
メリッサは確かに活発な王女だが、ごく当たり前のように美しいものが好きで、着飾ることや宝石類を眺めることを喜び、軍事や政に大した関心もなかった。
争い事も興味を持たないどころか、倦厭しているところもあり、それこそ毎年開かれる剣術大会でもディエゴが出場しない場合は退屈そうに葡萄を齧っていたり、頬杖をついてたりしているのだ。
しかしそれにディエゴが絡むとまるで表情が違う。
眩しい眼差しで鍛錬所で騎士達を相手に剣を振るうディエゴを見つめ、時には構ってほしくて叱られることを知りながら勝手に木剣を手に取ってみたり、更にはディエゴに剣術の指南を強請るのだ。
まだこの程度ならば可愛らしいともいえる。
だが、我儘なメリッサはディエゴと違って自分の欲望に忠実だった。
また、それを隠そうともしない。
特に最近のメリッサはディエゴに近づく女に対してやきもちを焼くようになった。
そのため、ディエゴの見合いの話は秘密裏に行われ、特にメリッサに告げ口した者には懲罰を与えることも密かに伝令してある。
女の勘か、それとも自身の最大の庇護者を獲られないための本能か。
ディエゴに対して色目を使う女、ディエゴが手を付けた女が側に寄るとメリッサは愛らしくむすっと頬を膨らませる。
時折牽制の意を込めてディエゴの首に腕を回して抱き着いたり、人目も憚らずに頬へ口づけをしたり、また強請ったりするのだ。
幼く愛らしい王女の無邪気な行為と片付けるには、メリッサは少し大きくなりすぎた。
そしてディエゴが褒め称えた通り、メリッサは幼いながらも末恐ろしいと周囲の人々に思わせるほどの美貌を持っている。
皮肉なことに、その美しさがより周りを不安にさせるのだ。
唯一メリッサの悋気を叱れるディエゴも、最後にはメリッサのおねだりを聞いてしまう。
このままメリッサが期待通り美しく成長しても変わらずにディエゴに甘えることを考えたとき、忠義の厚い者達はどうしても不吉な予感を覚えてしまうのだ。
メリッサも多少性格に難があるが、それでも無意味に奴隷や侍女達を罰したことはない。
もしもメリッサがディエゴと身体の関係を結んだ女官達を全て解雇にしてくれ、または処罰してくれと望めばディエゴは一度その我儘を叱りはするが、結局最後には言う通りにするであろう。
ディエゴがメリッサに甘いことをメリッサ当人が一番よく理解しているのだ。
それをしないだけの分別が一応メリッサにはある。
ディエゴもまた己を律し、理不尽な命令などはしない。
ただ、そこにメリッサが絡むとディエゴの箍は容易く外れてしまうのだ。
ディエゴの難航する見合い話も含めて、二人のそんな危うい関係に危機感を募らせない方が無理な話である。
だが、そんな彼らの心労は意外な形で唐突に終わった。
メリッサに初潮が来たのだ。
*
早熟なメリッサに初めて月の物が来た時も、その側にはディエゴがいた。
今だディエゴにべったりのメリッサはその夜もディエゴの寝室に忍び込んで朝まで寝ていたのだ。
鼻の利くディエゴがまず血の匂いに気づき、そしてその匂いがしがみ付いて来るメリッサから漂っていることに気づくと急いで起き上がった。
そして、間の抜けた表情でメリッサの寝間着についた血の跡をしばらく見つめ、下半身の違和感に目が覚めたメリッサの寝ぼけた問いかけに漸く正気を取り戻した。
普段の冷静沈着な姿がまるで嘘のように慌てて寝台から飛び降りて侍女を呼びつけに行くディエゴの姿は後から先にもこれが初めてである。
自身の下半身から流れる鮮血に、月の物に関する教育を受けたメリッサは慌てることもなく落ち着いていた。
むしろ初めて見るディエゴの慌てた姿に寝起きのメリッサは夢でも見ているのかと思ったそうだ。
意外にも冷静なメリッサと違い、ディエゴは大いに動揺した。
生まれたときから知っている従妹がついに女の身体になった、子を孕めることができる身体になったことに戸惑い、今まで極普通に抱きしめて寝ていた自分の行動を今更後悔し、恥じるようになったのだ。
いくらメリッサを妹のように、或いは娘のように思い、そこに下心がなかったとしても、嫁入り前の娘になんてことをしたのだと、ディエゴは大きな衝撃を受けた。
もしもメリッサに縁談が来たとき、男であるディエゴとずっと寝ていたことがあらぬ誤解を招く恐れもあるのだ。
ディエゴが深く考えもせずにメリッサを受け入れたことでメリッサにあらぬ醜聞が纏う事実に気づいたとき、ディエゴの衝撃と後悔は計り知れないものがあった。
そして、この時ディエゴはもう一つの事実に気づいてしまった。
親子でも兄妹でもなく、従兄妹同士であるディエゴとメリッサが、男女の仲になることができるという事実に。
* *
初潮が来て、どこかしら不安な気持ちになるメリッサがディエゴに甘えようとするのはある意味当然であり、誰もその時ディエゴがメリッサを拒むとは思わなかった。
月の物が終わり、遠慮していたディエゴの寝室に忍び込もうとしたメリッサはこの時ディエゴから激しく拒絶され、大の大人ですら震えるような怒声をあびせられた。
泣くこともできないほど、メリッサは強い衝撃を受け、動揺した。
そのことはすぐに噂となり、呆然としたメリッサがその後食事もとらなくなった事を知った国王はディエゴの突然の心変わりに呆れながらも理由を聞いた。
ディエゴも、衝動的にメリッサに怒鳴ったことを後悔しており、酷く痛めつけられたような表情で自分が今までいかにメリッサを甘やかし、節度もなく接して来たかということ、そしてそのせいでメリッサの将来や名誉に悪影響を及ぼすこと、初潮が来たメリッサを見るのが何故か気まずく、思わず怒鳴りつけてしまったことを全て吐き出した。
恥も外聞もなく、ディエゴにはもうまともに以前のようにメリッサを見ることが出来なくなった現状に戸惑い、嘆き、国王に助けを求めた。
それほどまでにディエゴは余裕がなく、焦っていたのだ。
メリッサの下半身に沁みついた血。
そのときの匂いや情景を思い浮かぶだけでディエゴは動揺し、そして無性にメリッサに会いたくなる。
だが、いざメリッサの顔や仕草、変わらぬ匂いを感じると、今までどうやってメリッサに接していたのかまるで分からなくなり、どうにかなってしまいそうになる。
まるで初めて戦場に立ったときのような、もうとっくに忘れかけていた、そんな恐怖すら感じのだ。
年端もいかない少年のように戸惑い、焦り、そして頬を赤くして説明するディエゴを見て国王は疲れたように重いため息を吐き出した。
今更過ぎるディエゴの後悔にではない。
むしろ何故、ディエゴは自分の気持ちに気づかないのだろうか。
それが不思議で仕方がない。
周りで聞いていた臣下達のその居た堪れない顔を見回し、国王はどうやってディエゴを言い包めようかと考えていた。
そして、ディエゴのその告白を側で聞いていた臣下の一人が周囲の度肝を抜くような提案をした。
「ならば、王女殿下を王太子殿下が娶ればいいのではないでしょうか」
* * *
その臣下の提案に場が一瞬静まり返った。
「お二人は血の繋がりがあるとはいえ、従兄妹でございます。多少、血が濃いかもしれませんが、婚姻の形としては珍しいものではございません。法的にも何の支障もないですし…… むしろ逆に何の問題があるというのでしょうか?」
それは、むしろ何故今まで考え付かなかったのだろうと疑問に思うほど、単純な解決法だった。
「王太子殿下と王女殿下。歳が離れていても、子をおつくりになるのが難しい年齢差とまで行きません。お二人とも見目麗しく、健康にございます」
臣下のその淀みない言葉にディエゴの頬はどんどん赤くなり、激しい動悸に見舞われた。
メリッサを妻にする。
今まで一度も考えたことのない一つの可能性に、ディエゴは胸が酷く苦しいと思った。
「そして、何よりも……」
臣下のその言葉に、ディエゴは思わず左胸を抑えた。
心臓が、飛び出てしまうのではないかと思うほど激しく高鳴ったのだ。
「お二人は、深く愛し合っているのですから」
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