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じゅうしち
しおりを挟むその囁きを合図に、秋は一回目の射精をした。
苑子の手をべとべとにしながら。
「秋くんのこと、好きになっちゃった」
甘い台詞と裏腹に人を完全に見下し、その存在を嘲い、小馬鹿にし、微かな哀れみと優越感ででろんでろんに煮込まれたような、そんな酷く悪い笑みを苑子は浮かべている。
背筋が凍るような、醜い思考と感情に支配されたそのあくどい嘲笑を秋は堪らない思いで見ていた。
胸が張り裂けそうなほど痛い。
情けないことに、秋の性器もまた痛くて仕方がなかった。
じくじくと、興奮と歓喜の火種が身体の奥底で燻り始める。
秋は苑子のその傲慢な笑みと、残酷な戯れに心臓を鷲掴みにされた。
懐かしくも、愛しいその醜い顔。
とにかく傲慢で、とんでもなく魅力的な、悪夢みたいな苑子の笑みが。
ああ、これだ。
秋は思い出した。
あの日の、あの運命の瞬間を。
苑子に堕ちた瞬間のことを、秋は今でも鮮明に思い出すことができる。
他人が聞けば運命でもなんでもない、偶然とタイミングが重なり合っただけの悪趣味な覗きだというかもしれない。
苑子が聞けばただのくだらない、しかも一方的な痴情の縺れだと言うだろう。
だが、確かに秋の人生と価値観はそのとき一気に変わったのだ。
それを運命と言わずなんと言うのか。
ああ、好きだ。
やっぱり俺はこの人が、苑子先輩が好きで好きで、死ぬほど好きで。
誰よりもこの人を、この女を愛しているんだと断言できる。
むしろ俺以外にこの女を愛せる奴なんていない。
(俺はきっと世界で一番幸せな、ラッキーな男なんだ)
俺以外の世界中の男はとんでもなく馬鹿で、不運で、可哀相だ。
苑子を愛せない、ありのままの彼女を愛せない全ての男達を秋は本気で憐れみ、嗤った。
*
びくびくと絶頂後特有の身体の震えに身を任せながら苑子はなんとか息を整えようとしていた。
「はぁ…… はん、」
「そ、のこ先輩……」
「んっ、ばかぁ、いき、かけないで……っ」
赤くじくじく腫れたクリトリスを噛まれたときの電流に似た快感の余韻がまだ残っている。
秋の何気ない吐息がそこに当たるだけで敏感に反応してしまう。
うっとりと苑子の紅潮し、蕩けた表情を見上げている秋の頬を苑子はぺちんっと叩いた。
「えいっ、もうご褒美はお終い!」
「え!? そ、そんなぁ……」
しょぼんと、項垂れながらも未練がましく苑子の顔を見上げて来る秋はお預けをくらった可哀相な飼い犬そのものだったが、苑子はちっとも可哀相だとは思わなかった。
その濡れた口周りと、新たに床を汚した白濁と芯にまだ硬さを残す露出した男性器。
「……」
苑子の無言の視線が精力が有り余った秋のそこを凝視している。
どことなく呆れたような、嫌悪すら滲んだ視線にじわじわと、むくむくと頭をもたげる秋の分身あき。
「……発情期の犬かよ」
未だじんじんと痛みと強すぎる快感で痺れる下半身にもぞもぞと太ももを摺り寄せて誤魔化していた自分が馬鹿らしくなるのとなんだかムカついたのでとりあえず苑子は足先で秋の元気なそこを蹴った。
ちなみに当然だが上履きは履いたままである。
「ふ、ぐっ……っ!?」
完全に無防備だった下半身に突如襲い掛かった衝撃と痛みに秋は咄嗟に両手でそこをガードした。
痛みに思わず手で押さえたという方が近いかもしれない。
元気が有り余り、期待し起き上がり始めていた分ショックが大きいのか、秋はしばらく股間を抑えて屈みこみ悶絶した。
情けない秋の姿を尻目に苑子は優秀な友人達の差し入れの中に入っていたおしぼりを開封する。
べたつく太ももの内側や秋の唾液やらその他の液で濡れたところを軽く拭いてからのろのろとショーツを履いた。
正直、自分にひたすら順従で馬鹿みたいに忠誠心が高いと思っていた飼い犬に噛み癖があるとは思わなかった。
飼い犬に手を噛まれるとはよく聞く台詞だが、飼い犬にクリトリスを噛まれたというのはそうそう聞いたことがない。
バター犬の躾に失敗した間抜けな飼い主みたいで苑子は若干不機嫌になっていた。
「もう、噛まないでって言ったのに。なんで噛むかな?」
「……ごめんなさい」
漸く観念したのか項垂れながらも秋はズボンを履き始めた。
そしていそいそと椅子に腰かけている苑子の側に膝でにじり寄って来る。
ごめんなさい、ごめんなさい、怒らないでください、もうしませんから、ゆるしてくださいと必死にくうんくうーんと鳴いて縋り付く秋はその手の趣味のお姉さんには垂涎ものだろうが苑子は鬱陶しいとしか思わなかった。
だがしっしっとあしらうのも面倒で特に拒絶はしない。
ちょうどいい位置に頭があったのでそれを肘置き代わりと称して手を置く。
なんとなく手がさわさわと動いているのはその短く硬い髪の毛の感触が珍しいからだ。
別に撫でているわけではない。
苑子は出来の悪い犬に怒っているのだ。
撫でるはずがない。
「……てっきり秋くんはマゾだと思ってたけど」
なでなで……
「はい?」
すりすり……
でれでれと崩れた顔で苑子の手に旋毛を押し付けていた秋は丸い目をぱちくりと瞬きして苑子の台詞に首を傾げる。
男子高校生のする仕草ではないなと思いつつ、苑子は渇いてかびかびになった秋の口周りをきったねぇなこいつと思いながら袖でごしごし乱暴にこすってやった。
「意外とSえすっ気あるのかもね」
口周りが赤くなるまでごしごしと袖で拭う苑子に対して嬉しそうに尻尾を振る姿を見るとまったくそんな気配は見えないが。
純情かつ素直。
苑子の言うことならなんでもやっちゃいそうな、むしろそれこそが至福とばかりに喜々として従うワンコ。
だが昨日の初体験もそうだったが、少しばかりセックスに関するときだけは乱暴になる。
興奮しすぎて箍が外れているのかもしれないが、逆にいえばそれが秋の本性という見方もできる。
普段はどことなく頼り無い大型犬。
おまけに甘えたで結構泣き虫。
それでいて中身は苑子に対して妙に一途で若干変態で、やっぱり変態。
ちょっと可笑しい変態ワンコという認識でいた。
「俺が……? S、ですか?」
「そう。SMのSの方。サドスティックなあれ」
今だ堅苦しいところがある秋は苑子の戯れにも似た話を真剣に聞き、考え込む。
眉間に皺を寄せて考え込む表情はその見目の良さもあってちょっとだけ苑子はどきっとした。
秋の顔は嫌いではない。
むしろ好きだ。
基本苑子は面食いだ。
男は顔とちんこだと思っている。
「んー……」
「無自覚? 秋くん結構エッチのとき乱暴だし、昨日も噛み痕とかキスマーク激しかったし…… さっきだって嫌だっていったのに無理矢理クリ噛むし?」
「うっ」
「……あーんっ、今もじんじんするぅー」
「苑子先輩、かわい……っ、あ、いや、すいませんでした……!」
ふざけ半分本気半分に恨み言を呟く苑子に咄嗟に本音が出たがどうにか秋はそれを耐えた。
「……本当に反省してる?」
「してます、めっちゃしてます!」
ぐりぐりぐりぐりと秋の旋毛をぐいぐい押しつぶす苑子に秋はだらしいのない顔で謝罪する。
だが、反省しつつも秋はどうしても確かめなくてはいけないことがあった。
「でも、あの…… 苑子先輩って……」
もじもじそわそわと火照た顔でじっと苑子の顔を注視する秋。
一方の苑子は何食べたらこいつこんなデカくなるんだろうともはやSM話などとうに忘れて違うことを考えていた。
基本苑子は気まぐれで気分屋なのだ。
対して秋はどこまでも根が真面目だった。
「……エッチするとき、その…… 痛い方が………… 感じて、ますよね?」
「……」
ふざけた台詞と裏腹に秋の顔は真剣だった。
* *
秋は真剣に、そして盛大に照れていた。
一瞬後、ああ言ってしまった……!と両手でさっと顔を隠す。
隠れていない耳や首筋は見事に真っ赤になっていた。
乙女が異性の裸を見てしまいきゃっと顔を逸らすような一連の仕草に、若干のイラつきを感じながら苑子はしげしげと目の前、むしろ目下の飼い犬が自身の大胆発言に自爆している姿を見つめた。
(意外と鋭い…… 秋くんのくせに)
秋の言う通りだった。
ぶっちゃけて言うと、苑子はちょっと乱暴なセックス、若干痛いぐらいのエッチやプレイに感じてしまう。
控えめにいってぷちマゾ体質だ。
「……まぁ、確かに。そっちのが感じるけどね」
散々秋のことを苛めた手前、なんとなく気まずい。
だが特に否定することでも隠すことでもないため素直に苑子は肯定した。
「でもちょっとだけだよ? 痛すぎたりしたらさすがに拒否るし、てかそんな下手な奴とは最初からやりたくないし」
「お、俺のやり方はどうでしたか!? ちょうどいい感じですか?」
「微妙」
あせあせと慌てる秋に苑子はすげなく返す。
ぶっちゃけ秋との身体の相性はいいと思う。
微妙と言ったが、むしろ良好である。
いい塩梅にガンガン攻めて来るし、襲って来るし、さっきのクリかぷっのときもあれでイったのだから良かったに決まっている。
(でも私の言うこと聞かなかったのは許せない)
だが、苑子はただのマゾっ子ではなかった。
面倒なことに、苑子は肉体的には痛めつけられることを好むくせに精神的に自分が優位でないと嫌だという我儘っ子なのだ。
むしろ苛めたい。
泣かせてやりたいという歪んだところがある。
「秋くんはただ私の言う通りにしてくれればいいの」
「いっ……!?」
ぴっと秋のおでこを指ではじく。
「ね? 苑子先輩わたしの言う通りにしてくれたら毎日ご褒美あげるし、好きなときに好きなだけ天国に連れてってあげる」
「っ……」
「……秋くんとのエッチだって、嫌いじゃないよ?」
赤くなった秋のおでこを慰めるようにちゅっとキスする。
「だから、いっぱい練習しようね?」
「は、はい……!」
ふるふると全力で尻尾を振り、感激のあまりに苑子の薄い腹に顔を押し付ける秋を苑子はとりあえず受け入れた。
よしよしと刈り上がった後ろ髪独特のじょりじょり感を楽しみながら頭を撫でてやる。
苑子は内心でこの暴走癖のある犬を今後どう躾けようかと少しだけ頭を悩ませた。
(まぁ、気持ちよければなんでもいーや)
実にビッチらしい結論で早々に考えることを放棄した。
一方の秋は苑子の匂いを嗅ぎ、おでこに当たる唯一控えめな苑子の胸の感触にどぎまぎしつつ、先ほどの苑子の台詞を反芻していた。
(Sか、Mか……)
自分自身の性癖について真剣に考えるのは初めてではない。
今回は二度目である。
最初に思い悩み、色々考えた結果、秋は単純な答えを出したはずだ。
だが、今回の苑子のご褒美によって最初に出した答えが少し揺らいだ気がする。
だって。
確かに昨日も、そしてさっきも。
秋は苑子が痛みに顔を顰めつつ、蕩けていく表情を見て死ぬほど興奮したのだ。
苑子が秋の乱暴な腰の動きに逃げようとし、それを無理矢理抑え込み更に激しく責め立てると許しを乞いながら弱弱しく淫らに求めて来る。
苑子と繋がった結合部。
別の生き物のように脈打ち秋の性器を放さず銜え込む苑子の性器。
痛いほどに秋を求め、その冷たい肌がどんどん甘く蕩けていくのを感じたときの至福。
もっともっと苑子を泣かせたいと、泣かして自分に許しを乞いながら求めて欲しいと確かに秋は願った。
狂おしいまでに苑子が欲しかった。
あれはまさに欲望だ。
異常なまでの欲望である。
初めてのセックスに気持ちが昂りすぎたせいだと初めは思った。
しかし、さっきの苑子への愛撫はどうだろう。
苑子が被虐的な性癖を持っていることを勘づき、気持ち良くなってほしい気持ちが強すぎたせいで苑子の言葉を無視して暴走した。
それは間違いない事実だ。
だが、本当にそれだけなのか。
秋は確かに苑子のあの悲鳴に似た絶頂の嬌声に、赤く腫れて痛々しそうだった性器を噛み潰したときに、途方もない快楽を抱いたのだ。
愛撫と称して苑子を甚振ることにぞっとするほど興奮した。
それだけで射精するほど、興奮したのだ。
(俺って…… マゾだよな?)
あれ、実はサドだったのか? 俺?
と、一人百面相している秋だったが、その顔は今だ苑子の腹をぐりぐりと擽っていたため苑子に気づかれることはなかった。
秋くんくすぐったーいと甘やかしてくれる大好きな飼い主の声と匂いと体温を堪能しつつ、秋はゆっくりと思考を広げていく。
秋は追憶した。
あの日、あのとき。
苑子の姿を初めて見たとき。
そして心を奪われた瞬間のことを。
自分をある種のマゾヒストだと認識したときのことを。
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