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第6章★赤騎士団長・炎のリョウマ★

第6話☆軍師☆

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 菫は御剣を見てため息をつく。


「信者から集めたお金は、老いない薬開発費用に回していたのですね」


「……菫」


 突然名を呼ばれ、菫は驚いて御剣を見る。


「何ですか?」


「老いない薬の隠語は、通称『黄金の林檎』だ。黄金の林檎は不老不死の代名詞だからな」


「ああ……北欧の神界の神様たちが黄金の林檎で一騒動起こしていましたね」


「詳しいな……神界のことは、この魔界では無関係だろうに……」


「あら、日本の神様を崇拝している方なのだから、神界のことはあなたの方が詳しいと思いますよ」


 菫はそう言いながら違う牢に入れられている沢山の目玉が付いたドロドロの塊たちを指さした。


「あの目玉の塊は黄金の林檎を食べた信者?」


「……ああ。献金できなくなった信者を実験台にさせている。未だ成功例はない」


「人体実験は犯罪でしょう。彼らの尊厳やご家族の意向はあったのですか?」


「……献金できない者を人体実験に誘っていた。献金しなくても月読教に入れるように」


 菫と亘も人体実験に勧誘されたので知っているが、そこでは断った。一応断る選択肢は与えられているのだろう。


「サギリは老いに異様な恐れをなしていた敬虔な信者だった。だから黄金の林檎で釣り、祀り上げ教祖にして、私は邪神国を乗っ取る野望のため国王と再婚させた」


「……気をつけよう」


「は?」


 甘い誘惑に気をつけないと、邪神国のように宗教に乗っ取られてしまう可能性があるということだ。


 実際倭国も、裕が操られている事実がある以上、菫は恐ろしくなった。


 亘は自分の見たものしか信用しない現実主義者のため大丈夫だろうが、人の良い裕はコロッと騙される可能性がある。


 菫は肩を竦めると、振動がしたため懐から雷電の鏡を取り出し、二つ折りになっていたそれを開けた。


「はい、カルラ様?」


『菫! そっちはどうだ? リョウマは無事か? 菫とゼンタは大丈夫?』


 カルラの顔が見える。眼鏡をおでこにかけていて、優しい垂れ目が菫を見つめていた。


 菫はカルラの顔を見てフッと気が抜けるのを感じた。


「リョウマ様は無事奪還しました。そちらの進捗はいかがですか?」


『さすがだな、安心した。裕は記憶が錯綜していたから、亘が行って救い出した。裕と俺がいないことに気付いた実月姫が騒ぎ出して、俺は実月姫に事情を説明中。恐らく国王も記憶操作されてる』


「国王も?」


『懐柔はしやすかっただろうな。サギリ女王の顔が、前女王の顔にそっくりだ』


「カルラ……サギリに危害を加えるなよ!」


 ふと御剣が手鏡に向かって叫んだ。その声を聞いたカルラが、少し焦ったような声を出す。


『えっ、御剣? あいつもいるのか? 菫、危険だ。御剣は……』


「わかっています。吐かせました。月読教の枢機卿でした」


『えっ? だ、大丈夫なの?』


「はい。ほら、この通り」


 菫は鏡を御剣に向けた。


 四肢を鎖で繋がれた全裸の御剣が映る。


『うわっ……エグいね……』


「……やめろ、見るな……」


『御剣~、久しぶり、カルラだよ。ヒヒっ』


 カルラの明るい声に御剣が目を反らした。


「不良根暗オタクめ……相変わらず気味悪い笑い方だな……」


『懐かしいな~。リョウマの家でいつも遊んでくれたよね~。庭に生えてる笑い茸振る舞ってくれたり、噴水に落として眼鏡の汚れを洗い流してくれたり、消毒するからと除草剤ぶち撒けられたときはさすがに死にそうになったよ~。ヒヒっ』


「……御剣様……」


 菫の呆れた声に、御剣が菫を睨みつけて言った。


「貴様も私をイジメているだろう、現在進行形で……」


「あら、それならきちんとしなきゃ。待ってて、除草剤持ってきますから」


「やめろ、性悪女……」


 ふと鏡の中からカルラの低い声が響いた。


『御剣、サギリ女王は恐らく投獄される。国王を誑かし月読教というカルトを邪神国に持ち込み、私腹を肥やした罪で』


「サギリ! サギリにひどいことをするな、不良根暗オタク!」


『ヒヒっ、俺じゃないよ~。優秀な軍師様だよ。邪神国の軍師は有能でいいな~』


「海野か!」


 パーティーのとき、実月姫の側で静かに佇んでいた若い男のことだろう。


『お呼びになりましたか、御剣殿?』


 カルラと別の声が聞こえた。菫も驚いて思わず鏡を覗き込む。


 冷静な表情でこちらを見据える若い男性が映っていた。


 艷やかな黒髪に三白眼気味な目を菫に向けていた。


「あなたは……」


『はじめまして、お嬢さん。邪神国軍師をしております、海野と申します』


 声にも冷たい響きが混ざっている。ふと菫の顔を確認した海野は再び声をあげた。


『はじめまして、でよろしかったですか? あなたの顔をどこかで拝見したことがありますが』


「えっ……あっ……挨拶が遅れまして失礼致しました。天界国女中の菫と申します。はじめまして、だと思います」


 パーティーのときに顔を見られたのかと思ったが、サギリ女王の誕生日パーティーのとき、菫は仮面を着けていた。顔を見られているはずがない。


『そういうことにしておきましょう。いま、カルラ殿に事情を説明してもらっていました。天界国騎士団長の方たちが、月読教幹部の野望を調査して下さっていたと』


 えっ、騎士団長が隣国でヒーローみたいな立ち位置になってる……と菫はキョトンとした。


 実際の天満納言の命令は、邪神国に戦争を仕掛けたいから、その偵察をしてくる予定だった。


 こうなった以上、月読教の悪事を暴き、救いにきたとした方がかなり体裁はよい。


 カルラの考えだろうか、と菫は内心温かくなってクスッと笑ってしまった。


『菫殿。御剣の悪事を暴き拘束して下さったこと、感謝致します。言質は今、取れました。サギリ女王と御剣を詐欺罪及び殺人罪で拘束致します』


「待ってくれ海野……! サギリは私の言いなりになっていただけだ! 全て私の責任だ」


「まあ、潔いですね。愛だわ」


「茶化すな、性悪女!」


「海野様、少しよろしいですか? 今サギリ女王を拘束したら、邪神国の威信が崩れません?」


 菫がニコニコと笑顔を見せて雷電の鏡を覗き込む。海野は少し興味を持ったように菫を見た。


『どういう意味でしょうか』


「女王が私腹を肥やすために邪神国王に腰入りしたと全世界に知られたら、邪神国の警護、警備に関して、威信を保てるのかなって思ったの。国力、下がらない?」


『……』


 海野が鏡をカルラから借りたようだった。覗き込んだ先に海野の冷たい目が無表情に菫を捉えていた。


『やり直せば良いのでは? サギリ女王の悪事を暴き、処刑したならばむしろ邪神国の威信、信頼は保つどころか雲を突き破ると考えないのですか』


 菫は面白いものを見たように海野を見返した。2人はしばらく見つめ合う。


「月読教の教祖という肩書きだけなら、国民も納得したでしょうが、これが女王となれば話は別ではないですか? 基本的に国民のお金で生活している女王は、自分の若さを保つという私利私欲が目的でお金を湯水のように使っていたのでしょ?」


 菫は1度言葉を切ると海野を見て微笑んだ。


「邪神国の今年度の予算案、拝見しました。宗教関係の支出と予算額がかなり多いですね。あなたの意向ではなさそうだわ。恐らく、女王陛下の意向がふんだんに盛り込まれていそう。それに透けて見える大臣や議員の打算。大変ね、軍師様」


 ニコニコと笑顔を崩さず菫が言うと、海野は目を見開いて菫に対峙した。


『……面白いお嬢さんですね。ここまで調べているとは。もしやこれは取引の話でしょうか』


「やだ、海野様! わたしと気が合いますね。嬉しいわ、うふふ」


 海野に対してウインクをした菫に対し、彼は眉をピクリと動かしただけでポーカーフェイスを保ち続けていた。


『……要求を聞きましょうか、可愛いお嬢さん』


「サギリ女王とは性格の不一致、という建前で邪神国王と離婚して下さい。一連の事件を不問とし、サギリ女王と御剣様をわたしに引き渡して下されば、わたしが2人に正しく罪を償わせ、表舞台からは消します」


『……随分と大きく出ましたね。それで、邪神国にメリットは?』


「月読教を解散し解体。2度と邪神国に邪教を持ち込む真似はさせません。国民の宗教狂いに、あなたも手を焼いていそうですから」


『……いい条件を出してきますね』


「うふふ、まだありますよ。さらに今ならサービスで、この邪神国からカルト教団を数日中に全て排除するわ。健全な国民、健全な国家、健全で安心できる宗教をご提供致します。どうですか?」


『……カルト教を数日中に排除など、あなたのようないち仕官が出来るのですか?』


「この書類を見て下さい」


 菫は鞄から書類を出し、雷電の鏡の前に突き出した。


「邪神国に数百個ある宗教団体を全て調べました。教団の資金繰り、活動資金、信者1人1人の生活まで。結果、半数以上の宗教団体が、不正に資金を悪用。補助金の水増し。別件で5分の1が霊感商法で詐欺を行っています。ここに証拠書類を用意致しました。この書類を海野様に差し上げます」


『! すごいですね、ここまで綿密に調べ上げたのですか……』


「これを議会に提出したら、議員や大臣のいくらかも勝手に自滅しそうですよ。恐らく海野様の心を重くしていたであろう議員も、逃亡しちゃうかも」


 ウインクをする菫に、海野は目を細めて菫を見て感嘆のため息をついた。


『……ありがとう。条件を吞みましょう』


「あら、国王と女王が離婚なんて、あなたの一存で決められるの?」


『それもご存じなのでしょう? 菫殿の後ろにいる御剣は、記憶操作の薬を国王に飲ませている。御剣が命令すれば、一発ですよ』


「ふふ、同じ考えだわ、わたしと」


『あなたとは一度、ゆっくりデートをしてみたいですね』


 ふと海野が口調を変えた。


「光栄です、海野様。でもこう見えて、わたしモテるの。海野様は、そうね。千人目の予約でよければ、デートしましょ」


『あはは! 最高ですね、お嬢さん』


 今までポーカーフェイスを崩さなかった海野が突然大きく口を開けて笑ったので、菫をはじめ御剣やカルラも、目を大きくして驚いていた。


☆続く☆
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