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第3章★心を操る秘薬開発★

第10話☆聖女の末裔☆

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 ヒサメは艶のある黒髪を長く後ろに1つに結わいていた。どこぞの聖騎士のような、ハッとする佇まいの女性だった。


「コウキは? 無事なの?」


 歌うような美しく高い声だ。菫が落ち着いたアルト調の声なので、対照的だった。


「ヒサメ、待ってた」


 さも当然のようにコウキが出迎える。
 ヒサメはコウキの右腕と右足の溶けない氷を触り、祈りを捧げるかのように両手を交差させた。


「待ってヒサメ。その溶けない氷の成分は、この容器に入れてほしいんだけどなぁ」


 祈りを遮るようにカルラが言う。


「邪魔しないで、カルラ。コウキが大変なときなのよ」


「でも、秘薬がぁ……」


「コウキの手足が駄目になったらどうするの? あなた責任取れる? 優先順位を考えて」


 静かに言うと、カルラの声を無視して再び祈りのポーズを取った。


 キラキラとした聖なる光が彼女の周りを包み込み、その後コウキの手足を包み込んだ。


「あああ……溶けない氷があ……」


「カルラ、こうなったものは仕方がない。喚くな」


「でも、せっかくリョウマたちが苦労して魔物を倒してきてくれたのに……」


 情けない声を出すカルラをヒサメが睨みつけた。


「あなた相変わらずね。人命と実験とどちらが大事なのよ」


「ヒサメ~……」


「カルラ。うるさい」


 菫が4人のやり取りを黙って見ている。


 やがて祈り終わったヒサメは、聖なる光を体に閉じ込めた。


 コウキの右手足の分厚い氷はきれいになくなっていた。


「コウキ! 良かった……」
 ヒサメが目に涙を溜めながらコウキに抱きついた。


「ヒサメ、心配かけたな」


 コウキはヒサメの肩を掴んで剥がし、ヒサメと目を合わせて柔らかく微笑んだ。


 それを見てヒュウっと口笛を吹いたカルラを、ヒサメが睨みつけていた。


 すごい、あの力。
 強力な魔法も無効化できるんだ。


 菫はヒサメをジッと見ながら手を顎に充てて考えていた。


「何かまだ寒いんだけど……」


 コウキが震えながらヒサメに聞くと、手足を少し診てから答えた。


「凍傷しかけているわ。まだ当分動けないわね。私が治せるのは魔法の力で傷を負ったもののみ。普通の傷は治せないわよ。だから、悪いわね、リョウマ」


 リョウマを睨みつけながら言うヒサメに、リョウマは気まずそうに首を振る。


「いや……俺はいい。放っておけば治る」


 と呟いた。



 貧民街出と言っていたので、リョウマは恐らくヒサメにキツくあたっていたかもしれないな、と菫は感じた。


 そしてリョウマにも切り傷が付いているのに菫は気付いた。


「菫、紹介しようか。こっちにおいで」


 コウキが自分の元に菫を手招きする。


「彼女は女中の菫。俺の愛人候補、の申請を天満納言様に出している最中」


 ニコニコと紹介するコウキの後ろで、リョウマ、カルラ、菫の3人が背筋を凍らせた。


「へえ……あなたがコウキの愛人さん? コウキの凱旋パーティーで見た綺麗なお嬢さんじゃない」


 氷のような視線を向けられ、コウキ以外の3人はその場から硬直したようにしばらく体を動かせなかった。


 ベッドではコウキが相変わらずニコニコしていた。


「菫、こっちは青騎士団長のヒサメ。俺の幼なじみなんだ」


「よろしくお願いします」


 菫が深くお辞儀をすると、ヒサメは菫を見て目を細める。


「近くで見ると陶器のような肌をしているのね。あなたはコウキの愛人になるのは嫌じゃないの?」


 菫が口を開こうとすると、カルラがヒヒッと大きな声で笑った。


「このお嬢さんはコウキの愛人も良いけど、俺の研究助手にしたいんだよなぁ」


 カルラはニヤニヤ笑いながら菫の全身を見た。


「俺の夜伽の相手に考えてやってもいい。コウキだけが狙っているわけではなさそうだな」


「ヒヒッ。モテるね、お嬢さん」


 二人のフォローで何とかなった菫は、心の中でリョウマとカルラにお礼を言った。
 ヒサメはコウキを見た。



「コウキ。あなた本当に彼女でいいの? 悪い虫がいっぱい付いてきそうよ」


「え? そうだな……というか今は何も考えられない。ちょっと眠い……」


 重傷なので体力が低下しているのだろう。そういうとコウキはパタリと意識を失うように滾々と眠りについた。



 ヒサメはコウキの怪我が治るまで死の監獄でコウキの治療を続けるらしい。



 氷の魔物の成分がなくなったため、心を操る薬の開発は頓挫することとなり、研究室に閉じ込めていたローゼンバッハ博士が再び逃げ出したと連絡が入った。



 これはもちろん、カルラと菫がそっと逃し、隠れ里に行かせたためである。
 今は隠れ里で娘セリカの奪還を待っているだろう。




「では菫様、俺たち二人で邪神国に行きましょうか」


 リョウマが死の監獄の出口で菫に跪いて言った。


「ふふ、その前に」


 菫はリョウマの側にしゃがむと、頬に出来ていた切り傷に薬を塗った。


「菫様?」


「ヒサメ様の代わりで申し訳ないですが、わたしが治療しますね」


 リョウマは目を見開くと困ったように、いつもの悪戯っぽい顔で笑った。


「あなたの手を煩わせるなんて、俺もまだまだ未熟だな。ありがとう」


 一通り治療を終えると、ふたりは立ち上がる。


「コウキ様は死の監獄で治療を受けるのですか?」


「はい。ヒサメが外出を許可しません。あいつはコウキにベッタリですから」


 菫はそれを聞いてクスッと笑った。


「菫様?」


「可愛らしい人ですね。ヒサメ様」


「そう……でしょうか」


「あの力も凄いですね。まるで聖女様のよう」


「ああ、あれは聖女の末裔です。昔から祈祷し、悪の魔法を浄化してきた聖女の力が、ヒサメに流れているんです。その力を悪用しようとした奴らに、ヒサメの父親は騙されて没落しました」


「まあ……そうでしたか」


 リョウマと菫が歩き出すと、後方から情けない声が聞こえてきた。


「リョウマ~。俺も連れて行ってくれ」


「カルラ……?」


 リョウマは後ろを振り返る。


「ぜーはー……速い、んだもん、ふたりとも」


「お前研究はどうした」


「そんなの頓挫だよ。ローゼンバッハが逃げ出したんだから。だから、コウキの代わりに連れていって~」


 リョウマは眉を潜めてカルラを見る。


「は? お前もコウキと同類なのか? まさかこの女を愛人にしたいのか?」


 リョウマの言葉をカルラはニヤニヤしながら聞いていた。


「違うよ、ヒサメが俺のことを邪険にするんだ。俺がいたらコウキとラブラブできないだろ」


「ふん、あの女も大概だな。色恋に現を抜かして」


「リョウマだってお嬢さんにメロメロじゃないか。アコヤ様に言っちゃうぞ」


「ふ、俺は別にこの女とは……」


 リョウマの声をカルラが遮る。静かで抑揚のない声だった。



「そんな演技はいい、リョウマ。変な演技はお互い止めよう。俺は菫様をずっと前から知っている。倭国人なんだ、俺」


「…………は? 誰、お前?」


 リョウマは目を丸くして、眼鏡を取り髪をかきあげたカルラを初めて見たかのように眺めた。


☆終わり☆ 
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