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第3章★心を操る秘薬開発★

第5話☆俺もお前を好きだった☆

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「お嬢さんは倭国の王女である」
「いいえ」


 菫が挑発的な目で言うと、四肢を繋いでいる鎖が音を立てた。ビリっと電撃が走ったかのように全身が震えた。


「いっ……」


 痛みが体を走ったが、菫はそれでも挑発的な目をカルラに向けた。


「……倭国の王女で間違いないな。次。竜神女王はお嬢さんの母親である」
「いいえ」


 ビリっと激痛が走る。悲鳴を上げないように歯を食いしばって菫は耐えた。しかし肩を動かした激しい息を押さえられない。


「吸血王はお嬢さんの父親である」
「いいえ」


 先ほどより強い電撃がきた。菫は「あっ」と声を出してしまったが、痛みを何とか我慢する。


 カルラの声が低く静かなトーンに変わった。



「吸血王と竜神女王の子供三人は、天倭戦争の際、国民を置いていち早く逃げた」



「……は、い……」


 電撃が止み、菫の声が震えた。


「その際、お前は専属侍女だった一人の少女を自分の身代わりとし、置いて逃げた」


 菫はハッとしてカルラを見た。


「……その少女は王女を慕っていた。だから身代わりを買って出た。菫様がいればこの国はよりよくなると。王としての才覚は三人の中で一番あると……そう、いつも嬉しそうに俺に話してくれた」


「……」


 菫は戦争当時のことを思い出し、思わず目に涙を溜めていた。カルラを見ると彼も目を赤くし涙を溜め、唇を震わせていた。


「……それがこの体たらくだ。倭国は滅び、妹は死んだ」


 ぽたりと大粒の涙をカルラが流す。菫もそれに追随するようにぽたぽたと涙を床に落とした。


「カオス様の、お兄さん……?」


 ズっと鼻を啜り、カルラは真っ赤になった目を菫に向け、深く息をはいた。


「倭国が滅びてからすぐ、俺は天界国騎士団に応募した。騎士団も倭国との戦争で壊滅状態だった。潜り込むのは簡単だった。俺は学問を主とする橙騎士団に決めた。わりと学問は得意だったからだ」


 菫はカルラを見つめながら真摯に一度頷いた。涙でカルラが霞んで見えた。


「逃げた三人の王族に復讐することだけを考えて生きてきた。だが、倭国王室はベールに包まれ、王族の顔を知る者は少なかった」


 カルラは一度腕で涙をぬぐった。


「お前は失業率を下げたり、貧乏な子に教育を受けさせるために無料学校を開設したり、緊急診療所を開いたり、観光業界を発展させたり、研究員や伝統芸能の地位向上に尽力したり、わりと良い噂を聞いていた。カオスが良いことばかり言うものだから、俺もお前を好きだった」


「……」


「裏切られたよ。妹を身代わりにして逃げるなんてな。今では世界で一番大嫌いだ」


 カルラは鼻を啜り、声を殺して泣いた。菫は何も言えず、カルラと同じように涙を流した。


「……倭国を立て直す基盤が出来たら、わたしは自害致します」


「……」


 ピクリとカルラが体を動かした。菫の電撃は流れなかった。


「地位を理由に甘えてしまった部分が大いにあります。言い訳のしようがありません……」


「王族ってのは綺麗ごとばかり言うって本当だな。お前が死んでもカオスは帰ってこないんだぞ」


「……カルラ様……」


 悲しい目をしていた。
 国民を置いて逃げたのは事実だった。王族を途絶えさせないよう、周囲の配慮だったが、やはりそれはいけないことだったのだ。菫はあのとき逃げたことを心底後悔していた。


「俺はお前に復讐することしか考えてない。やっと会えたんだ。お前の傷付くことだけをやってやる」


 いつものようにからかったり、受け流したり、挑発したりできるはずがなかった。
 菫は大人しく頷くと、立ち上がってこちらにやってくるカルラを見て深く項垂れた。彼に従うという意味をこめて。



「まずはお前の正体を天満納言に知らせる。俺の部下に手紙を預けた。その部下は今天界城の天満納言の元へと向かっている」


「はい」


「それから、最もお前の傷付くものを見せてやる。こっちにきな」


 磔から菫を外すと、強引に手首を掴んでカルラは早歩きでさらに奥の研究室へと向かった。


「良く見ろ。お前の父親だ」


 そこには、ホルマリン漬けにされた父の姿があった。綺麗に保管されているのか、首と胴体がバラバラだったが、2つの容器に入れられて綺麗な状態のまま菫の前に現れた。


 その隣には八雲の首から上だけがある。先日オークションで落札した八雲の体は、ここから運んだものだったのだ、と菫は納得した。その他、倭国で戦死した王族や大臣、高名な剣士たちのホルマリン漬けがあった。


「どうだ、自分の父親が死んで尚保管されているのを見る気持ちは?」


 冷たいだろうか。自分の父親の亡骸を見ても全然悲しみは沸いてこなかった。しかし、父親以外の遺体を見ると、涙がこみあげてくる。


「悲しいです」


 父の死は悲しくなかったが、カルラの手前そう答えておいた。きっと自分の心はどこかが欠陥しているのだろうな、と菫はぼんやり考えた。


「……こんなものじゃ俺の気が済まない。リョウマたちが帰ってくるまで、俺の部屋でお前をボロボロの体にしてやるから、覚悟しろ」


 カルラは青薔薇の刻印の持ち主ではない、と菫はこの時点でわかった。
 竜神女王と好きに会える権利があるなら、カルラはいち早く竜神女王を殺しているはずだからだ。


 しかしまだ生きているということは、カルラではない。
 菫はそう確信したが、この後すぐに全身を確認できそうだな、とぼんやりと思っていた。

☆続く☆
    
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