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第3章★心を操る秘薬開発★

第3話☆橙騎士の誘導尋問☆

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「で、この綺麗な人は?」


 カルラは興味津々で眼鏡をずり上げて菫をジロジロ見る。
 コウキはさりげなくカルラから菫を遠ざけながら笑顔で言った。


「天界城女中の菫だ。ちょっと訳あって連れて来た」


「橙騎士団長のカルラです。ここで色々な実験をしています。よろしく」


 くぐもった声でカルラが言い、手を差し出す。菫も深くお辞儀をしてから自己紹介をした。


「菫です、よろしくお願い致します」


 笑顔を見せると、カルラは一瞬じっと菫の目を見てから、握手していた手を引っ張った。


「えっ」


 反動で菫はカルラの胸に飛び込んでしまい、その隙にカルラが菫を力強く抱きしめた。


「お前、どこかで聞いた名だな」


 菫だけに聞こえるような小さく低い声でカルラが囁く。
 その声は冷たく、抑揚のない響きを孕んでおり、先ほどの癖の強い印象とはまるで別人だった。


「カルラ、やめろ」


 威圧感のある声でリョウマが言い、菫を抱きしめている手を引き離した。カルラは驚いたようにギョロっとした目をさらにギョロっとさせてリョウマを見た。小さくボソボソと「珍しい、かばった」と含みながら言い、大仰な芝居がかった声を出した。


「ヒヒっ。ただの挨拶だよ。綺麗な人だねえ。俺の専属愛人になってもらおうかなあ」


「ダメダメ! この子は俺の。渡さない」


 コウキが言うと、カルラは口に手を充てて再びヒヒっと独特な笑い方をした。


「ご愁傷様、お嬢さん。コウキに目を付けられたら終わりだなぁ」


「……」


「この研究所、女っ気がないからな。天界城から遠いし、紫苑の塔にも通えないし。紫苑の塔の女を、派遣してくれよ。研究員たちが欲求不満で死ぬぞ」


 ニヤニヤ笑いながら菫をジロジロ見てカルラが言った。
 菫は先ほど言われた「どこかで聞いた名」という言葉を放ったカルラを、警戒心を込めた目で見つめた。戦争のときだろうか。


 そして、思った以上に頭のキレが良さそうだ。この癖の強い態度は、本来の自分を隠す良いカムフラージュになっているのだろう。
 きっと、この男は相当厄介だ。



 とりあえず研究室へと足を踏み入れる。ドーム型になった地下の一番最深部にカルラの研究所はあった。


 ボコボコと色々な薬品がフラスコから湧き上がり、その色は紫や緑など、独特のものだった。


「今は天満納言に言われて、人の心を操る秘薬を作っているんだぁ」


 楽しそうに液体を眺め、何度も触ったり入れ替えたりして、傍から見たら遊んでいるように見えた。


「何だそれ。竜神女王にでも使うのか」


 コウキが肩を竦めながら言った。コウキも実験に興味があるのか、ピンク色をした液体を眺めていた。


「違う違う。逃げちゃったニンゲンに使う予定だったんだ。あのニンゲン、子供に会いたいと叫びながら、今朝方逃げちゃってさ。すごい頭の良い男で、研究に協力してもらうために天満納言の奴が天狗を使って神隠しさせて、魔界に呼んだんだけど。まあ逃げたよね」



 異界不可侵条約を破っているんだ。


 魔界どころか神界の神様と交わした約束も破っていたと知って、菫は見たこともない天満納言に怒りを覚えた。


「ええと、ニンゲンはそっちの氷の魔物が出る森に逃げて行ったから、魔物に喰われる前に見つけて欲しいんだなぁ」


「そんなの、この人数じゃ無理に決まってるだろ! 俺とリョウマとカルラで探せっていうのか? 天満納言様は」


「だって戦争後、人手が足りなくなったし。それに俺は秘薬作りを進めなきゃいけないから、君たち2人で探してくれよ」


「ふざけるな。何でも天満納言の言いなりになると思っているのか」


 リョウマが声を出すと、カルラもうんうんと頷いた。


「秘薬を作ったら、従順にするためにニンゲンに飲ませるんだってさ。だからニンゲンが帰って来る前に秘薬を完成させなきゃいけないの。頼むよ、お二人さん」


「あんな広い森から錯乱状態のニンゲンを掴まえろって? リョウマ、どうする」


「騎士団員は連れてこられなかったのか?」


 リョウマの問いに、コウキが肩を竦める。


「今は邪神国に戦争を仕掛けるために騎士団員はそっちで忙しいんだよ」


「研究所にいる橙騎士団を借りられないのか」


 今度はカルラが首を振る。


「うちは貸せないよ。全員で秘薬作りに没頭しないと間に合わないよ」


「ふむ……仕方ない。行くぞコウキ。早くニンゲンを掴まえて邪神国へ行く。カルラ、菫を頼む」


「ヒヒっ、わかったよ」


 リョウマとコウキは慌ただしく出て行ってしまった。
 残された菫は、ゴクリと生唾を飲み込むと眼鏡の奥を光らせてこちらを見たカルラと対峙した。




「さてお嬢さん。二人が戻る前に色々確認しておこうか。ヒヒっ」


 ソファに深く腰掛けたカルラが、じっと菫の目を見ておかしな笑い声をあげる。


「確認ですか?」


 ニヤニヤと笑いながらカルラは菫の全身を眺めた。そして唇に焦点を当て、目を細める。


「八重歯がある」
「チャームポイントです」


「目が大きい」
「あなたは耳が大きいですね」


「肌が白い。透き通るようだ。月に灼けたか」
「日光は苦手です。月光浴が好きです」


「好きな色は赤だといいなぁ」
「一番好きな色です」


「……なるほどぉ」


 うんうんと勝手に一人で頷き、カルラは納得したようにヒヒっと笑った。


「吸血王の娘か」


 ギクッと菫は身体を硬直させた。
 抑揚のない声と表情で、じっとカルラが菫を見る。底知れない冷たい視線に、文字通り菫の背筋が凍った。


「倭国王女。戦争で死んだと思われているが、遺体は見つからなかった」


「……えっ、何を言っているのですか? 倭国の王女って、亡くなったと聞いていますよ」


 ニコッと微笑みながら菫はカルラに向き合う。カルラはその笑顔すらもじっと見つめて来た。


「片エクボ」


 ギクッと硬直して、菫は笑顔を引っ込めた。


「吸血王も右の頬にエクボがある。そっくりだよ、あんた」


「へぇ、そうだったんですか。知りませんでした」


「……」


 カルラは首を傾げながら立ち上がり、紅茶を淹れてきた。


「とりあえず長くなりそうだし、飲めば?」


「ありがとうございます」


 きっと何か仕掛けられている。菫はそう感じたので、出された紅茶に一口も口を付けないでいようと決めた。


「しかし、惚れっぽいコウキはわかるけれど、あのリョウマが女中を気遣うなんて、驚いた。聞いた? 菫を頼む、だって。あの権力しか興味のない男が。ただの女中を。あんた、リョウマに何したの? 何かの薬でも仕込んだの?」


 対面で座りながらじっと菫を下からのぞき込んでくるカルラに、菫は警戒して首を振った。


「別に何も」


 カルラはじっと菫を観察していた。彼の視線はとても鋭く不躾で、居心地が悪かった。


「それか、リョウマはあんたの正体知っているか」


「……」


「……紅茶。飲めば」


 試すような、ゆったりした口調に、菫は敢えて笑顔を見せる。


「一人で飲むのは少し寂しい気がします。カルラ様も一緒に飲みませんか」


 極上の笑顔を見せて菫は出された紅茶をカルラへと押し戻す。


「……そう。じゃあ、一緒に飲もうか」


 カップを持ち紅茶をグイッと豪快に口に含むと、カルラは菫の隣に座り、菫の後頭部を強引に掴んで唇を押し付け、自分の舌で菫の唇をこじ開けながら口移しをしてきた。


「んっ!」


 驚いた菫は、カルラの口からゆっくりと大量に注がれてくる紅茶を、ゴクリと飲んでしまっていた。


☆続く☆
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