24 / 84
第2章★為政者の品格★
第7話☆リョウマ陥落☆
しおりを挟む
何なんだ、何なんだこの女は……
リョウマは楽しそうに笑顔と食料、金銭を惜しげもなく貧民街の魔人たちに振り撒く菫を呆気にとられて眺めた。
こんな破天荒な女は初めてだ。
いや、そもそも振る舞いはむしろ奥ゆかしく、所作も優雅で美しい。
見た目もまるでそれこそ女神かと思うほど美しく、甘い顔立ちに白皙の肌を持ち合わせた人好きのする女だった。
この大人しそうな見た目の女が、楽しそうにケラケラ笑いながら貧民に金品を施す様子は、リョウマの目を釘付けにするのに充分だった。
何も考えず慈悲の心で施しを与えているような、一過性の同情心が芽生えたバカかと思ったが、恐らく違う。
この女は何か考えがある。そして、オークション全てを落札できる金銭の持ち主なのだ。
リョウマは菫の行動が面白くてたまらなかった。
少し脅しを込めた態度をとっても、全く意に介さず、むしろやり込めてくる。色気という女の武器を振りかざしたと思ったら、むしろその目はどこか虚空を見るように醒めていた。
自分を大切にしないような態度は、何か違うものを守っているような、まるで生き急いでいるような捨て身の行動に思える。
生意気な女はむしろ好物だった。菫の見た目、態度、その行動すべてがリョウマの心を擽った。
そして思い返すのは妻、アコヤのこと。
彼女が与えてくれる平穏も悪くないが、菫を見ると心が跳ねて困る。まるで自分が少年に戻ったように思えた。
「そうだ。先程、コウキ様との会話で出たヒサメ様のことをお伺いしたいです。もしかして、ヒサメ様という方もこの町の貧民街出身なのですか?」
「出身ではないが、貧民街で育った女だ。コウキと仲良くしていたが、俺たちはむしろ嫌厭していた。貴族が貧乏人と付き合うことは、家柄や将来に関わるからだ」
「何故コウキ様はヒサメ様と仲良くしていらしたのでしょう」
「単純に気もあったんだろう。昔は、ヒサメの家も貴族だったんだ。だから元々東の富裕層出身だ。だが、事業に失敗して落ちぶれ、両親共々貧民街で暮らすことになった。コウキだけだろうな。ヒサメの家が落ちぶれても、変わらず接していたのは」
「立派ですね……」
菫が思わず呟くと、リョウマが怒ったように声を荒げた。
「何が立派だ? コウキがか? あいつは貴族という立場を穢しているだけだ。貧乏人と親しくし、貴族の品格を落としているだけに過ぎない」
「貴族の品格……とは、何ですか?」
「気高いことだ! お前にはわからんだろうがな。どうせお前の配ったその金もあぶく銭なのだろう? 家柄の良い俺たち貴族は、貧乏人と一緒にいるだけで色々噂される」
リョウマが菫に怒鳴る。数名の貴族がこちらを見てひそひそと上品に口元を隠した。
「そんなこと恐らく承知で、コウキ様はヒサメ様と接していたのでしょうね。リョウマ様の言う、貴族としては失格の烙印を押されても、為政者や人の上に立つ者として人の痛みに寄り添える、その品格は抜群じゃないですか」
「お前は……ああ言えばこう言う……」
「ヒサメ様は今どちらに?」
「……青騎士団長をやっている」
「えっ?」
菫は驚いてしまった。貧民から騎士団長に上り詰めたのだ。血のにじむ努力をしたに違いない。
以前の青騎士団長は天倭戦争で亡くなっていた。その後騎士団長になったのだろう。白騎士団長ワタルと同じタイミングで騎士団長になったのかもしれない。
格差社会のこの町で、貴族たちの権力者外の差別は凄まじいものがある。
この町で育ったリョウマやルージュが権力至上主義になるのも致しかたないことだろう。だがコウキはどうだ。彼は自分の物差しを持っている。権力を笠にかけず、貧民街のヒサメにも同じように接している。
それから女中の菫にもパーティーのエスコートをしてくれ、気さくに接してくれていた。
何かを考えている菫を、リョウマはじっと見つめた。
この女もコウキのことを褒めるのか。
大体の女はそうだった。コウキの気さくさ、気兼ねなく貧乏人でも話せる寛容さ、人懐っこさ。そこに惹かれるのだろう。
しかし貴族はそれではダメだ。気高さや気品がコウキにはない。アコヤもコウキが家に遊びにくると嬉しそうにしており、その日は一日中機嫌が良かった。
正義のヒーローを気取るコウキには、昔から癪に障る。
貴族の品格を持ち併せていないコウキは、騎士の風上にも置けない。
うちは貧乏だと笑いながら騎士団長の座を獲得したワタルもそうだ。自ら恥の人生を笑いながら話すなんて、騎士団長として失格ではないのか。
「リョウマ様、仮面って、持っています? 鬼とか狐とか、何でも良いんですが、顔を隠せる仮面を貸して頂きたいです」
リョウマは納得して頷いた。
「薔薇をモチーフにした仮面を貸してやろう。オークションに参加するには仮面は必需品だからな」
「嬉しい、リョウマ様」
菫は花のように咲きほこる笑顔を見せてリョウマの首に飛びついてきた。
コウキに言い寄られながらこの小悪魔ぶりに、リョウマは菫がどこかわざとやっているのではないか、と疑問を抱いたが、華奢な彼女の腰を抱きとめることに気を取られて、その疑問はすぐに忘却の彼方へ追いやった。
☆続く☆
リョウマは楽しそうに笑顔と食料、金銭を惜しげもなく貧民街の魔人たちに振り撒く菫を呆気にとられて眺めた。
こんな破天荒な女は初めてだ。
いや、そもそも振る舞いはむしろ奥ゆかしく、所作も優雅で美しい。
見た目もまるでそれこそ女神かと思うほど美しく、甘い顔立ちに白皙の肌を持ち合わせた人好きのする女だった。
この大人しそうな見た目の女が、楽しそうにケラケラ笑いながら貧民に金品を施す様子は、リョウマの目を釘付けにするのに充分だった。
何も考えず慈悲の心で施しを与えているような、一過性の同情心が芽生えたバカかと思ったが、恐らく違う。
この女は何か考えがある。そして、オークション全てを落札できる金銭の持ち主なのだ。
リョウマは菫の行動が面白くてたまらなかった。
少し脅しを込めた態度をとっても、全く意に介さず、むしろやり込めてくる。色気という女の武器を振りかざしたと思ったら、むしろその目はどこか虚空を見るように醒めていた。
自分を大切にしないような態度は、何か違うものを守っているような、まるで生き急いでいるような捨て身の行動に思える。
生意気な女はむしろ好物だった。菫の見た目、態度、その行動すべてがリョウマの心を擽った。
そして思い返すのは妻、アコヤのこと。
彼女が与えてくれる平穏も悪くないが、菫を見ると心が跳ねて困る。まるで自分が少年に戻ったように思えた。
「そうだ。先程、コウキ様との会話で出たヒサメ様のことをお伺いしたいです。もしかして、ヒサメ様という方もこの町の貧民街出身なのですか?」
「出身ではないが、貧民街で育った女だ。コウキと仲良くしていたが、俺たちはむしろ嫌厭していた。貴族が貧乏人と付き合うことは、家柄や将来に関わるからだ」
「何故コウキ様はヒサメ様と仲良くしていらしたのでしょう」
「単純に気もあったんだろう。昔は、ヒサメの家も貴族だったんだ。だから元々東の富裕層出身だ。だが、事業に失敗して落ちぶれ、両親共々貧民街で暮らすことになった。コウキだけだろうな。ヒサメの家が落ちぶれても、変わらず接していたのは」
「立派ですね……」
菫が思わず呟くと、リョウマが怒ったように声を荒げた。
「何が立派だ? コウキがか? あいつは貴族という立場を穢しているだけだ。貧乏人と親しくし、貴族の品格を落としているだけに過ぎない」
「貴族の品格……とは、何ですか?」
「気高いことだ! お前にはわからんだろうがな。どうせお前の配ったその金もあぶく銭なのだろう? 家柄の良い俺たち貴族は、貧乏人と一緒にいるだけで色々噂される」
リョウマが菫に怒鳴る。数名の貴族がこちらを見てひそひそと上品に口元を隠した。
「そんなこと恐らく承知で、コウキ様はヒサメ様と接していたのでしょうね。リョウマ様の言う、貴族としては失格の烙印を押されても、為政者や人の上に立つ者として人の痛みに寄り添える、その品格は抜群じゃないですか」
「お前は……ああ言えばこう言う……」
「ヒサメ様は今どちらに?」
「……青騎士団長をやっている」
「えっ?」
菫は驚いてしまった。貧民から騎士団長に上り詰めたのだ。血のにじむ努力をしたに違いない。
以前の青騎士団長は天倭戦争で亡くなっていた。その後騎士団長になったのだろう。白騎士団長ワタルと同じタイミングで騎士団長になったのかもしれない。
格差社会のこの町で、貴族たちの権力者外の差別は凄まじいものがある。
この町で育ったリョウマやルージュが権力至上主義になるのも致しかたないことだろう。だがコウキはどうだ。彼は自分の物差しを持っている。権力を笠にかけず、貧民街のヒサメにも同じように接している。
それから女中の菫にもパーティーのエスコートをしてくれ、気さくに接してくれていた。
何かを考えている菫を、リョウマはじっと見つめた。
この女もコウキのことを褒めるのか。
大体の女はそうだった。コウキの気さくさ、気兼ねなく貧乏人でも話せる寛容さ、人懐っこさ。そこに惹かれるのだろう。
しかし貴族はそれではダメだ。気高さや気品がコウキにはない。アコヤもコウキが家に遊びにくると嬉しそうにしており、その日は一日中機嫌が良かった。
正義のヒーローを気取るコウキには、昔から癪に障る。
貴族の品格を持ち併せていないコウキは、騎士の風上にも置けない。
うちは貧乏だと笑いながら騎士団長の座を獲得したワタルもそうだ。自ら恥の人生を笑いながら話すなんて、騎士団長として失格ではないのか。
「リョウマ様、仮面って、持っています? 鬼とか狐とか、何でも良いんですが、顔を隠せる仮面を貸して頂きたいです」
リョウマは納得して頷いた。
「薔薇をモチーフにした仮面を貸してやろう。オークションに参加するには仮面は必需品だからな」
「嬉しい、リョウマ様」
菫は花のように咲きほこる笑顔を見せてリョウマの首に飛びついてきた。
コウキに言い寄られながらこの小悪魔ぶりに、リョウマは菫がどこかわざとやっているのではないか、と疑問を抱いたが、華奢な彼女の腰を抱きとめることに気を取られて、その疑問はすぐに忘却の彼方へ追いやった。
☆続く☆
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
え!?私が公爵令嬢なんですか!!(旧聖なる日のノック)
meimei
恋愛
どうやら私は隠し子みたい??どこかの貴族の落し胤なのかしら?という疑問と小さな頃から前世の記憶があったピュリニーネは…それでも逞しく成長中だったが聖なる日にお母様が儚くなり……家の扉をノックしたのは……
異世界転生したピュリニーネは自身の人生が
聖なる日、クリスマスにまるっと激変したのだった…お母様こんなの聞いてないよ!!!!
☆これは、作者の妄想の世界であり、登場する人物、動物、食べ物は全てフィクションである。
誤字脱字はゆるく流して頂けるとありがたいです!登録、しおり、エール励みになります♡
クリスマスに描きたくなり☆
元OLの異世界逆ハーライフ
砂城
恋愛
私こと加納玲子は、会社帰りの道すがら大型トラックに轢かれ、32歳独身の短い生涯を閉じました。
しかし、なぜか素直にあの世にはいかず、地球とは違う世界・違う肉体へと転生してしまいました。
これって、何かのフラグ? けど、平凡なOLだった私には心当たりとか全くありませんし、『勇者』とか『救世主』とか言われても無理です。今のうちにお断りしておきます。
まぁ、当面その心配はなさそうなんだけど、最初に出会ったイケメン(犬系)と一緒に旅するうちに、あれやこれやで所謂『逆ハー』状態になってきて……。
新しい世界で自由に生きることにした、私の『大切』探しの旅に、よかったらお付き合いください。
2016年 アルファポリス様より書籍化のお話を頂き、該当部分をダイジェストに差し替えております。
またアルファポリスへ再投稿するにあたり、旧稿を見直し、内容を少し変更しての投稿となります。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
悪役令嬢に転生してストーリー無視で商才が開花しましたが、恋に奥手はなおりません。
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】乙女ゲームの悪役令嬢である公爵令嬢カロリーナ・シュタールに転生した主人公。
だけど、元はといえば都会が苦手な港町生まれの田舎娘。しかも、まったくの生まれたての赤ん坊に転生してしまったため、公爵令嬢としての記憶も経験もなく、アイデンティティは完全に日本の田舎娘。
高慢で横暴で他を圧倒する美貌で学園に君臨する悪役令嬢……に、育つ訳もなく当たり障りのない〈ふつうの令嬢〉として、乙女ゲームの舞台であった王立学園へと進学。
ゲームでカロリーナが強引に婚約者にしていた第2王子とも「ちょっといい感じ」程度で特に進展はなし。当然、断罪イベントもなく、都会が苦手なので亡き母の遺してくれた辺境の領地に移住する日を夢見て過ごし、無事卒業。
ところが母の愛したミカン畑が、安く買い叩かれて廃業の危機!? 途方にくれたけど、目のまえには海。それも、天然の良港! 一念発起して、港湾開発と海上交易へと乗り出してゆく!!
乙女ゲームの世界を舞台に、原作ストーリー無視で商才を開花させるけど、恋はちょっと苦手。
なのに、グイグイくる軽薄男爵との軽い会話なら逆にいける!
という不器用な主人公がおりなす、読み味軽快なサクセス&異世界恋愛ファンタジー!
*女性向けHOTランキング1位に掲載していただきました!(2024.9.1-2)たくさんの方にお読みいただき、ありがとうございます!
俺は人間である
でんでん
BL
俺は人間である。にゃ。
第2話から、R18指定作ろうかなと考えております。
猫好きなモテ男が、何故か猫になって親友に拾われちゃうお話です。
「どうせ拾われるならかわいこちゃんがよかった!!そしたらモフモフハーレム状態だった(はず)なのに!」
「......逆ハーレムだし、いんじゃね?」
「俺はあの女の子の○○とか、○○○○が...」
「それでは、はじまりはじまりー」
読む専門なのですが、面白そうだし猫(?)の小説を書きたかったので、投稿しました。
誤字等ありましたら、教えてください!感想もお待ちしています。
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる