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第6章★白騎士団長・竜使いワタル★

第6話☆華竜☆

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 花びらは会場内や廊下を舞い、無数の美しい雨のように降り注ぐ。


「何だ? 良く見えない」


「花びらよ! 綺麗、きゃー!」


 場内が混乱し始め、女性の悲鳴が聞こえた。


 花びらが宙を舞い、会場内を埋め尽くしそうな勢いだ。


「なんだ? 演出か?」


 幻想的な光景に、みんなが思わず見とれてぼうっとしてしまっていた。



 周囲は花に覆われ、廊下に出ていた騎士団長たちも戸惑ったように舞う花びらを見つめる。


 ふと、廊下の窓の隙間をすり抜けて、1枚の小さな人型の紙人形らしきものが飛び込んできたのをカルラは見た。


 カルラは眼鏡をずりあげると、菫の頭を動かさないようにそっと手を当てて、紙人形の行方を目で追う。


 紙人形は花びらに紛れて、騎士団長たちのいる元へヒラヒラと飛んでいき、ワタルの肩に静かに止まった。


「ふーん、なるほど。王も不在で鍵はなし、か」


 紙人形がワタルに何やら耳打ちをした。それを聞いたワタルがニヤリと笑う。
 

 ワタルのやたら甘い美声がカルラの耳に残った。


 カルラは立ち上がり、菫から離れてワタルの元へと歩こうとした。


「……おっとカルラ、そこで止まれ」


 ワタルがカルラに気付いて静止をする。


 ワタルの声に、天満納言と騎士団長たちも振り返り、ワタルに注目した。


 ワタルの肩にいる紙人形に気付いた天満納言が、紙人形を掴み、グシャリと握り潰した。


「ワタル! 何だこの紙人形は」


「あーあ。握り潰すんじゃねーよ。せっかく頑張って報告に来てくれた紙人形なんだから」


 ニヤニヤ笑いながら、ワタルは天満納言を見る。


「茨の塔、開かないそうだ。やはり鍵がないと入れないようだな」


「わ、ワタル……当たり前じゃない。鍵は天満納言様と国王様が持っているもの」


 ワタルの腕を掴み、すがるような目でヒサメがワタルを見上げて言った。


「おっと動くなよ、お前ら。聖女を殺されたくなかったらな」


 動こうとした天満納言に向かって、ワタルは言う。


 ワタルはヒサメを抱きかかえるようにして自分の腕に手繰り寄せた。


「ワタル! 貴様、どういうことだ! ルウ王子には、茨の塔の鍵は持たせていない」


 天満納言の声に、ワタルはニヤニヤと笑いながらヒサメを抱き寄せると、甘い声で叫ぶ。


「じゃあ、聖女には?」


「……なんだと?」


「ヒサメには茨の塔の鍵を持たせているんじゃないのか?」


 ワタルの声に隣りにいたヒサメが口を押さえて困惑したようにワタルを見つめた。


「お前らはここでのんびりパーティーの続きをしておけよ」


「ワタル、ヒサメを離せ」


「はは、ご冗談を。おれは茨の塔が開かなくて困っている王子様を救いに行く役目がありますので」


 カルラは一連の話を聞いて全てを察した。
 ワタルは菫ではなく、裕側に付いたのだ。


「ルウのやつ、倭国王子を竜神女王に会わせようともしないわけか。もてなしが下手だな、さすが放蕩王子。羨ましい育ち方してるぜ」


「ルウ王子は茨の塔の開け方すら知らない。あの方に国家の重大事項を任せるなど考えられない。ワタルも知っているだろう」


「ああ。だが国王、天満納言、ヒサメと、鍵を持つ者3人の誰かは天界国に駐屯させないとダメだろ。そんなことおれでもわかる。竜神女王に何かあったらどうするんだよ? それとも、駐屯させられない事情でもあるのか?」


 ワタルの言葉に、天満納言が一瞬グッと言葉を飲み込んだ気がした。しかし、ワタルを睨みつけて叫んだ。


「裏切ったのか、貴様」


 天満納言の声に、余裕の笑みを崩さず、甘い顔に甘い声でワタルが語る。


「裏切る? 異界不可侵条約を締結したにも関わらず、破った天界国を咎めた倭国側を、うるさく思った天界国が、ならば竜神女王の夢里眼の能力は違法だと、難癖つけて竜神女王を拉致監禁したんだろうが」


「ワタル、貴様は何者なんだ!」


 天満納言の冷や汗がカルラにもわかった。


 そういう理由で天界国は戦争をけしかけてきたのか、とカルラは初めて知った。


 騎士団長たちの武器は受付に預けてあるため、この場では丸腰だ。


 ワタルはそれも見越しているのか、ヒサメを左腕で抱きかかえながら、右手を軽く掲げた。


 ワタルの右腕から無数の花びらが出現して、右腕に渦を巻くように取り囲んだ。


 幻想的な美しい光景に、女性招待客がワタルを見てうっとりした表情をしている。


「いでよ、華竜」


 周囲がブワッと花だらけになった気がした。ワタルの手から桜色の美しい竜が飛び出して、花びらを撒き散らしながら騎士団長たちに襲いかかった。


「逃げろ!」


 会場内の誰かが叫ぶ。ゼンタが腰を落としたと思ったら、逃げるどころか会場内に向かって走り出した。
 稲田一族を拘束するのだろう。


 ワタルは逃げ惑う人々を見てニヤニヤと笑う。


「大丈夫。本来華竜の花びらは刃物のように切り裂くが、祝いの場でそんな野暮はしねーよ。ただの花びらだ。おれからの婚約祝いのプレゼントを。受け取れ、天界国」


「ワタル……? あなたは一体……?」


 ヒサメの言葉には答えず、前方に対峙する天満納言をじっと見てワタルは答えた。


「おれは倭国第2王子と呼ばれる立場の者だ」


 天満納言が驚いたように片方の目を見開く。


「そうか……倭国の第2王子……」


「天倭戦争で、天界国騎士団をほぼ壊滅状態にした倭国の戦力に感謝してるぜ。天界国騎士団に潜入するのは、容易かったからな」


 ワタルは天満納言に向かって甘い声で言う。


 天満納言は、怒りで手が震えているようだった。


 天倭戦争で、天界国騎士団も壊滅状態だった。立て直すにはまず人選なんかできなかった。
 希望者は余程のことがない限り、騎士団に合格させていたのだ。


 ワタルは怒りに震える天満納言を楽しそうに見る。


「倭国壊滅からの立て直しが迅速だったことが裏目に出たな。ざまあみろ」


「ワタルを捕らえろ!」


 天満納言が叫んだが、この場にいる騎士団長は、ワタルに拘束されているヒサメに、カルラとリョウマ、ドレス姿のミラーと、報告にきた青騎士しかいなかった。


 ゼンタは会場に走って行ったため、事情を知るカルラとリョウマは一瞬動くのを迷ってしまった。


 報告にきた青騎士が天満納言に向かって声を張り上げる。


「天満納言様! 新しい陰陽師当主と名乗る男は、狐のお面をつけています!」


「なんだと……」


 自分の片目を潰した男だと気付いたのだろう。天満納言は拳を握りしめた。


 ワタルはニヤリと笑うと、華竜の背中に飛び乗り、ヒサメを抱え直した。


「ヒサメはもらっていく。竜神女王……母が無事倭国に戻ったら、ヒサメも天界国に戻す。それまで倭国が丁重にお預かりしますよ、聖女様」


「ヒサメ! 抵抗しろ! 聖女の力を使え!」


 天満納言の声に、ヒサメは一瞬手を組んだ。だが魔力を無効化する能力を備えてはいたが、ヒサメ以上に膨大な魔力を使わなければ竜などは召喚できないため、ワタルに敵うはずもなかった。


「ヒサメを返すとき、和平交渉もしようぜ。じゃあな」


 ワタルはヒサメを抱きしめると、窓を割って、花びらを撒き散らしながら華竜に乗って空を飛んで行ってしまった。


 花びらが敷き詰められたカーペットに、気を失った菫が倒れており、体に花びらが覆いかぶさってとても美しかった。


「菫、菫」


 カルラが声をかけると、側に来たリョウマもしゃがみこんで菫を覗き込んだ。


「乱暴なことを……天満納言のやつ。菫、大丈夫なのか?」


「あ……ちょっと診てみる……」


 頭を触り、心臓に耳を当てる。脈を測ってみても規則正しかった。


「うん、大丈夫そう……ただ頭を打ってるから、動かさないで医者に見せた方が良いかも……」


 少しの間2人が菫の側にいると、さらに花びらが舞って視界が見えなくなるくらいになった。


 カルラは菫に覆いかぶさり、覆いかぶさったカルラを守るようにリョウマが盾となって立ちふさがる。


 花びらが舞い終わり、地面に敷き詰められた瞬間、天満納言が大きな声を出した。


「婚約パーティーは中止だ! 騎士団長、この場を片付けてから天界城に戻れ! 中止になった埋め合わせは我々天界国が補償をし、また追って連絡をする。ゼンタ! 狐仮面の正体がわかった。稲田一族の誰かではなかったようだ。解放してやれ! では解散!」


 カルラは倒れている菫の体を抱きしめると、割れた窓を見つめて、小さくなる華竜の行方を目で追った。


☆続く☆
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