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第4章★堕ちた王子★

第9話☆俺が先に見つけた☆

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 リョウマは急いで稲田一族別邸から出たがったので、カオスに事情を説明した後、4人は稲田一族別邸の門をくぐった。


「菫様、待って下さい」


 ふと、後ろからこちらに向かってシデンがゆっくりと歩いて来た。


 きりっとした眉を少しも動かさず、菫に向き合う。


 リョウマが警戒するように菫の前に出た。


「なんだ、次男」


「シデン様、どうしました?」


 シデンは菫の右手を掴んだ。菫は痛みを感じて、ビクッと手を引っ込める。


「え……怪我をしているのか?」


「あ……大丈夫ですよ」


 菫が笑顔を見せると、リョウマがシデンを睨みつけた。


「何をしに来た。引っ越しもいいがルージュのことも忘れるな。ルージュはお前の弟には渡さん。婚約パーティーはするが、結婚はさせんぞ」


「はい、すみません。うちの愚弟が」


「……フン」


「……菫様はこれからも天界国に潜入するのか?」


「はい、母を連れ帰るまで……というか、裕たちが天界国に挙兵する前に早く奪還したい考えです」


「気を付けて下さい。太一もまだ黒騎士団として潜入を続けると聞きました。それから、マユラ様のことで、少し話があります」


 シデンは声を落として静かに言った。


「マユラ様、どこか体が悪いのか、ずいぶん前から総合病院のエイチ先生に診てもらっているようです。夢見術で菫様を病院に運んだとき、親密そうに話していました」


「……そうなのですか」


「あの、菫様。エイチ先生はどういう医者ですか。何科なのか、なぜ総合病院と言いながら、前面に出てくることが多いのですか」


 シデンが思い詰めた表情になった。カルラが目を見開いてシデンを見下ろす。


 菫はカオスを後ろに隠しながら笑顔を見せた。


「元々は王族を診て下さっていた、城付きのお医者様です。戦争後隠れ里の総合病院にいてもらっていますが、脳外科手術の天才と呼ばれた外科の名医でもあります。城内医者になるにあたり、内科や婦人科なども勉強していったそうです。わたしも小さい頃からお世話になっているのですよ」


「……なるほど、そうでしたか。マユラ様も稲田一族本家の嫁として、城医者のときから担当医だったから、知り合いだったのか……」


 シデンの言葉に、カルラがニヤニヤ笑いながらシデンを見た。


「へ~……マユラがエイチ先生と親しいの、気になるんだ?」


「そんなんじゃない、黙れオタク眼鏡」


「ひっ……」


 カルラがリョウマの背中に隠れると、リョウマは仁王立ちしてシデンを見下ろした。


「お前、早く行け。菫の手をいつまで掴んでいる」


「……あ、すみませんでした。教えてくれてありがとうございます、菫様」


 シデンがお辞儀をして去ると、カルラがニヤニヤしながらシデンの後ろ姿を眺めた。


「へ~。シデンのやつ、マユラのこと気になるんだ。マユラっていくつだろ。結構年離れてそうだけどな。ちょっと、調べてみようかな~、ヒヒヒっ」


「お兄ちゃん! 下世話なことしないでよ、みっともない」


 カオスが怒ると、カルラは肩を竦めて「ヒ~ごめんなさい」と妹に謝っていた。




 それから、一見日常に戻ったように思えた。


 婚約パーティーまではそれぞれの生活をすることになった。


 菫は天界城に戻り、カルラは死の監獄へ、リョウマは鉱山へと戻って行った。


 カオスは天界国城下町に部屋を借りて、カルラの目の届く場所や、菫の近くで暮らすことになった。


 まずワタルに挙兵の件や稲田一族追放の件を伝えたかったのだが、肝心のワタルが白騎士団を揚げて魔物討伐の任務に出ているようで、なかなか帰還しなかった。


「菫、久しぶり! 俺の部屋の掃除、ありがとう! 実家はどうだった?」


 緑騎士団長、風のコウキが人懐っこい笑顔を見せて、彼の自室に入ってきた。


「コウキ様、お久しぶりです。おかげさまで実家の掃除ができました。ありがとうございます」


「少しの間美人を見ないと、周りの景観がどうも色付いて見えないや。眼福眼福」


 ニコニコしながらコウキは菫の顔を眺めていた。


「今日は俺の部屋の掃除当番?」


「はい」


「そんな菫に朗報だ」


 コウキは機嫌良さそうに菫の手を取った。


 そういえばコウキは手を掴むのは平気なのだな、と菫は不思議に思う。


「そろそろ俺の部屋で生活してもらうことになる。荷物をまとめておいてくれ」


「えっ」


「天満納言様が、決裁を押してくれた。近いうち面談と試験がある。面談と適性検査の結果で、俺の専属愛人になる」


「……わかりました」


「専属愛人になれば、女中の仕事をしなくて済むよ」


 それは困るな、と菫は思った。女中としてなら、城内うろうろしていても怪しまれなかった。


 もし専属愛人になれば、きっと目立ってしまうだろう。むやみに城内も歩けなくなってしまわないだろうか。



「それから、ルージュが婚約するんだってな」


「あ……はい、お聞きしました」


「リョウマが怒りそうなのに、あいつ、実家から勘当されたから反対すらできない立場なんだろ。ルージュのやつ、塞ぎ込んでないかな、ワタルのこと、ずっと好きだったからさ」


 立場があると、好きな人と結婚ができないのは当たり前だ。


 菫は結ばれない恋人を沢山見てきたので、またかと胸が痛む。


 ただ、自分のこととなると別だ。カルラやリョウマ、菫を大切に想ってくれる人にはとても申し訳なく思うが、倭国民のためならば、誰とでも、敵幹部とでも結婚する覚悟がある。


「白騎士様は、いつご帰還されるのでしょう?」


「もうすぐだと思うよ。さっき、ユキオロチを退治したって連絡があったらしいから。ルージュの婚約パーティーの返信はそれからになるだろ」


 ワタルも天界国に馴染んで大丈夫かな、と思ったが、ワタルは菫以上に合理的な現実主義者なので、あっさり倭国に戻り、天界国騎士団壊滅するくらいはできるだろうな、と考えた。


「……ルージュの婚約パーティー、リョウマと出席するって聞いたけど」


 ふと静かな声になり、コウキは菫を見た。菫はギクリとしてコウキを見返す。


「あ……はい、ご一緒させてもらう予定です」


「もしかして、邪神国で何かあった? 夜伽、した?」


「……」


 コウキはじっと菫を見ていたが、やがてため息をついて爽やかに笑った。


「悪い、詮索するみたいになったな。嫌なやつ、俺」


「……夜伽、していないですよ」


 菫の笑顔に、コウキも釣られたように笑った。


「ずいぶん気に入られたみたいだな、リョウマに。俺が先に菫を見つけたのにさ」


 拗ねたような口調に、菫は思わずコウキを見上げた。


 長身にひょろりとした体格は、優男を連想させたが、カルラもああ見えて筋力がついていたので、きっとコウキもそうなのだろう。


「まあ、いいや。菫、せめてルージュの婚約パーティー、俺が選んだドレスを着てくれないか?」


「……え?」


「俺、パーティー不参加だからさ」


 にこにこと屈託なく笑うコウキを見て、菫は思わず釣られて笑っていた。


☆続く☆
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