女王陛下、誤解です〜ヤリチン王子が一穴主義になったのはアタシのせいじゃありません！！〜

【27】優雅な生活 〜寂しい生活〜

「んあ”あ’ぁぁ～」

一つ伸びをして、ダニエルは締まりなく欠伸をもらした。


目の前のキャンバスには赤煉瓦の家々、ボロンゴの街並みが色鮮やかに描かれている。

「うん！油絵は初めてだけど、空が良くかけたわ。それもこれもサニーが買ってくれた絵の具のおかげね。やっぱり青は高い絵の具に限るなぁ」


自画自賛してみるも、豪華な品であふれた部屋に虚しく響くだけで、言葉を返してくれる人はいない。

一緒に絵を眺めてくれる人も、おしゃべりを楽しめる人もいない寂しい生活に、ダニエルはため息を零した。



サニー率いる親衛隊内偵調査班がボロンゴ侯爵邸に居を構えて、はや二週間。

彼の寝室はすっかり二人の部屋となり、ダニエルは日中の多くの時間をここで過ごしているが、暇を持て余していた。


サイドデスクにはサニーが用意してくれた画材道具や本雑誌が並び、小腹が空いた時用のお菓子が盛り付けられたケーキスタンドと紅茶ポットのワゴンも一時間に一度、メイドがやってきて交換してくれる。

窓際のカウチソファーには毎晩彼が買ってくるプレゼントの箱が積み上げられ、流行最先端のドレス口紅、西都一番の香師に作らせたという香水に高価なジュエリーが溢れていた。


これらは全て貧乏貴族令嬢のダニエルには身に余る贅沢品である。

それだけでなく、先日まで軍の仕事と休日の清掃バイトに明け暮れていたのに、今では待機ばかりの楽な業務ばかり。

にも関わらず給与は上がり、つまりダニエルはサニーのおかげで何不自由のない優雅な生活を送っていた。



「直ぐに行くから表で待機していたまえ」

隣室へと続く扉が開き、慌ただしくサニーとユージンがやってきた。


ドアの隙間から、ハンチング帽を目深く被った市井のどこにでも居そうな庶民の男の姿が。

おそらく変装して内偵してる親衛隊員なのだろう。


彼だけでなく、ある者は聖職者の姿で、またある者は顔に傷のあるマフィアに化け、ロンド教に潜入もしくは近しい者を内通者として育て、情報を集めているのだ。

親衛隊のメンバーが命を賭しながら職務を全うするのを目にする度、ダニエルも何かしたい、父を洗脳した憎きロンド教に一矢報いたいと、居ても立ってもいられない気持ちにさせられる。



ダニエルはクローゼットに直行した二人を追いかけた。

「サニー、でかけるの？」

「あぁ、ディディ」

サニーはユージンが差し出したジャケットに腕を通しているところだった。


寝室に併設されたこの部屋クローゼットには、陸海軍の軍服がずらーっと並び、圧巻の一言。

きっと帝国陸海軍大将ダウニー閣下ですら、こんなに様々な種類の軍服は持ってないだろう。


対面にはフォーマルな場用の燕尾服、貴族の坊ちゃん風スーツジャケットから変装用のオーバーオール髭カツラまで、衣装が整然と用意されていた。

いつ誰に呼び出されても対応できるようにとの、ユージンの完璧な配慮である。


「それならあたしも……」

「ごめん、ちょっと急用なんだ。護衛は要らないから」


「え、でも…」

軍服のジャケットを取りにこうとしたダニエルを制し、サニーは流れるような動作で頭を引き寄せ、ダニエルのこめかみにキスをする。

そして「ごめんね、埋め合わせはちゃんとするから」と、有無を言わさず背を向けられてしまった。