上 下
2 / 102

【02】バカンス ー欲しいオトコがいるー

しおりを挟む
 ザァー、ザザーと響く波音に、アゥ、アゥ!と甲高いかもめの鳴き声が混ざる。
 まだ朝早いのに、既に陽の光は強く、眩しいほどだ。

 ベッドから頭を持ち上げたダニエル・マッキニーは、出窓から広がるコバルトブルーの海をうっとり眺めた。
 マストに白い帆を張り、白波をたてて進む帆船はんせんは、青い海によく映える。

 ここからの眺めは本当に最高!
 まるで一枚のキャンバスのように美しい。


「ん、にゃぁぁぁぁ~」
 猫のように腰を突き出し、同時に頭を下げて肩甲骨を伸ばす。
 朝の日課のストレッチを終えると、毛布を伸ばして簡単にベットメイキングする。

 ダニエルはカーテンを全て開き、日光をこれでもかと室内へ取り入れた。
 寝乱れてサラシが外れかかり、豊満な胸がこぼれ落ちる。
 サラシからおっぱいを解放し、下も紐パンツ一枚という下着姿で、キッチンへ向かった。

 水桶から陶器の鍋に水を移し、火鉢の蓋を外して乗せる。
 瓶に詰めた珈琲豆をすり鉢に入れ、すりこぎでごりごりすり潰すと、珈琲の香りが鼻をつく。

 無心でやり続ければ、豆は粉となる。
 少しだけ粗めだけど、いいか。
 元々ダニエルは大雑把な性格なのだ。

 珈琲の粉をマグカップ上の布巾にそっとのせ、ゆっくり湯を注ぐ。
 たちまち部屋中に濃厚な香りが広がった。

 カップに珈琲を並々淹れ、オーシャンビューをいどむ窓際のソファーに腰を下ろす。
 珈琲を口に含めば、ほろ苦い、でも癖になる風味が漂い、頭をシャキッとさせてくれる。
 朝一番に海を眺めながら飲む一杯は至極で、生きる喜びを感じた。

 ーー隣にがいてくれたら

 もう何百回と繰り返した願いを、今日も繰り返す。
 ダニエルは物悲しさから自嘲気味に笑みをこぼした。

 胸は痛むけれど、この痛みが心地良い。
 あの人を忘れてない。
 その事実にダニエルは胸を撫で下ろした。


 それからはいつものようにベランダで肌を焼きながら、読書したり絵を描いたり。
 のんびり市場や船の様子を眺めたりして過ごす。

 女王陛下が治めるマッシリーニ大帝国。
 産業革命後、劇的な工業化が進み、圧倒的な経済力と軍事力で周辺国から恐れられている。

 その第二の首都と呼ばれるのが、南都シスペンナ。
 此処はそのシスペンナの更に外れにある、知る人ぞ知るバカンス地・アリャーリャ村。

 年中暖かく、湿度は低いので気候としては快適の一言。
 田舎すぎて工業化の波に取り残され、電気や下水道設備の普及は不十分だが、漁業と果樹栽培が盛んな村で、人々は陽気で大らかな人が多い。

 山へ向かって段々と白壁の家が並び、屋根や玄関のドアは各家庭によってカラフルに色付けされている。
 遠目からみるとオモチャ箱のようで、胸がトキメク。

 各家庭で屋根や扉の色が違うのは、漁に出る父や夫に自分の家がよく見えるように、という配慮から始まったらしい。
 こんなに可愛い家なら帰りたくもなるよなぁと、ダニエルは頬を緩ませた。


 ダニエルが借り上げた部屋は、そのアリャーリャ村の中腹に建つ、三階建ての民宿。
 一棟だけ周囲から抜きん出て高く、その最上階の部屋からは視界を遮る物なく海が眺められる。
 この部屋に決めた理由の一つが、それだった。

 ダニエルはスケッチブックと鉛筆をウッドチェア横の小さなコーヒーテーブルに置き、うつ伏せになった。
 もう一つの理由はこれだ。
 ベランダで下着姿になれる!

 バカンスの一番の目的が肌を焼くことなので、この条件だけは外せない。
 高台に建つ家からは丸見えだが、オペラグラスなんて高価な代物がなければノゾキは無理。

 例えオペラグラスを使ってもハッキリとは見えないはず。
 だから概ね良しとしてる。


 ガヤガヤと男の声がして、ダニエルはベランダの木の柵から下を覗き込んだ。
 女子供に混ざって、上半身裸の若い男達が石畳の階段を登っていく。

 皆んな腕には波模様のタトゥーが入り、こんがりと日焼けし、逞しい筋肉をしている。
 きっと地元の漁師だろう。

 その中の一人が、ふいに視線を上げた。
 茶色い髪に髭面ひげづら、髪と同じ茶色い瞳の色男。

「いい男ね」
 目が合うと、男は誘うようにウィンクしたが、ダニエルはツンとそっぽを向く。
 二十代くらい、若くて健康的で、楽しませてくれそうな男だった。

「でも欲しいオトコがいるんだよなぁ!……っし、そろそろ準備するか」
 ダニエルは大きな独り言を零し、ベランダから浴室へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆ 第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます! かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」 なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。 そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。 なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!  しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。 そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる! しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは? それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!  そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。 奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。 ※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」 ※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

処理中です...