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神と聖杯

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 二人は二年前の元町繁華街で逹也が巡回中に怪我をした、あの出来事を嫌でも思い出させられる事になる。
「もう二年にもなるのね」
 既に逹也への怒りが収まった優生は、静かに逹也に問いかけた。
「逹也はいつ記憶が戻ったの」
「化物に殺されそうになった瞬間かな・・・お前に記憶を消してもらって居たことはついさっき思い出した」
「・・・・・そう」
 あの繁華街の事件の後優生は自分が使徒である事を逹也に明かし、慧の力の乱発と他の使徒への発覚を恐れ逹也に相談した。結果慧と逹也から力の存在に付いての記憶の消去を、逹也自身が申し出たのだ。
 優生の得意分野ではない記憶操作の結果逹也には成功していたが、慧には殆ど意味を成さない結果となって居たのは今でこそ解る事だった。
「まさか慧ちゃん、全部覚えていたのかな?」
「どうなんだろ。慧ちゃんが実は俺達より年上でお前の兄貴だって事、俺は忘れていたんだけど今思えば慧ちゃんがお前を姉ちゃん扱いした事一度も無いよな?」
「そう言えば!そうよね~・・・そっかぁ慧ちゃんはずっと私を妹だと思っていてくれたのね」
「そうだな。異常に過保護だったもんな」
 不謹慎にも優生はとても嬉しそうな顔をして居た。
「それよりも今はこれからの事を考えておこう。元町の時は慧ちゃんが光の柱を出す直前に、お前が中に飛び込んで柱を拡散させたから何とかなったけど・・・」
「そうよね。天まで突き抜けた柱は、言わば慧ちゃんの結界とも言える絶対領域。今から外的影響を与えて隠す事も出来ないんだから、この柱を見て何が集まって来るかも想像出来ないわ」
「よりに寄ってこの暗闇の中じゃ、相当遠くからでも視認出来るぞ」
「あんたね~」
 あんたのせいでしょ!と言わんばかりに優生は逹也を軽く睨んだ後、溜息を一つ付いてから話を続けた。
「慧ちゃんは相手の傷を取り込んでからじゃないと治癒出来ない。自分の傷や怪我にしてからじゃないと治せないのは思い出してるわよね?」
「あぁ」
「二人の重症さから慧ちゃんは、自分の治癒速度を超える速さで取り込んでしまっているわ。間違い無く今のままでは慧ちゃんの命に関わる」
「じゃあどうすれば良いんだ?慧ちゃんを助ける方法が在るのか?」
 優生はとても躊躇いながら、一つの方法を逹也に告げた。
「あの時の様に慧ちゃんの時間を止めるわ。時間の流れを遅らせる、と言った方が正しいわね。治癒の妨げにならないように慧ちゃんの命を固定しながら回復するのを待つしか無いわ」
「でもお前・・・それじゃぁ~」
「そうよ!また私だけ歳とっちゃうじゃない」
 あの時とは神が降臨したとされる飛行機事故の事だ。
 慧も優生も二人の両親もあの旅客機に乗っていたのだ。墜落、爆発、炎上した際にも優生の手を離さなかった慧が、優生の傷を治し続けていたために優生は傷一つ無い状態だった。
 慧の持つその不思議な力を共に育った優生は知っていたが、自分が治して貰うのは初めての事だった。そして力尽きる慧を抱きかかえ何も出来ずに泣きじゃくる優生が、神の天啓を受け使徒として力に目覚めたのだ。
 デメテルとしての力に目覚めた優生は慧を助ける為に、時を操る力で生命あるものの時間を遡らせた。
 数多の女神の中でも最高位の存在であるデメテルは、豊穣の神と謳われ生きとし生ける物の神。それ故なのか?それとも禁忌なのか?命尽きた者が蘇る事は無かったが、旅客機に搭乗していた者達は怪我をする以前まで体を戻す事が出来た。
 だが最高位の女神の力をもってしても、何故か慧に直接影響をあたえる事は叶わなかったのだ。
 優生がとった最終手段は、慧を包む空間だけ時間の流れを遅らせる事だった。慧の使う不思議な力は時間の流れを変えても、影響が少なく徐々に治癒してゆく。その治癒スピード以外を遅らせる事により、命が尽きるのを防ぐ事が出来たのだ。
 その結果慧が完全回復する為に要した時間は4年、その間に妹だった優生は慧の実年齢を追い越してしまったのである。
 これ以上自分だけ歳を取りたくないと思うのは、妹で在りたいと思う優生の本音なのである。
「もう・・・こんな事二度と起こさせないって、私頑張ったのに・・・」
「・・・・・・」
 逹也の胸を泣きながら軽く叩く優生に、言葉を掛けられない逹也だった。

 優生がこの場に駆けつけてからまだほんの数分しか経って居なかったが、辺りは更に静けさを増し闇も深くなっていた。
「そう言えば言い忘れていた事があるの」
 唐突に優生は逹也に話しかけた。
「今日の昼間なんだけど、慧ちゃんとカズくんが使徒の女の子を拾って来たの」
 正確には優生が連れて帰る事を進言したのだが、使徒と聞いて逹也はビックリした。
「しかもアメリカから羽根を広げて飛んで来ちゃったって聞いて、本当にびっくりしたわ」
「飛んで?」
 更に逹也は驚いた。
「この辺り横浜を中心にラジオから私の歌を流していたの。使徒にしか解らない様にメッセージを込めてね。目覚めなさいそしてこの場に集いなさいって」
 この一言が逹也を一番驚かせた。何故ならあの女神の歌に心酔した逹也は、仲間に呼びかけ「どんな手を使ってもあの歌を手に入れろ!」なんて事を命令した事があったのを思い出したからだ。
 まさか幼なじみの優生が張本人だとは知らずに、その当時はまだ同じチームだった為に優生や慧も居る溜まり場の一室で、あの歌声の素晴らしさを熱弁したことさえあったからだ。思い出すと恥ずかしいったりゃありゃしない。
「あのラジオ放送がアメリカ全土で放送されたのを聞いて、使徒の記憶が蘇った女の子だったのよ」
 逹也は赤面して少しうわの空だった。
「聞いてる逹也?」
「あ、あぁ~聞いてる聞いてる」
「イリスって言うの。今度あらためて紹介するわね」
 と此処まで話した所で、イリスに何も告げずに飛び出して来た事を思い出す優生。
 
 大丈夫かしら?きっと驚いちゃってるわよね。
 
 優生はまさかイリスが叔父に頼まれて、ここに向かって居るとは想像して居なかった。
「所で逹也は使徒なのよね?自分が何番目の世界の使徒か思い出せた?」
 何番目と言うのは現在に至るまでに神が創造し破滅を迎え,また創造しと繰り返されて来た世界の事を言う。今現在は第13世界である。
 第一から第七世界まで神が創造した使徒は、人類が言う所の神や天使といった分類とでも言えば良いだろうか。優生は原初とされる第1世界から第7世界までの全てで存在していた。
 第八から第十一世界では悪魔と呼ばれた使徒、妖怪と言われた使徒、魔法を得意とする魔族と言われた使徒が入り乱れて居た。第十二世界では使徒としての力は最も弱い、精霊と妖精だけが存在する世界だった。
 現在が十三回目の世界と聞けば、何でそんなに何回も創り治すのだろう?と疑問に思われるかも知れないが、全ての世界で共通して存在していた人類が原因で、世界は破滅へと導かれてしまっていたのだ。
 人類とは神にも理解し難い程に自己中心的で欲深く、終いには使徒の力さえも手に入れようとして怒りを買い、幾度と無く神の裁きを受けて来たのだ。
 代表的な破滅のきっかけをなぞらえて、第1から第7世界で人類が犯した罪を忘れてはならぬと、神は人類の記憶の片隅に刻み込んだのだ「七つの大罪」と。
 第八世界以降で神は、愚かな人類に対しての敵に成り得る使徒を創り、世界のバランスを保とうとしたが幾度と無く失敗に終わる。
 人類が知る地球の歴史など、神からすればほんの一瞬の出来事なのかも知れない。

「八番目のはずなんだけど・・・」
「だけど?」
「第七世界の記憶が少しある気がするんだ。まだ朧気ではっきりしない記憶なんだけど、七番目はオリンポス山で世界を見下ろして居た様な・・・」
 優生は少し疑問に思った。同一世界に存在していたならば、逹也の瞳も金色じゃないのだろうか?そもそも神と崇められる存在を創らなかったはずの第八世界に、第七世界の者があらためて創られたなんておかしすぎる。
「記憶が混濁していて、そんな気がしてるだけじゃないの?」
「う~ん、何かそんな感じじゃ無いんだよな~」
 しきりに頭を傾げる逹也、優生も「う~ん」と唸りながら腕を組んで考えてみる。
「でも逹也も慧ちゃんの声を聞いたんでしょ?あの元町の時に」
「あぁー聞いたよ。直接触られながらだからはっきりと聞こえたよ」
「それなら心配ないはず。逹也が第8世界の使徒でも、天啓が同じなら志は同じになるはずだもの」
 光の柱に干渉出来ない二人は、現状の理解と自分達のこれからを再確認している様だった。
 だがそんな時間は直ぐに失われる事となった。
 接近して来る明らかに人では無い気配を、二人は同時に察知し光の柱を中心に背を向け身構えた。
「来るわ!」
「さてさて、どちらの世代かねぇ~」

「ほぉ~~珍しい組み合わせが居るもんだ」
 静まり返る公園の端にある林の奥、闇に包まれた林の更に奥の方から声が聞こえた。
「出てきなさい。出て来ないなら林ごと消滅させるわよ!」
 優生は落ち着いていた。慧も達也も知らない所で優生は独りで戦っていた、今までだってこんな事は沢山あった。慧を守る為なら優生は非情にだってなれる、慧と誰かどちらか一人しか助けられない様な時が来ても迷うこと無く慧を選べる。
 八年の歳月が揺るぎない心の強さを作り上げていたのだ。
「まぁ待て待て。慌てることは無いだろ」
 そう言って林の奥から出てきたのは、悪魔特有の真っ赤な瞳をした使徒だった。
「俺の名はアスラ。九番目の世界では人類に神とも悪魔とも言われたな。宜しく頼むよ」
 少し薄ら笑いを浮かべながらそう告げたアスラを、優生は嫌悪感一杯で睨み付けた。
「何しに来たのかしら?招待状は出していないはずだけど!」
「おいおい、そんな喧嘩腰になるなよ。同じ使徒じゃないか~仲良くしようって言ってるんだよ俺は」
「質問に答えなさい!何しに来たの!」
「その質問はあちらさんにも聞いた方が良いんじゃないか?」
 優生はハッとして逹也の方を見た。逹也の前には明らかに人型では無い、異形の顔をした者が立っていた。
「お前はさっきの異形の者の仲間だな!」
 逹也は既に殺気だっている。それもそうだろう仲間を殺した異形の者と、明らかに同世代と思われる異形がそこに居るのだから。
「我はゲルマン第十一世代ファフナー、器を貰い受けに来た。所でケルベロスを殺したのはお前か?」
 そう言って逹也を睨んだ顔はドラゴンその物だった。
「器ですって?それが今関係あるの?」
 優生はアスラに視線を戻していたが、逹也とファフナーの話に割り込んだ。
「こ~れはまたしらばっくれて。」
 アスラも話に参加した。
「そこの光に包まれているじゃないか!我らが神の器が!」
 優生は慧の事を言っているのは直ぐに理解したが、神の器の意味が良く解らなかった。何故なら第7世界までには、神の器と呼ばれる物など存在しなかったからだ。
「人違いじゃ無いかしら。この子は違うわよ!」
「ハハハハ・・・知らないんだなお前らの世代は?のんきなもんだ全く」
 アスラは高笑いをした後、まるで馬鹿にするかの如くジェスチャーを大げさにして見せた。
「知らないなら邪魔はするな。お前らはそこで指を咥えて見ていろ」
 そう言って近づいて来たアスラを、優生は素通りさせるつもりなど元からなかった。
 先程逹也に怒りを向けた際に見せた赤いオーラを纏、アスラにとってはスローモーションに見える程ゆっくりと動いたにも関わらず、優生のケリが綺麗に腹部に刺さる。逹也が飛ばされた時と同じく、アスラは一直線に林の木々をなぎ倒しながら遥か先まで飛ばされた。
 赤いオーラを纏ながらの攻撃をもし受けていたら!と、その光景を見た逹也はゾッとした。
 アスラは林を突き抜け、本牧山頂公園の丘から空中に投げ出されていた。
「おいおい冗談じゃないぜ、まともにやったら簡単に殺されちまう」
 アスラが冷や汗を流しながら空中で止まった刹那!既に背後に移動していた優生のかかと落としが脳天に突き刺さり、アスラは地面に激突した。優生が攻撃に移ってから僅か三秒程の出来事だ。
「いってーなおい。マジ勘弁して欲しいもんだ」
 地面に大きな竪穴を開けたアスラが穴から出て来た。
「お前らは気が付いて無いみたいだが、その力が何よりの証拠だ!神の器、つまり聖杯によって真の覚醒を終えているんだよ」
「聖杯!」
 聖杯と聞いて優生はやっと気が付く事が出来た。
「慧ちゃんが聖杯だとでも言うの?」
「あぁそうだ」
「馬鹿言わないで!聖杯は第七世界までにしか存在していないはずよ。あなた達の世界に聖杯は無かったはず!違う?」
「違うね。お前らは平和ボケし過ぎだ!第七世界が終末を迎えた際に神がどうなったか知らないのか?それともとぼけてやがるのか?」
「・・・・・・知らないわ」
 優生は一瞬だけ考えたが、神の最後は見ていない。
 そう言えば知らない!
「神は世界の終わりを見届ける前に殺されたのさ!裏切り者のベリアルにな!神殺しの大罪を犯したベリアルは堕天使となり、第八世界の悪魔王ルシフェルとなったのさ。人類にはサタンと恐れられたもんだ」
「だから何?苦し紛れの言い訳にしか聞こえないわ。消滅しなさい!」
 優生の体が更に眩しい光を放ち、大きく広げた翼から光の羽根がアスラ目掛けて放たれた。
 アスラは逃げるのが精一杯といった感じで、何とか回避出来たが次は無理だなと悟った。
「待て待て待てー!まだ続きがある!殺された神の行く末だ!知りたく無いのかお前は?」
「良いわ。続けなさい」
 ふ~と、一息付いてからアスラは喋り出した。
「自らが創造した使徒に、裏切られ殺された神は御神体を消滅させられたのだ。世界の終末を迎えた神は、次世界を既に創り始めて居たおかげで神が消滅した後も世界は存続したが、神自身はそこに存在出来なくなった。唯一の方法が転生だったのさ。」
 アスラの話の真偽は出来ないが、取り敢えず最後まで聞く事にした優生の赤いオーラは金色にまで落ち着いていた。
「人類が生まれ進化を続け知性と文明を発達させた頃を見計らい、神は人類の肉体に転生し人の行いの善し悪しを判断することにしたのさ。転生した時代に神が疑問も不満も無ければ、人の肉体の寿命を迎え次の転生を待つ。そのインターバルはおよそ二百年~四百年に一回、その都度神の器となるものは姿形が違う為、我ら使徒にも見分けは付かない。人類の行いが戦争と破滅に向かい始めた頃に神の転生が重なると、肉体を持つ神自身にも苦痛や苦難、悲しみといった人類特有の愚かさを痛感する事になる、するとどうなると思う?」
「知らないわよ」
「神は使徒と会話する為にその身に守護神を宿らせ、我ら使徒に命じるのさ!この世界を滅ぼせってね」
「そうして今の第13世界まで来たと?」
「そうさ!そして現世界の神の器、即ち聖杯があの小僧なのさ。あいつを手に入れた世代の使徒の思うまま、現世界を変える事が出来る。生かすも殺すもってね。」
 納得はしていない。納得はしていないが、優生の存在しなかった世界の理としては筋が通っている気がした。
「でも残念ね。慧ちゃんが聖杯だとしても今現在私の最も大切な人を、渡す気なんてこれっぽっちも無いの」
 冷たく冷ややかな口調でそう告げた刹那、優生の翼はアスラに降り注いだ。

 逹也は目の前のファフナーから目を逸らす事が出来ないでいた、何故なら目の前の異形は柱の中の慧だけを凝視しているからだ。
 これと決めた獲物だけに集中する獣は、人には想像できないほど俊敏な動きを見せる事がある。しかも目の前のこれは使徒の力を有しているのだから、視線を一瞬外しただけで二度と捉えられなくなる気がしていた。
 この闇は人間より明らかに獣のホームグラウンドだ!
「おいっ!諦めて帰るんだな。お前に慧ちゃんは渡さない、絶対にだ!」
「・・・・・・」
 ファフナーは返事を返そうとしない、聞こえて無いのではなかろうか?そんな疑問を浮かべてしまう程に、反応が無いのだ。
「おいっ!お前ドラゴン族だな?お前は聖杯なんて物を信じているのか?」
「・・・当たり前だ」
 やっと反応があったので逹也は少しホッとした。
「貴様は聖杯いらないのか?」
「慧ちゃんを物みたいに言うな!」
「おかしな事を言う・・・我らは同世代、貴様に聖杯の利用価値を教わったと思うのだが・・・」
 俺にっ?と口に出そうなのを止め、冷静なフリをして返事を返した。
「馬鹿な事を言うな!記憶が蘇っているのに、そんなフザケタ事をした記憶は無いぞ!」
「ハハハハハハハ」
 ドラゴンの口に似つかわしくない高らかな声で、ファフナーは大笑いをした。
「ならば結構、聖杯は我らが貰い受ける事にする」
 そう言った直後ファフナーの視線は逹也に向けられる。
 どうやら今までは同世代だから、詰まるところ仲間になるものだと思っていた様だ。
 ファフナーは逹也を排除対象に決めた途端、大地を力強く蹴り逹也の間合いに一瞬で入った。
「うおっ」
 逹也は顔面に鋭く突き刺さりそうなパンチを躱したが、ファフニールが左手から放った衝撃波を全身で受け、時計塔に激突する。
「この野郎~殺す!ぶっ殺す!」
 逹也の瞳が青く深みを帯びそれに比例してオーラも蒼く冷たく舞い上がった。
 興奮すればする程、血が沸騰すればする程に心は冷たくなる感覚で、逹也は冷静?いや冷徹な精神に支配されて行くのを自分でも感じる事が出来た。
 
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