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クンカクンカ す~はぁ~す~はぁ~

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 叔父の家を出て送りの車に乗り込み帰路に着いた優生。チームの溜まり場より少し離れた所で降りるのがいつもの事、その日その時間なら慧はドッグヤードに行っているはずだからと桜木町で降ろしてもらった。
「慧ちゃん達釣れてるかな~」
 先程まで叔父と話していた大人びた優生を知る者が居たら、別人としか思えない年相応?いや遥かに子供にしか見えない少女が、少し鼻歌交じりに上機嫌に小走りしながらランドマークの脇道に入った。
 そこで目撃してしまったのだ、慧が道端で少女を抱き起す瞬間を!寄りによって金髪美少女というおまけ付きで目に飛び込んで来たもんだから耐えられない。
 距離にしたらまだ一〇〇メートルはあったが、世界記録を軽く更新するスピードで和人の後ろに忍び寄った。とても人間業に見えなかった。

「なぁ~に~し~て~る~~」
「なぁ~に~し~て~る~~(怒)」
 奇しくも和人とハモる優生。
「何って気を失ってるだろこの子」
「だ~か~ら~?」
「だ~か~ら~(怒)」
 何かを感じ取ったのか慧がおもむろに振り返り優生と目が合う。
「気を失った美少女に如何わしい事をするのか慧!」
 えっ!
「いや、まて、和人!」
「ま~~たお前は独り占めか?また一人で頂くつもりだな。そうはさせんぞ慧!」
 また?頂く??優生の頭の中は想像と妄想で破裂寸前まで沸騰した。
 怒りのままに制裁を加える優生、とばっちりの和人は放って置いて少し落ち着いた所で慧に尋ねた。
「誰?外国の方?」
「いや~出会い頭にぶつかっちゃったもんだから、何も解らないよ」
「何だ!美少女を見つけて捕獲しようとしたわけじゃ無いのね?」
「あっ、当たり前だろ」
「でもいつもは独り占めして食べちゃうんでしょ?」
「なっ!」
「私が居なかったら良かったのにね~~?」
 表情は冷静に見えるのに、言葉は全て刺々しい言い回しで慧に突き刺さる。
「カズ君!」
「はいっ!」
 優生の言葉で意識を取り戻す和人。
「その子運んで介抱してあげましょう。カ・ズ・君・がっ!運んでくれる?」
「い、い、良いんですか?」
 見たことない程にニヤけた和人の顔を見て優生は。
「やっぱ駄目。触らないでくれる?気持ち悪い」
「ねぇ~さ~~~~んそりゃないよ~(泣)」
 優生は仕方なく慧にそのまま抱きかかえ、ベンチまで運ぶ事を許可した。
 勿論その際髪はメデューサになっていたのは言うまでもない。

 濡らしてきたタオルを額に載せ介抱する優生。
「今は外国の人は本当に珍しいよね。何処から来たんだろこの子?」
「一人ってのも尚更珍しいよ」
「綺麗だなぁ~」
「どうする、もし外国人が正規の入国出来たんなら、相当な地位にあるって事だろ?」
「そうだったら今にもお迎えが拳銃でも構えながら来るわよ、まだ子供みたいだしね」
「髪、髪、金髪サラサラ~~」
「目を覚ましたら早々にお引き取り願おう」
「そうね、安全な所まで送ってもいいけど」
「くんかくんか、す~はーす~はー・・・・・・ウゴっぐえぇ」
 会話にならない和人は、優生の手によって言葉にならない遺言を残して天に召された。
 その断末魔を聞いたからか?金髪の少女がうっすらと目を開けた。
「あら目が覚めた?大丈夫どこかまだ痛い?」
 空を見上げながら目を覚ました少女の視界に、優生の優しい笑顔が飛び込んで来て少しビックリした様だ。
 もし和人のニヤけたクンカ顔だったら間違いなく悲鳴があがった事だろう。
「だ、誰?」
「心配しなくても平気よ私は優生、こっちは慧ちゃん、アレはゴミ」
 アレとは勿論地面に情けない格好でひれ伏し、絶命している和人の事である。
 少女は怯えた表情で優生と慧を交互に見る、その瞳はとても深く済んだブルーでフランス人形の様だった。
「ひ、人を探しています」
「人探しか?誰を?」
「お姉様です」
「お姉さんがこの街に居るの?」
 おどおどとして心細そうに縮こまる少女を見て優生は、保護欲がそそられていた。
「いえ、その、声が・・・お姉様の声が聞こえたんです。」
「声が・・?」
 優生も慧も少しキョトンとしてしまった。
「デメテル姉様の歌声が、この街でのみラジオから流れてくるんです」
「・・・・・・・・・」
「あなた・・・お名前は?」
 少女は少しだけ考えてから優生の目を真っ直ぐに見つめ答えた。
「私は・・・ティターンが娘イリス」

 少女の話が本当ならば使徒と言う事になる、その衝撃的な事実に今気が付いているのは優生一人だけだった。

 驚きを隠せない優生とは真逆に、慧は外国人と言うだけで興味深々と言った所だ。
「イリスさんはどちらの国の人なの?て言うか日本語上手いね」
「アメリカです。今現在世界の中心は神が存在する神国ですから、私もですが八年前から日本語の教育が各国とも盛んなんですよ」
「知らなかった神国の義務教育ではそんな事教えてくれなかったから、神国が中心なんだ?へぇ~」
 慧は元々人見知りなどしない性質だがこうも初対面の人間と、しかも外国の女の子と親しげに喋れるのを目の当たりにすると、優生の心は穏やかでは居られない。
 いや、でもしかし今はこの子が使徒という事が事実なのかどうか確かめるのが先決だ。そう心に言い聞かせ優生も質問してみた。
「イリスさんはどうやって神国に入れたの?ご家族がアメリカの大使さんだとか?」
「いえ。飛んで来ました」
「飛行機で?そう言う事じゃなくて鎖国同然の今の神国に入国するのは、アメリカの大使とか国の官僚クラスと一緒じゃないと家族だってそうそう入国出来ないはずだけど?」
「いえですからこうして飛んで来ました」
 イリスがそう言った瞬間、背中から生えたのは紛れもなく翼だった。純白で翼自体が柔らかな光を発しているかのように輝いて見えた。
 口をあんぐりと開け翼に見入る慧、優生も一瞬唖然としたが直ぐにイリスの翼を体で隠す様にしながら今すぐ翼を隠しなさい!と言った。
「駄目よ翼をこんな外で不用意に出したりしたら」
「そうなんですか?ごめんなさい」
 少ししょんぼりしてしまったイリス。
 それを横目で見ていた慧はそんな事より翼が!と、優生に突っ込みたかったのを抑え、核心を突く質問を投げかけた。
「イリスさんはその・・神様なの?」
「いえ違います、私は神に仕える使徒です。使徒として目覚めたのは二年前ですが記憶の再生が上手く行かず、翼を出せる様になったのもつい最近なんです」
「記憶の再生?」
 まず神と使徒の違いが良く解らなかったが知ってて当然って位の勢いで「使徒です」と言い切られたので別の疑問に付いて質問した。
「神が現世に発現すると我々使徒は役目を与えられます。その際過去の世界での記憶と共に現世で何を成せばよいのかも使命として理解出来るはずなんですが・・・」
「・・・ですが?」
「神の発現がどうやら不完全らしく二年経ってもまだ使命があやふやで、戻りつつある記憶の中にデメテル姉様が居たのでアドバイスを頂きたくて神国に捜しに来ました」
 慧は想像を超えるスケールの話に戸惑いながらも、何とか理解しようと頭の中で整理していた。
「そのデメテルさんが、ラジオから流れてくる歌を歌っているのは間違い無いの?」
「はい。先日アメリカで極秘に入手したと言われるこの街で流れた歌がニュースで放送されたんです。私聞いた瞬間脳裏に記憶が甦りました。間違いないです」
 優生は頭を抱えた。アメリカで流れたと言う事は最早、世界中に歌が流れたと見て良いだろう。
 その事実はイリスの様に女神の歌声で記憶や使命に目覚めた使徒が、神国に押し寄せて来る可能性が高まった事を意味するのである。
「まさか歌が海外流出だなんて、考えが浅はかだったのかしら」
 そう呟いた優生の声は慧にもイリスにも聞こえなかった。
「そうかぁやっぱりあの歌声は女神様だったんだ。確かに心奪われそうな程に澄んでて聞き入っちゃうんだよね」
「あの歌にはメッセージが込められています。神の御子らよ目覚めなさい、我らが神を守るのです!と。」
「へぇ~人間には解らないんだね?流石は女神様」
 
 何気ない慧とイリスの会話だが優生だけは真っ赤な顔をして、嬉し恥ずかしそうに俯いて身をよじらせていた。慧達には内緒にしているがラジオの女神様は優生なのである。本人が目の前に居るとも知らずに慧とイリスはその後も女神を褒めちぎっているもんだから、何だかこそばゆいやら嬉しいやらで赤面してしまったのであった。
「兎に角イリスさん!今の神国の情勢で使徒であると言う事がばれると、とても大変な事になるの!解る?」
 赤面を隠す様にまた自分を我に返す為に、優生は少々きつめにイリスに言った。つもりだった。
「優生顔赤いぞ!どうした?調子悪いのか?」
「お姉ちゃんでしょ!何でもないわよ」
 慧にいじられてますます赤面する優生。そんな二人を見て微笑むイリス、傍らには未だに地面で気絶している和人。遠目に見たらカップル同士が揉めて居るようにしか見えない光景だが、全く別の視点でその光景を睨む者が居た。
 
 元横浜グランドインターコンチネンタルその半月状の形をしたホテルは、ランドマークと共にみなとみらいのシンボルマーク的建造物の一つに数えられる。その元ホテルの最上部に立つ人影が、ドッグヤードの傍らでじゃれあう者達をずっと見ていた。
 
 ひとまず慧と優生はイリスを自分たちで匿う事にし和人を起こすと、使徒である事は隠し当たり障りない様にイリスは外交官の娘で、行方不明の姉を捜すため家出中と説明しながら帰路に着いた。
 その時コンチネンタル最上部の人影は、既に居なくなっていた。
 
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