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第2章 冒険者クラン『真夜中の頂』始動

第35話 国営剣術大会・予選一回戦

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 波乱の幕開けとなった遺物レリック争奪戦セクションA1日目の翌日、ゼクスは同時出場の国営剣術大会の会場へ移動していた。

 国営剣術大会のためだけに作られた円型の闘技場で予選は行われる。
 ゼクスの一回戦は昼過ぎだ。まだ10時頃であるため余裕はある。

 そのため、ゼクスは闘技場周りを散策することにした。
 と言っても、工業区画なんかと違って専門的な店は多くない。

 目線を常に動かしながら歩いていると、ふと立ち止まった。

「従魔専門店か……」

 ダンジョンを徘徊する魔物と違い、従魔となるのは魔獣だ。特殊な契約により、従わせることができる。
 冒険者の間で、従魔を得ている者は多くない。その理由は色々あるが、主なものとしては――

 ――従魔の食事代や管理費用が意外と高いから。
 さらに、自らに懐かせる過程が難しいというものがある。

 ゼクスは少し従魔に憧れがあったため、入店しようとした時だった。
 彼の肩にトン、と止まる真っ黒いカラスがいた。ゼクスはこれを知っている。

「……エレアノールのカラスだ」

 ゼクスが従魔に憧れを抱いたのも、これが理由だ。
 エレアノールは数匹のカラスを従魔としており、主に連絡用として使用している。

 ゼクスはカラスの口に咥えられているメモ用紙を引っ張り取ると、すぐさま目を落とす。
 カラスは用事が終わると、パタパタと飛び立っていった。

 メモ用紙の内容はと言うと――

(――美味しい甘味を買ってきてください、だとぉ……。あいつ、遂に俺をパシリに使いやがった。……ハァ、でさらにエマからは何だ――? 起爆用の魔導具を買ってこい、と……これは争奪戦で使うためか。こっちなら全然買うんだけどな……けど、買ってこなかったらエレアノールがキレるかもしれん……。買っていくか)

 ゼクスは従魔専門店に入るのをやめ、頼まれたおつかいを果たすことにした。


 ◇◇◇


 ――時は過ぎ、午後14時頃。現在、ゼクスの一回戦の前試合が行われる。
 ゼクスは選手用の入場門の内で、待機していた。ちょうど、始まるところだ。

『――それでは、続いての予選第一回戦は……右方向、ブライアン選手!! そしてぇ~~左方向、ナナシ選手ですっ!! なんと、ナナシ選手は去年一昨年と2年連続で本戦へ出場している猛者!! 今回はどのような戦いぶりを見せてくれるのか、非常に楽しみであります!!』

 実況の人の声が高らかと響き、両選手はすでに円状のフィールドへ姿を見せている。
 ブライアンは通常の剣、対するナナシは刀だ。それも鍔のないシンプルなもの。

 ゼクスは同じ刀使いとして、ナナシがどのような戦いを見せるのか気になっていた。
 そして、戦いのゴングが鳴る。

『それでは、スタートです!!』

 剣を構えたブライアンが、フェイントを交えながら中々の速さで接近する。
 ナナシは刀を抜かず、腰に携え帯刀した状態だ。柄に手をかけてはいるが、抜く気配はない。

 やがてブライアンが間合いに入り、最小の動作で剣を振るう。鋭く研ぎ澄まされた一閃なのだが……

 ナナシは薄っすらと目を開き、刀の柄を強く握りしめ――

 ――神速で抜刀。鞘の中で加速した刃の方が速くブライアンの胴へめり込む。
 あまりにも抜刀が速すぎて、ブライアンは少し遅れて反応する。

 自分の胴に、刀がめり込んでいる。斬られてはいない。逆刃で叩きつけるように、抜刀したのだ。

「……ッ、――」

 ブライアンは短く息を吐いた後、白目を剥きその場に倒れた。

 一瞬の出来事だった。

 ナナシは特に喜ぶ様子を見せず、慣れた動作で刀を鞘にしまうと、足早にフィールドを去った。
 場内は沈黙に包まれているが、ナナシが姿が見えなくなると大きな歓声に変わった。

「「「おおおおおおおおッ!!」」」

『……な、なんという一撃でしょう。まさに神速の一閃、これが本戦出場者の実力でしょうか!?』

 実況者が言葉を終えると、ブライアンは運営に担がれながら裏れ消えた。
 その一連の流れをゼクスは呆然と見つめていた。次が自分の一回戦ということを忘れている。

(すごい……抜刀してからの速度が桁違いだ。あれが、本物のか。一体何者なんだろうか、あの剣客……)

 ゼクスは剣術に関して、少し悩んでいた。敵を倒す最後の一撃についてだ。
 魔法という選択肢はあるが、クランにはエレアノールという魔法に長けた者がいる。

 精霊魔法についても、エレアノールの方が一枚上手だろう。

 そこで、ゼクスが考えていたのが剣術だ。剣と魔法を組み合わせた一撃で、敵を屠る。
 抜刀術は難しいが、その速度が魅力的だ。極限まで鍛え上げられた速度は、至高の一撃と化す。

 ――速度とは、重さだ。速ければ速い分、重さという名の威力が増す。

 準備が整ったところで、ゼクスの番がやってくる。


 ◇◇◇


『それでは、続いての第一回戦へ参りましょう。右方向、冒険者クラン『真夜中の頂』の団長にして謎の仮面男!! ゼクス選手です!! そして左方向、同じく冒険者ラツィオ選手です!!』

 直前の試合のインパクトが強すぎたため、いまいち盛り上がりに欠けているが、ゼクスからすると関係ない。

 ――お金のため、自らの剣術向上のため……勝つ。

(油断はしない、『真夜中の頂』団長として、泥を塗るわけにはいかない。……必ず勝つッ)

 ゼクスはそんな強い覚悟を持って、この大会に臨んでいる。

 相対する同業者のラツィオは、かなり大柄な男だ。ゼクスより二回りほど大きな体躯で、力比べなら結果は目に見えているだろう。

「……知ってるぜ、仮面さんよ。随分話題じゃねえか」
「意図したものではないな。俺はただ勝つ、それだけだ」
「そうか、いい目だ。お前のような信念を持つ男とやりたかった……全力で掛からせてもらう」
「望むところだ、――いくぞ」

『今、始まりの……ゴングーー!!』

 カアァンという鐘の音と共に、ラツィオが先に動いた。
 彼の武器は大剣、それも特大サイズだ。ゼクスの身体では扱うことはできないだろう。

「うらあああ!!」

 大剣を振り上げたラツィオがゼクスの頭をかち割ろうと、垂直に振り下ろす。
 ゼクスはステップで後ろへ下がると、回避する。

 ――ドガアアアン!!

 振り下ろされた大剣がフィールドのリングに叩きつけられ、幾つもの亀裂が走る。

(一撃が大きすぎる……モロに喰らえば即アウト、掠るのもやばそうだ。となれば……狙うのは、カウンターだ)

 大剣の一撃を魔銀刀で受け切れる保証がないゼクスは、カウンター狙いに切り替える。
 ラツィオは大剣を物ともせず、軽々と振るう。

 隙を伺うゼクスだが、ラツィオも警戒してるのか中々隙を見せない。

「ほらほら、避けてばかりかぁッ」
「……ちぃッ」

 魔銀刀で一定の距離を保ちながら、避け続けるゼクス。あまりに防戦一方のため、少しでも攻勢に出たいゼクスはあえて一歩踏み出し距離を自ら詰める。

(……さあ、どう出る?)

 大剣はその長さゆえ、ある程度距離の開いた敵にも攻撃できる利点がある。
 そしてゼクスはそのギリギリの範囲を見極めて回避いていたので、魔銀刀では攻撃出来なかった。

 だが、一歩詰めたことでゼクスの魔銀刀もラツィオに当たる範囲になった。
 こうなると、ラツィオも自由に大剣を振り回すことなどできない。

 距離が開いていないので、一瞬の隙をカウンターで狙われる危険性がある。

「……ちぃッ」
「ふぅッ」

 ゼクスはラツィオが少し怯んだと見て、一気に攻勢に出る。

 上下左右、様々な角度から魔銀刀を振るい、攻撃回数を多くしていく。
 ラツィオの大剣は一撃は大きいが、攻撃回数だとどうしても落ちてしまう。

 ――キィン、ギィン……ギン、キン……ギィン

 激しい剣戟の応酬が行われていたが、やがてゼクスの攻撃回数を全て捌き切れなくなるラツィオ。

(――この隙を逃すなッ)

 ゼクスはさらに一歩距離を縮めると、ラツィオの顎辺りを狙い魔銀刀を下段から振り上げる。

「うおっ」

 咄嗟に反応したラツィオが顎を引き、大きく身体を仰け反らせる。仰け反った状態から一転して、すぐに大剣を振るうことは、できない――。

(……今ッ)

 ゼクスは魔銀刀の柄部分で、大剣を横へ弾く。――カアァン、と音を鳴らしながら側方へ逃げていく大剣。
 弾いたゼクスは魔銀刀を両手でしっかり握りしめると、右足を踏み出し……上段から力一杯振り下ろした。

 何の防御もない空いた胴体に刀が滑り込み、縦一文字に斬り裂かれた。

「ぐぅ……ぅう……」

 苦しく呻き声を漏らしながらも、膝をついたラツィオの顔に魔銀刀が添えられる。
 光に反射する銀色の刀身を間近で捉えたラツィオは大剣を離すと、静かに呟いた。

「俺の、負けだ……」

 ――ラツィオの降伏宣言、ゼクスの勝利だ。

『決着――!! 息も詰まる攻防戦を制したのは『真夜中の頂』団長、ゼクス選手だーー!!』

「「「ああおおおお!!」」」

 拍手と歓声に包まれながら、ゼクスは初戦を勝利でおさめた。

 ――そして、次なる勝負は波乱の"遺物争奪戦セクションB"へと入っていく。
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