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第1章 仮面の冒険者誕生

第29話 無双

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 ――黄金色の『精霊憑き』が現れた。この存在は、いち早くエレアノールとクレセリア、そしてノアに届いた。

 場所は変わり、クレセリアとノアへと移る。

 クレセリアの捨て身の力によって顕現した五神精霊は、すでにその姿を消していた。
 術者であるクレセリア自体が弱っており、マナをあまり集められなかっのが原因だ。

 ノアは残り一戦分の力を残しつつ、上手く立ち回り最小限の被害で抑えた。
 と言っても、二人のいる場はダンジョン階層の原型を留めていない。

 ノアも肩で息をしており、『絶対者』と言えども中々にきつい状況だったようだ。

 そんな時、二人はほぼ同時に別の『精霊憑き』の存在を認識した。エレアノールとは違う、想像も絶するようなマナの質に圧力。

 濁流のように、今も尚溢れ続けるマナ。すぐに、黄金色のマナだと分かった。
 ノアは壁にもたれ治癒を施しているクレセリアに問う。

「……クレセリア、お前の差し金か?」
「そんなはず、ないでしょう。黄金色の精霊憑き……敵か味方かも分からない。急いだ方がいいんじゃない?」
「……だな。そうすることにする、お前は事が終わるまでそこにいろ」
「……ごめんよ、そんなの」

 はっきりと断るクレセリアを一瞥したノアは、ゼンがいる場所へ向け走り出した。


 ◇◇◇


 黄金色の光の柱から出てきたゼンの風貌は大きく変わっていた。仮面はあるので表情は分からないが、髪は溢れ出すマナで逆立ち、波打っている。

 さらに、下半身の傷も何もなかったかのように治癒されている。瞳の色は黄金色で、どこか神聖な雰囲気を漂わせている。

「ヒ、ヒヒ……ヒハハハハ!!」

 すっかり変わったゼンを見ても、ルードは可笑しく笑うだけだ。まるで、笑う以外の感情が無くなったようだ。
 ゼンは流れるような動作で魔銀刀を引き抜くと、そっと撫でるようにしてマナを纏わせていく。

 ――そして、動いた。

「――《瞬光ルークス》」

 ゼンが光と化し、黄金色の軌跡ができる。その先には、魔導機腕を携えたルードがいる。
 音もなく、完全に不意を突いた移動。

 ――魔銀刀、一閃。…………ドチャ。

「……ヒハハハ、――ハ?」

 ルードがワンテンポ遅れて気付く。己の片腕が斬り落とされていることに。
 だが、ルードは叫び声を上げない。痛覚という概念が欠落していることが分かった瞬間だ。

 戦闘狂みたく身体を震わせるルードは、片腕など気にする素振りを見せず、魔導機腕を振り下ろす。
 かなりの重量のはずだが、ゼンは片腕でそれを受け止めてしまう。

 マナを広げていき、魔導機腕を丸々掴むと己へ向けて力強く引き寄せる。
 ゼンはサッと避けると、堂々空いた胴体へ強烈な蹴りをお見舞いする。

 ――ベキベキ、バキ、バキと骨が折れる生々しい音がたつ。

 あまりの衝撃に、ルードは数歩後ずさる。それでもルードの表情は変わらない。
 こうなってくると、最早人ではなく、ただの操り人形のようだ。

 ゼンは剣をおもむろに振り上げ、留めを刺そうとするが、それを邪魔する者がいた。

 ――副団長、レオナルドだ。

 風を纏わせた剣をゼンに突き立てるが、その刃は通らない。分厚いマナの鎧で覆われているためだ。

「く、くそッ……どうなっている。――お前は、一体何者だ?」

 レオナルドは悔しそうな表情で問うが、ゼンから言葉による返答はない。代わりにあったのは、反撃という名の返答だった。
 ぬるっと突き出されたゼンの腕が、レオナルドの首を掴む。

「……っ、ぐ……ぅぅう……」

 首を掴んだままゼンは膝を少し曲げ溜めを作ると、地面を勢いよく蹴る。
 一歩で、壁際まで跳んだゼンはレオナルドを岩壁へ押し付ける。

 手を離すと、レオナルドがぐったりとしながらずれ落ちる。何の感情も籠もっていない目でレオナルドを見やると、拳を腹へ打ち込んだ。

 一瞬のうちに意識を刈り取られたレオナルドは薄れゆく意識の中、いずれやって来るであろうノアのことを思った。

 レオナルドを排したゼンは、後ろへ振り向く。

 ――キィィィン……ィィン……

 再びあの悪魔の光線が放たれようとしていた。響き渡る甲高い充填音、ルードが魔導機腕に魔力を充填している。
 しかし、ゼンに焦りはないようだ。マナを纏わせた指先で、空中に円を描く。

「――《眩光集ルークスコレクト》」

 ゼンが静かに呟くと、一帯に存在するあらゆる光が一筋の光線となり、円に集まっていく。光を帯び、続々と光が収束し出していく。

「……ヒィ、ヒィ……ヒャッハーー!!」

 光が収束段階の時に、ルードの魔導機腕が限界を迎えた。本人も苦しそうにしており、少なからず身体への負担が大きいようだ。

 そして、幾人もを消し去った死の光線が一直線にゼンへ向かう。あと少しのところで、ゼンの精霊魔法も完成する。

「――《極速粒子砲レーザーカノン》」

 純粋な光のみで作られた光線だ。目で直接見えないほどの光量を誇る円から、勢いよく射出された。

 ――ズゥゥゥン!!……ジジ、ジジ……ジジジジ

 魔力vs光。序盤は拮抗していた戦いもやがて、一方へ天秤が傾き始める。
 ゼンが掌で光を押しながら一歩づつ距離を詰め、魔力光線の方が縮んでいく。

「……ィィ、ヒィィ……ヒヒヒヒ、ヒヒヒヒ」
「…………かぁッ」

 突然、ゼンが大きく口を開き吠えた。それと同時に《極速粒子砲》が魔力光線を喰らい尽くし、ルードに直撃した。
 ジュウウウ、と光に焼かれるルード。魔導機腕は半壊し、全身に酷い火傷を負っている。

 ルードも排したゼンの次なる標的は、残った『異狩騎士団』へと向く。
 ゼンが身を翻し、騎士達の正面に立ったのを見計らい、その背後から光速の刃が襲う。

 ――『絶対者』ノア・フリュークス。このタイミングで、戻ってきてしまった。

 光速の剣速と化したノアの刃は、的確にゼンの首元を捉えている。すでにノアの中では、ゼンは捕縛対象からも外れた。

(……黄金色の精霊憑き、本来なら捕縛対象だが――今のこの男は危険すぎるッ。全力を以て殺す!!)

 ノアの意思は固い。彼の言う通り、今のゼンは逆に精霊に精神を乗っ取られている状態だ。
 放っとけば、この階層にいる生命全てを皆殺しにするだろう。

 ――ゼンも認識していないタイミング、死角からの光速をも超える攻撃。刃は確実にゼンの首を捉えたはずだった……

 ……が、キィン――。

 鈴が一度だけ鳴ったかのような、静かに剣が折れる音。

「馬鹿な……」

 ノアの口から呆然と言葉が漏れる。
 ゼンは何もしていない、つまりだ。純粋にマナの量と質でノアは負けたということだ。

 剣を折られたノアだが、長く驚いている暇などない。
 くるん、と一回転したゼンが横から強烈な蹴りを放ってきた。
 度重なる戦いで、いつもの冷静さを失っていたノアはその蹴りをまともに喰らってしまう。

「……ぐ、がッ……」

 ――ドガアアアン!! 吹っ飛ばされたノアは、そのまま壁に激突する。

(……ぅ、ハァハァ、なんて重たい蹴りだ。危うく骨かイカれるところだった……。術者自身の意思が皆無のせいか、動きが正確に読み切れな、――)

 ――キュインッ

 ゼンの姿がかき消え、真正面からノアの顔面を狙った膝蹴りが飛んでくる。

「――ッ!! 《瞬光》」

 間一髪のところで逃げたノアだったが……

「『……《瞬光》』」

 ゼンの声ともう一人の声が入り混じったように、ノアと同じ精霊魔法が発動された。
 ノアが移動した先に、すぐに追いついてくるゼン。その一連の動きを見て、ノアは戦慄する。

「!? こいつ……まさかッ」

 ノアは己に生まれた疑念を確証へと変えるため、ゼンに攻撃を仕掛ける。

「《光の流星群メテオインベルス》」
『《光の流星群》』

 キラッ、キラッと上空に光が出現、ノアが腕を振ると一斉に放たれる。
 ――しかし、ゼンも同じ魔法をほぼ同時に発動していた。それに、すでにゼンの声ではなく、機械音のような平坦な声だ。

 《光の流星群》による激しい撃ち合いが行われる。そして、ノアの疑念は確証へと変わっていた。

(間違いない……詠唱模倣だ。魔法ならともかく、オリジナルで開発した精霊魔法を模倣するとは……ッ)

 撃ち合いは尚も続くが、ノアは連戦の影響で疲弊し切っており、そのツケが回ってくる。
 ゼンの《光の流星群》は威力、量が落ちることはない。ノアの防御を貫通し出した光の流星が、襲いかかる。

 ――ドドドドドド、と落ちた流星は土煙を巻き上がらせ、地面や壁にクレーターを作った。

 煙が晴れると、頭から血を流し右手を押さえるノアが見えてくる。

「……ハァ、ハァ……ここまでとは恐れ入った。――だが、『異狩騎士団』団長として、残った騎士達を死なせるわけにはいかん……。最後まで、抗わせてもらうぞ」

 そう、覚悟を決めたノアは残ったありったけのマナと魔力を融合させ、左の掌へ収束させていく。

「――《魔力粒子圧縮加速砲マナレーザーカノン》」

 ノアの最大の一撃。攻撃範囲は狭いが、一点特化の超攻撃的精霊魔法。
 凄まじい速度でゼンに迫る真っ黒の光線、その軌跡には銀色の粒子がキラキラと輝いている。

 対する、ゼンは……右手と左手を掲げる。

 右手には『光』属性を――

 左手には『闇』属性を――

 相反する二つの属性を融合させることにより、生まれるのは、

 ――混沌の歪み。その歪みには、何もない。ただあらゆるものを無に帰す。

 無意識下でゼンが、即興で考え抜いたオリジナルの魔法。その名も――

『――精霊魔法・《無の鎮魂歌ゼロ・レクイエム》』

 《魔力粒子圧縮加速砲》が通る先の空間に、亀裂が走る。
 亀裂の入った空間に衝突した光線は…………消えた。ぶつかった瞬間に、消えたのだ。一切の音もなく、ただ静かに消えた。

 ノアは無感情のまま目を伏せると、静かに膝をついた。諦めたのか、降伏したのかは分からない。
 ただ確かなのは、バトルロワイヤルが幕を閉じたということだけだ。

 決着がついても、ゼンは攻撃の手を緩めようとはしなかった。ノアに止めを刺すかと思われたが、背後から密着する人物を見て荒ぶる心を抑えた。

 その人物は、優しく子守唄を歌うように囁く。

「――もう、いいのです。全部、終わりました。エマさんも無事です、心の臓は止まっていません。生きてます、これ以上貴方が戦う必要はないですの……。また一緒に、ダンジョンを旅しましょう。……だから、その力の刃を下ろしてください」

 ――その言葉で、ゼンは現実世界に引き戻された。

 フッと全身から力が抜け、纏わりつく黄金色のマナも空中へ溶けていく。
 ゼンへと戻った男はエレアノールに抱き止められ、静かに目を閉じた。


 ◇◇◇


 こうして、エマが異端者認定されたことで始まったダンジョン・バトルロワイヤルは終わりを告げた。

 そしてこの日、ギルドへ一報が入る。

 ――ダンジョンの複数階層が、崩壊していると。
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