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第1章 仮面の冒険者誕生
第9話 黒く為った冒険者
しおりを挟む第六階層の『門番』を倒し、無事踏破したゼンは第七階層へと足を踏み入れた。
だが、時間も時間なので今日はここで切り上げることにした。エレアノールも眠たそうにしていたのもある。
その翌日、ゼンは約束通りエレアノールにお小遣いを渡した。冒険者稼業での稼ぎがなかなか様になってきたので、懐にも余裕が出てきていた。
ちなみに、硬貨の種類は銅貨・銀貨・金貨・白金貨の4種類ある。一泊素泊まりの場合だと、銅貨5枚といったところだ。
ゼンは少し色をつけて、銀貨1枚を手渡した。ゼンの中ではエレアノールは、買い食いがしたいのだと思っていた。そのため、銀貨一枚あればお腹いっぱい食べれるだろう。
陽が沈まなければ、エレアノールは外出できないため日中はゼンの家で寝てるか食べてるかのどっちかだ。その間ゼンは本業の受付を行っている。
その日も仕事を終え、ゼンはギルドへ向かっていた。その表情はいつもより暗い。応対したカーラも顔を顰めていた。
「カーラさん。今日は三名帰ってきませんでした……」
「そうですね……。下層に遠征してる『戦乙女』以外の人達ですね。残念ですが、仕方ありません。また戻ってくるかもしれませんし」
こういう日は月に何度かある。19時までに帰還できなかった者達は一時、準死亡者扱いとなる。数日後、ふらっと戻ってきたりする。
もちろん、生きて戻れる者もいれば命を落とす者もいる。
「ですね、それを願いましょう。それじゃ、今日はこれで」
「あ、ちょっとゼンさん。少しお伝えしておくことがあって」
「はい、何でしょうか?」
先程と打って変わって、そう言うカーラの表情はさらに険しいものとなっている。
「最近、黒為冒険者の活動が活発化してきてるんです。ダンジョン内でも報告が上がってますし、街中でも殺害された方がいます。騎士団も人員を動員したりしてますけど、具体的な成果は得られてません。一応、充分に注意してくださいね」
「……黒為冒険者か。そんな奴らが……分かりました。気を付けておきますね、カーラさんもお気を付けて」
「ふふ、ありがとうございます。万が一の時は、ゼンさんに守ってもらいますから」
「いや、俺……戦闘能力は皆無なんですけど。でも万が一の時は助けに行きますよ」
「ありがとうございます」
カーラから情報を得たゼンはギルドからの帰り道、黒為冒険者について考えていた。
黒為冒険者――主にダンジョン内を狩場とし、冒険者を殺し、身体や金銭など何でも持って行く連中のこと。
裏社会では人体実験などが行われており、その実験体として取引されたりする。
特に冒険者の身体は鍛え上げられていることから、高値で取引される。
そんな連中が最近になって、動き出したということだった。
(……噂程度で知ってはいたけど、すでに被害者も出てるのか。もしかして、今日の未帰還者も……あり得ない話じゃない)
冒険者証による管理は便利であるが、そこまで高性能ではない。誰がいつ入ったのかまでは分からないため、人物の特定をするのは至難の業となる。
(ともかく、これからは一層注意してダンジョンを探索しないとな)
家に帰ると、すでにエレアノールは帰宅していた。
「ただいま、美味しいものはあった、か――」
「あら、おひゃえりあさい(お帰りなさい)。これ、幾らでも食べれそうですの」
両手で抱えながら、器用に一つずつ口に放り込んでいく吸血鬼の姫。
エレアノールは最近王都からやってきたという甘味物である、プチシューなるものを食べていた。
「……おい、まさかそれに全部つぎ込んだのか?」
「そうですの、店のご主人が試食をくれたので、食べてみたらほっぺたが落ちるほど美味しかったですの。ご主人も可愛いからサービスしてやるって仰ってくれたので……買ってしまいましたの」
事情を説明するエレアノールであるが、決してプチシューを運ぶ手は止めない。
「……まあ別に渡した金をどう使おうと自由だけど、そんな甘い物ばっか食べてたら太――」
「――あら、何か言いまして」
ゼンが言い切る前に、エレアノールの手刀が首元に添えられていた。爪は鋭い刃物のようで、そのまま掻っ切ることも可能だろう。
一瞬にして冷や汗をかいたゼンは、すいませんと一言謝りその場を去った。
(――し、死ぬかと思った……。これからは不用意に発言しないようにしよう。うん、そうしよう)
力でも言葉でも、エレアノールには敵わないゼンなのであった。
◇◇◇
ゼンはダンジョンに潜るための準備を整えていた。ここの所、毎日ダンジョンに潜っているが、あまり疲れを感じていない。
命を脅かすような激しい戦闘がないので、そこまで疲労することがないのだ。
これから踏破を進め、さらに深くへ潜れば階層に見合った魔物も出てくるはずだ。
というわけで、ゼンは転移砂時計を発動した。
「よし、今日は七階層の探索だな」
今回、エレアノールは付いてきていない。ゼンとのダンジョン探索より、プチシューをお気に召したのだそう。
別れ際、エレアノールはこう言った。
『今の貴方の実力なら、七階層くらい大丈夫ですの。私わたくしは更なる甘味を求めて、夜の街へ繰り出すことにします』
そう言って、家を出て行ってしまった。
(久しぶりに単独での探索か……これはこれで緊張感を味わえていいな。エレアノールが一緒だと、謎の安心感があるからな……)
久しぶりに単独でのダンジョンに胸を躍らせながら、ゼンは岩場の道を進む。
エレアノールから授かった魔眼も使用しつつ、慎重な足取りを心がける。
ゼンは、魔眼は探知だけでなく応用技法もあり、活躍の幅が広いということをエレアノールから聞いていた。
どういった応用技法なのかは知らないが、魔法に関連することは確かだ。
「ん、あれは……」
人間の眼では捉えきれない数百メートル先に、魔力の塊を視認した。かなり小さなサイズなので、人ではない。
「……小さすぎるな。ゴブリンでもなさそうだ」
ゴブリンの体格にしてはやや小さめである。接近すればするほど、より鮮明に姿形が分かってくる。
「――ッ、メタルスライムだ」
メタルスライム――スライムの中でも特に鉱石や金属を多く取り込んだ個体で、メタルスライムがいるエリアには高確率で希少金属がある。
ゼンは密かに、希少金属を手に入れたいと思っていた。特に、魔法との相性が抜群の『ミスリル』は喉から手が出るほど欲しい。
ゼンはやや駆け足でメタルスライムの生息するエリアに立ち入り、希少金属の採掘を開始した。
本来であれば専用の道具を使うのだが、あいにく持ち合わせていない。
「手当たり次第に探していくしかないか」
やや骨の折れる作業であるが、希少金属を手に入れられるチャンスだ。刀を上手く使いながら、岩場を削っていく。
切っ先を地面に向け、突き刺したところ――
――ギィィイン
「うおっ、この滑らかな重低音……発見したか」
音がした辺りを丁寧に採掘した結果、ミスリルの欠片を発見した。指先ほどの大きさなので、武器に使える量じゃない。
「欠片があるってことは、近くに塊であるかもしれない」
大きな塊を求め、採掘を再開しようとした時だった。
つま先から脳天にかけて、激しい振動がゼンを襲った。地響きは一回に留まらず複数あり、近辺で異常が起きているのは明白であった。
「何だ何だ……確かめてみるか」
ゼンは左眼の魔眼に魔力を集中させる。集中させればさせるほど、より遠くの魔力を視認できる。
「……遠いが、ここか。あれは……人だ」
人の姿をした魔力が三人分、視認できた。性別までは判別できないが、人がいることは確かだ。
三人いることを確認したゼンに、先程のカーラの話が思い出される。
「三人って……今日の未帰還者の数じゃないか」
ゼンは採掘をやめると、すぐさま目的地へ向け走り出した。魔眼の魔力をたよりに、さらに速度を加速させる。さらに走りながら仮面をつけ、冒険者ゼクスとなる。
10分走り続け、目的地へ到達したゼンは岩陰に身を隠し、様子を伺う。
――そこには、頭から血を流した少女を抱える銀髪の女性と対峙するように、全身黒づくめの男が一人武器を構えていた。
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