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星に願うのはただあなたが幸いでしかなく
しおりを挟む強い人だと思っていた。
どんな困難が訪れても決して諦めずに立ち向かう人。
いつもどんなときも恐れずに前を向いて歩いていける人。
そんな人だと思っていた。
彼の弱さなんて誰も見ようとしなかった。
必要なのは凛と前を見据えて堂々と振る舞う姿。
悠然と構え常に最善を導き出して厳かに命じる姿。
そんな理想の“王太子殿下”を必要としても、彼自身を必要とする人なんていなかった。
ずっとそばにいたのに、そんなことにも気づかなかった。
私も彼を“王太子殿下”としか見ていなかった。
彼はずっと私を公爵令嬢ではなく“リリアナ”という1人の人間として見ていてくれたのに。
「泣かないでリリー」
涙を拭う優しい指は変わらないのに口元に浮かぶ知らない笑みに胸が締め付けられる。
「ずっと考えていたんだ。
“私”は必要なのだろうかと。
皆が必要としているのはこの国を導く……病弱の王の代理を立派に務める“王太子”だということには気づいていた。
その期待に応えようと私も励んできた。
だが、気づいてしまったんだ。
過度な期待に応えれば応えるだけ“私”が消えていくことに」
淡々と吐き出される言葉たちが痛かった。
唇をかみしめて俯きそうになった私を許さないとでもいうように両頬を大きな手で包まれる。
そのまま感情を失ったアイスブルーの瞳と強制的に視線を合わせられた。
逃げ場を失ってアメジストの瞳が揺れる様が映ってまたじわりと涙がにじんだ。
「ねぇ、リリー。
私はね、それでもよかったんだ。
よかったんだよ」
こつんと額を合わせて絞り出すように零れ落ちた言葉の意味が分からずに伏せていた視線を自発的にアイスブルーの瞳に移す。
彼は少しだけ嬉しそうに笑って言葉を続けた。
「君が、そばにいてくれるなら。
私は“私”が消えて無くなろうともかまわなかった」
平坦な声音が紡ぐ言葉の意味が分からなかった。
理解したくなかった。
「でん、か」
掠れた声が紡ぐのは彼の名前ではない。
それに彼は特に反応を示さずにうっそりと笑う。
「愛している。誰よりも君を愛しているよ。
だから、ほかの男に嫁ぐなんて許さない」
決意のこもった視線で、命じるような声音で、私を射抜いた言葉たちは涙に濡れていた。
奪われた唇からあふれる孤独に、触れた熱が伝える飢餓に、正常な判断を失う。
貴族の、それも公爵家の娘としてすべきことは理解している。
それでも。
気づいてしまうと、知ってしまうと、触れてしまうと。
もう、ダメだった。
家の決めた婚約者より彼に寄り添いたいと思ってしまった。
私は無意識に選んでしまった。
公爵令嬢ではなくリリアナとして生きることを。
お題提供 capriccio様 http://noir.sub.jp/cpr/
前奏曲 第9番 05.星に願うのはただあなたが幸いでしかなく
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