蒼の記憶

のどか

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ー参ー

21.予言の言葉

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ずるずると自分を引き摺る柚稀を眺めながら雅冬は溜息を吐く。
あと少しだったのに。
あの場所にさえ連れて行けば全て分かるはずだった。
お茶の味が懐かしい理由も、ふわりと香る香りに安心する理由も、ふとした仕草がやたらと紫月と重なる理由も。
確証はない。だけど確信はあった。

「お前たちは一体いつまで隠し続ける気だ?」
「なに意味分からない事を仰ってるんですか。さっさと仕事してください」
「柚稀」

最愛が残した今の従者は素直だが頑固だ。
父や黎季のようにのらりくらり交わすことはなくても決して口を割らない。
今だってピクリと反応を返す癖に求めている答えは寄こさない。

「言わないならそれでいい。だが、俺の邪魔をするな」
「雅冬様、」
「諦められる訳、ねぇだろ。歴代でも群を抜いて力を持っていたお前の母親があんな予言ことばを残してんだ」
雅冬は心の支えとなり続けている巫女の予言を思い出した。



――――蒼月が映すのは運命の邂逅。
    幾億の時を越えて華は再び咲き誇る。
    孤独な月の傍らで―――――


この国を守る龍神の巫女姫が残した最後の予言。
この予言を残したすぐ後彼女は巫女である資格を失い神の声を聴くことも神に嫁ぐこともできず、唯の人へと身を落としたという。
そしてこの世に産み落としたのだ。運命の子どもを。
あの時はまだ訳が分からなかった。この言葉を教えてくれた紫月でさえ分かっていなかった。
けれど、紫月を喪ってからこの言葉だけが希望だった。
全ての言葉の意味を理解できたわけじゃない。それでも憎しみ恨んだ月の夜に焦がれ続けるのは彼女の言葉があるからだ。
彼女がいう運命の邂逅とやらがどうすれば実現するのかをずっと探してきた。
そんな雅冬を慰めるように華に出会う少し前まで夢で紫月に会えていた。
伸ばした手が彼に触れることはなかったけれど、それでも会えていた。
華が現れるまでは、会えていた。
紫月によく似た華が現れてから夢を見なくなった。なら、華が無関係と考える方が可笑しい。
それなのに返って来た柚稀の声はどこまでも静かで冷静だった。

「どんな優れた巫女姫とて人間ですよ。ましてや彼女は子を想う母です」
「願望が含まれていると?だったら尚更だ。巫女の願いが神に聞き入れられたかもしれない」
「雅冬様……」

今にも泣き出しそうな、情けない顔をする柚稀から目を逸らす。
分かってる。
それでも諦められない。手放せない。認められない。
あの存在なしに雅冬は歩いていけない。

「アイツだけなんだ」

この心が渇望するのは。
どうしようもなく焦がれるのは。
なくてはならない存在ものだと叫ぶのは。

「ひとつ約束してくださるなら私はもうなにも言いません」
「約束?」
「どうか、華殿を」

そこまで紡いで柚稀の声が止まる。
何が言いたいのか、何を言えば良いのか、分からない。
迷子になった幼子のような顔をしたまま言葉を探す柚稀に雅冬はふっと微笑んだ。

「あぁ、分かってる」

正確に何を望んでいるのかは分からない。
けれど最終的に望んでいることは分かる。
傷つけないし、泣かさない。
もうあんな顔を見るのはごめんだ。
たった一度見ただけでそう思うほどに華の泣き顔は綺麗で痛かった。
確かめたいけれど、穏やかに微笑む顔を曇らせたいとは思わない。
焦れば逃げられることも分かっているし、なによりも自分よりまだ上手(うわて)にいる父と黎季が華の正体を隠したがっているのだ。
ここは慎重に行動するべきだろう。大丈夫。まだ、まだ待てる。まだ、我慢できる。

「政務もそのくらい力をいれてして頂けると私は物凄く助かるんですが」

なんとも言えない顔でそう呟いた柚稀の声は聞こえなかったことにした。

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