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~番外編~
はっぴーホワイトデー
しおりを挟む3月14日。この日は侯爵家に砂糖菓子のように甘い空気が漂う日である。
男たちは愛する妻や娘、妹、幼馴染を喜ばせるためにせっせと計画を練り、午前中は彼女たちの好物を振る舞うお茶会を開催し、午後からは彼女たちの望むままに過ごす。
たとえ、ひと月前に催されたのがほろ苦い愛の試練―――魔のお茶会であったとしても彼らは彼女たちの努力と気持ちを汲み取り全力で彼女たちを喜ばせにかかるのであった。
「ボス、これどうかな?」
「……悪くねぇな。おい、ジオ、そっちはどうだ?」
「あー!坊がデコレーションに凝りだしてもうちょっとかかる」
「しっ!完璧!」
「……完成したみてぇだ」
ひと月前とは打って変わってキッチンはどこまでも平和だった。
悲鳴も破壊音も涙声も聞こえない。
彼らは生まれ持ったスペックを遺憾なく発揮して手際よく準備を進めていく。
「リヒト、アルバ、ルナたちを呼んで来い」
「わかった」
「了解」
子どもたちを案内係にしてノクト達は最終チェックを行う。
「今年も完璧だな!ボス」
「あぁ」
珍しく口元をゆるめているノクトにジオもニッと笑みを浮かべる。
愛する妻が喜ぶ姿を思い浮かべて彼らは作り上げたドルチェとお茶をカートに載せて子どもたちにエスコートされているだろう女性陣が待つ部屋へと急ぐ。
既に席についていた女性陣はこの日の為に彼ら自ら用意したであろう内装に目を輝かせ可愛らしい笑みを浮かべている。
「わぁ!!素敵!」
「今年も凝ってますねぇ」
「お姫様になった気分です!」
「本当、パパとジオもよくやるわ」
素直にはしゃぐルナ。
その手の込みように感心するニナ。
頬を染めて嬉しそうにはにかむステラ。
呆れ半分で部屋の変わりようを見渡すセイラ。
「お待たせいたしました」
「ティーパーティを存分にお楽しみください」
ノクトが一礼をして、その後ろからカートを押したジオが入ってくる。
リヒトとアルバもすぐその横に並んで今日の主役である女性陣に給仕を始める。
女の子なら誰もが大好きであろうプロ顔負けの可愛らしいお菓子たちにおいしいお茶。
普段はあまり見ることのできない男性陣の恭しい仕草と甘い微笑み。
本当にお姫様になった気分を味わった女性陣は多いに満足だった。
けれど、彼らにとって本番はこの後だ。
それぞれが妻や妹、幼馴染の為に用意したプランを遂行し、彼女たちのとびっきりの笑みを手に入れる。
そのためだけに彼らは今日まで準備してきたのだから。
~ノクトとルナ ~
「じゃあ行ってくるね」
嬉しそうにノクトの腕に腕を絡めてはにかみ、ルナは幸せいっぱいで玄関をくぐった。
いつもはジオの運転で後部座席に二人で座るが、今日この日はノクトの運転で助手席に座る。
滅多にみられない旦那様の運転する横顔にキュンとしつつ、今年はどこに連れて行ってもらえるのだろうと期待に胸を膨らませた。
「ご機嫌だな?」
「だって」
意地悪く笑うノクトにルナは唇を尖らせて見せるが、すぐに口元が緩みだす。
「二人っきりのお出かけ楽しみなんだもん」
自然とこぼれた言葉にノクトは目を瞬いてそうだなと優しく微笑んだ。
その笑みにますますご機嫌になったルナは始終幸せそうに笑っている。
横目でその笑みを眺めながらノクトは目的の場所へと車を走らせた。
「着いたぞ」
「わぁ!!!」
「時間の都合でここが限界だ。悪いな」
「ううん!とっても素敵!!」
まるでおとぎ話の中に迷い込んだかのようだった。
白亜の壁にとんがり屋根の可愛らしい家が並ぶ街並み。
「歩いてもいい?」
「転ぶなよ」
意地悪く笑いながらもちゃんと手を差し出して引いてくれるノクトにルナは頬を膨らませて見せたがすぐに笑顔に戻る。
まるで少女のようにはしゃぐルナにノクトは苦笑いを零しつつルナの要望を丁寧に叶えていく。
日が傾き、可愛らしい家々に明かりが灯る。
それにまた目を輝かせるルナをノクトはそっと呼ぶ。
「ルナ」
そっと差し出された花にルナは今日一番の笑みで微笑んだ。
その花が不器用なノクトの心だと誰よりも知っているから。
「ありがとう!ノクト !大好き!!」
一番安心できる腕の中へルナは飛び込んだ。
くちなしの合言葉
~リヒトとセイラ~
仲良く寄り添って出かけて行った両親を見送ってリヒトはセイラに向き直った。
「じゃあ俺たちも行こうか?」
「兄様…?」
「お手をどうぞ?お姫様」
優しく微笑まれて手を差し出されてしまえば、セイラは真っ赤になって素直に手を重ねるしかない。
「兄様、どちらへ行かれるのですか?」
「まだ内緒」
悪戯っ子のような笑みを浮かべたリヒトにセイラはキュンと胸をときめかせながらもどんどん怪しくなる足元に首をかしげる。
まるでリヒトのお見合いを潰すとき脱走するのに使った隠し通路みたいだ。
それでもあの時よりもずっと歩きやすいのはあらかじめ人が通ることを予測していたみたいに綺麗に整備してあったからだ。
「セイラ。ここから俺を信じて目を閉じて歩ける?」
「大丈夫です!」
「じゃあ目を閉じて。ゆっくり歩くからね?」
突然そう言われてセイラは不思議に思いながらも素直に目を閉じる。
セイラにとってリヒトのお願いは絶対だし、リヒトを信じられないなんてこと有り得ない。
リヒトはセイラが危険な目に合うようなことは絶対にしないと断言できる。
そのくらいに大切にしてもらっている自覚はある。女の子として見てもらえないのが玉に瑕だけれど。
「ついた。もう目をあけてもいいよ」
優しいリヒトの声に促されてセイラはそっと目をあける。
「わぁ……」
ひらり、はらりと、舞い散る薄紅。
青空に咲き誇る美しい花。
幻想的な光景に見入っているとクスリと笑う声が聞こえてきた。
「気に入った?」
「はいっ!!」
「何代か前のボスが奥方に贈った花なんだって。
たしか、サクラって名前だったかな」
「サクラ……」
「すごく綺麗だろう?
教えたのはセイラが初めてなんだよ」
「え!?」
「ボスとアルバは知ってるかな。もしかしたらジオも。
でも俺が誰かにここを教えたのはセイラが初めてだよ」
「っ、いいんですか?」
「うん。俺がセイラと一緒に見たかったから」
その微笑みと言葉だけでセイラは天にも昇る様な気持ちになった。
この美しい光景をママでもニナでもステラでも他の綺麗な女の人でもなくて私と一緒に見たかった。
その言葉が、心が何よりもうれしかった。幸せだった。
「兄様、ありがとうございます」
大好きです。 その一言を飲み込んでセイラはふわりと微笑んだ。
リヒトにだけ見せる恋する女の子の笑みで。
恋する夢見草
~アルバとステラ~
ノクトとルナ、リヒトとセイラがそれぞれ出て行ったのを見送ってアルバはステラをチラリと見た。
「寂しい?」
「いいえ。アルバ様が一緒ですもの」
にっこりと笑ったステラにアルバは何も言わずにそっとその手を握った。
「アルバ様?」
「こっち」
連れてこられたのはアルバには似つかわしくない温室の一角。
「わぁ!可愛い!青いお星さま見たいです!」
「ブルースターって言うんだって」
「ブルースター」
「気に入ったならあげる」
「え?でも勝手に」
「俺がステラの為に育てたやつだから。
いらないなら…」
「いります!!欲しいです!!
ふふ!大切に育てますね」
心底嬉しそうに笑ったステラにアルバは満足げに頷いた。
どうやら今年も無事ステラを喜ばせることができたみたいだ。
ブルースターの微笑み
~ジオとニナ~
「ステラは嫁になんてやんねぇぞぉおおおお!!!」
仲良く手を繋いで出て行ったステラとアルバを見送ってジオが吠える。
毎年のこととはいえ呆れずにはいられないニナは小さくため息を吐いた。
「いい加減にしてください親バカ。毎年よく飽きませんね?」
「お前は良いのか!?俺たちの天使が悪魔の毒牙にかかっても!!」
「毒牙って……。でもまぁ、あの嬉しそうな顔をみるといいかなって」
「それも気にくわねぇんだ!
なんだって坊はいつもステラを喜ばせるようなモンを用意できんだよ!!」
「さぁ?」
キィイイイっと本気で悔しそうなジオにニナはもうため息さえ出なかった。
普段はカッコイイのにどうして娘のことになるとこうなのか。
娘にデレデレなところも嫌いではないけれど、今日はホワイトデーだ。自分にもかまって欲しい。……やっぱり今のなし!そんなこと言った日には絶対に調子に乗る。というか意地の悪い笑みを浮かべてからかい倒される。
ブンブンと頭を振って横にそれた思考を追い出してから、まだ恨めしそうに愛娘が出て行った扉を睨み続ける旦那様を引きずって自室に戻る。
自室の扉を開けてニナは目を瞬いた。
朝起きた時にはなかったはずの花が飾られている。
そしてジオの手にはいつの間にかアネモネの花束があった。
可愛らしい花束を受け取ってニナはジオを見上げた。
「今年はアネモネですか」
「嫌いじゃねぇだろ?」
「ええ、まぁ」
でもどうして?とは思う。綺麗な花ではあるが“恋の苦しみ”“見捨てられた”“見放された”などネガティブな意味も多い花だ。
ホワイトデーに妻に贈る花としてはどうかと思う。
その疑問に気づいたようにジオはニナの顔をのぞき込んでニヤリと笑う。
「ちょうどいいと思ってな」
意味が分からず首をかしげるニナに真剣な顔をして言葉を紡いだ。
「俺はボスに忠誠を誓ってる。それはこの先もずっと、死ぬまで揺るがない」
「知ってます。私もですから」
ニナの言葉に満足そうに頷いてジオはニナの手から花束を抜きとった。
「あ、」
「だがな、それ以外は全部お前のもんだ」
色とりどりのアネモネの中から真っ赤な花を抜き取りニナに差し出す。
差し出された花を見つめながらニナは目をパチリと瞬いた。
今、この人は何を言ったんだろう。
結婚するときでさえ、そんなことを言わなかったのに。
紡がれた言葉の意味を嚙み砕くうちに何故だか目頭が熱くなってあたたかいものが頬を伝うようになった。
「遅くなって悪かった」
逞しい腕に抱きしめられてニナはそっと目を閉じた。
一生、2番目だと思っていた。
そうじゃなきゃいけないと思っていた。
彼も、自分も。1番は絶対に譲ってはいけない。
それが夜の闇(ここ)で生きる者の宿命であり、義務であり、誇りだから。
だけど、彼は、そうじゃないと言った。
ボスに対する忠誠心以外のジオを象るすべてはニナのものだと。
ニナは決してジオにとって2番目の存在ではないのだと言った。
「……ワガママ、言ってもいいですか?」
「なんだ」
おずおずと顔を上げてニナはそっと囁いた
「―――――…」
ちっともワガママになっていないニナの可愛らしい願いにジオは眉を下げて微笑んだ。
幸福を誘うアネモネ
+++++
ブログで参加させていただいた上花企画の参加作品です。
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