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涙の後の決意
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どうやってここまで戻ってきたのかわからない。
与えられた部屋に閉じこもって毛布をかぶって両腕で抱え込んだ膝に顔を埋める。
何度か扉を叩く音がしたけど全部無視した。
「お嬢、いるんだろ?入るぜ?」
それでも扉の前から動かない気配はとうとうしびれを切らした様にあたしが返事を聞かずに押し入ってきた。
「げっ、こんなとこでまさかの死亡フラグ??」
「勝手に、入ってきてんじゃねぇ、よ。グスッ」
「あー、泣くなよ。お嬢が泣いたなんてボスに知られたら俺が殺されるだろ」
「るさい。あたしの、知ったこっちゃない」
「冷てぇの。
……オニーサンが聞いてやるから、何があったのか話してみ?」
「……フラれた」
「は?」
「だから、フラれたつってんだよ!バカ!!うわぁあああん!」
あたしの精一杯の言葉は届かなかった。
一緒にいることさえ、許してくれなかった。
あたしの勘が獣並に鋭いというのなら、きっとアンタがあたしを置いてどこか遠くに行ってしまうような気がしたのも間違いじゃない。
必死に伸ばした手は柔らかな声に拒絶された。
いつもなんだかんだで聞き入れられたあたしの声はアンタに届かなかった。
「ちょ、待て待て待て!お兄さんが悪かった。悪かったからそんなガキみたいな泣き方すんなよ!!
マジで俺、死んじゃうから!!ボスに殺されちゃうから!!」
自称兄貴分はあたしが声をあげて泣きだすと面白いくらいに慌てだした。
いつもなら腹を抱えて笑ってやるのに、今はもう自分では到底止められそうにない涙のせいでそれどころじゃなかった。
嗚咽混じりに零れる支離滅裂な言葉を拾い上げたレオは大きな溜息を吐きながら困ったように眉を寄せた。
「いいか、お嬢。
お前さんが欲しがってる人はな、実は結構バカでメンドクサイ人だったりするんだ。
おまけに厄介な悪癖も持ってる」
「ヒック、ナハトはバカじゃねぇし、面倒でもねぇ」
「食い付くのはソコか。
……いいから黙って最後までお兄さんの言うことを聞きなさい」
呆れ顔から一転して真剣な顔でズラズラと愚痴ともとれる言葉を並べはじめたレオにあたしの涙はひっこんだ。
なんだ。その悪意に満ちた分析。
あながち間違ってないんじゃないかと思ってしまう程度には思い当たる節があるから怖い。
つーか、あたしが泣くより今の発言を聞かれた方が殺されると思うぞ。
「お嬢が諦めた時点でその恋は終わる。
あの人から、ボスから手を伸ばしてもらえると思うな。
ボスにとってお嬢が大切であればあるほどボスは守るために手を離そうとする。
ボスが欲しいならお嬢が手を伸ばし続けないとダメなんだ」
ぐぐっと眉を寄せるあたしの頭をレオはポンポンと撫でながら諭すように言葉を紡いだ。
それは、いつか、まだあたしが少女だった時におじさんに言われた言葉に良く似ている気がした。
言葉は全然違うのに、乗せられた心だとか、託された祈りだとか、そういう本質的なものがとても似ている気がした。
『酷いお願いをしていることは分かっている。
だけど、君にしか頼めない。』
哀しそうに目を細めて、その人は笑った。
『頑固なあの子は、きっといつか自分から君を遠のけるだろう。
それでも諦めないでほしい。
君があの子を好いていてくれる間は君があの子の手を握っていてやってほしい。
できるならば、いつかあの子が自分から君に手を伸ばせるようになるその日まで』
おじさんの哀しい声とレオの力強い声が混ざりあってリピートする。
その度にあたしは、思い知らされるんだ。
どんなに痛くても、哀しくても、諦められないって。
おじさんやレオの言葉に、甘い夢を見て、それを渇望する自分に気づかされる。
口で何と言おうと、胸の痛みに何度涙を流そうと、あたしは手を伸ばさずにはいられないんだ。
欲しくて、欲しくて、ずっと、きっと、それこそベビーベッドからはじめて見上げたその瞬間から望んだ唯一だから。
「俺は、ボスとお嬢が寄り添ってるのが好きだ。
泣きごとも愚痴もいつでも聞いてやる。背中を押してほしい時は俺が押してやる。
だから、諦めるなよ。お嬢が後悔しないために。いや、ボスをひとりにしないために諦めるな」
優しい声がやみ大きな手が頭から離れると同時に鼻を啜って顔をあげる。
袖でごしごしと涙を拭って気合いを入れるようにほっぺを叩くと思った以上にヒリヒリと痛んで顔を歪めた。
レオは呆れた顔をしたけど、黙ってハンカチを水で濡らして差し出してきた。
ありがたかったから、人の部屋のモンを勝手にあさったことは水に流してやることにする。
「エスコートは?」
「必要ない」
「我慢比べだぞ、お嬢。こんなトコまで付いて来たんだから得意だろ?」
ニヤリと笑うレオにあたしも口の端を釣り上げた。
「あたしを誰だと思ってる。負けるかよ」
「勇ましいことで。ホント、なんで女に産まれてきたかねぇ」
「神様に確かめに逝ってくるか?」
軽口を叩きながらカラカラと笑うレオに背中を押してもらって、あたしはまた一歩足を進める。
近くて遠いアンタに近づくために。
涙の後の決意
(簡単に逃げられるなんて思うな)
(諦められるような想いならとっくに諦めてる)
(言ったはずだ)
(あたしは願いを叶えるためにあんたの側(ココ)にいるって)
与えられた部屋に閉じこもって毛布をかぶって両腕で抱え込んだ膝に顔を埋める。
何度か扉を叩く音がしたけど全部無視した。
「お嬢、いるんだろ?入るぜ?」
それでも扉の前から動かない気配はとうとうしびれを切らした様にあたしが返事を聞かずに押し入ってきた。
「げっ、こんなとこでまさかの死亡フラグ??」
「勝手に、入ってきてんじゃねぇ、よ。グスッ」
「あー、泣くなよ。お嬢が泣いたなんてボスに知られたら俺が殺されるだろ」
「るさい。あたしの、知ったこっちゃない」
「冷てぇの。
……オニーサンが聞いてやるから、何があったのか話してみ?」
「……フラれた」
「は?」
「だから、フラれたつってんだよ!バカ!!うわぁあああん!」
あたしの精一杯の言葉は届かなかった。
一緒にいることさえ、許してくれなかった。
あたしの勘が獣並に鋭いというのなら、きっとアンタがあたしを置いてどこか遠くに行ってしまうような気がしたのも間違いじゃない。
必死に伸ばした手は柔らかな声に拒絶された。
いつもなんだかんだで聞き入れられたあたしの声はアンタに届かなかった。
「ちょ、待て待て待て!お兄さんが悪かった。悪かったからそんなガキみたいな泣き方すんなよ!!
マジで俺、死んじゃうから!!ボスに殺されちゃうから!!」
自称兄貴分はあたしが声をあげて泣きだすと面白いくらいに慌てだした。
いつもなら腹を抱えて笑ってやるのに、今はもう自分では到底止められそうにない涙のせいでそれどころじゃなかった。
嗚咽混じりに零れる支離滅裂な言葉を拾い上げたレオは大きな溜息を吐きながら困ったように眉を寄せた。
「いいか、お嬢。
お前さんが欲しがってる人はな、実は結構バカでメンドクサイ人だったりするんだ。
おまけに厄介な悪癖も持ってる」
「ヒック、ナハトはバカじゃねぇし、面倒でもねぇ」
「食い付くのはソコか。
……いいから黙って最後までお兄さんの言うことを聞きなさい」
呆れ顔から一転して真剣な顔でズラズラと愚痴ともとれる言葉を並べはじめたレオにあたしの涙はひっこんだ。
なんだ。その悪意に満ちた分析。
あながち間違ってないんじゃないかと思ってしまう程度には思い当たる節があるから怖い。
つーか、あたしが泣くより今の発言を聞かれた方が殺されると思うぞ。
「お嬢が諦めた時点でその恋は終わる。
あの人から、ボスから手を伸ばしてもらえると思うな。
ボスにとってお嬢が大切であればあるほどボスは守るために手を離そうとする。
ボスが欲しいならお嬢が手を伸ばし続けないとダメなんだ」
ぐぐっと眉を寄せるあたしの頭をレオはポンポンと撫でながら諭すように言葉を紡いだ。
それは、いつか、まだあたしが少女だった時におじさんに言われた言葉に良く似ている気がした。
言葉は全然違うのに、乗せられた心だとか、託された祈りだとか、そういう本質的なものがとても似ている気がした。
『酷いお願いをしていることは分かっている。
だけど、君にしか頼めない。』
哀しそうに目を細めて、その人は笑った。
『頑固なあの子は、きっといつか自分から君を遠のけるだろう。
それでも諦めないでほしい。
君があの子を好いていてくれる間は君があの子の手を握っていてやってほしい。
できるならば、いつかあの子が自分から君に手を伸ばせるようになるその日まで』
おじさんの哀しい声とレオの力強い声が混ざりあってリピートする。
その度にあたしは、思い知らされるんだ。
どんなに痛くても、哀しくても、諦められないって。
おじさんやレオの言葉に、甘い夢を見て、それを渇望する自分に気づかされる。
口で何と言おうと、胸の痛みに何度涙を流そうと、あたしは手を伸ばさずにはいられないんだ。
欲しくて、欲しくて、ずっと、きっと、それこそベビーベッドからはじめて見上げたその瞬間から望んだ唯一だから。
「俺は、ボスとお嬢が寄り添ってるのが好きだ。
泣きごとも愚痴もいつでも聞いてやる。背中を押してほしい時は俺が押してやる。
だから、諦めるなよ。お嬢が後悔しないために。いや、ボスをひとりにしないために諦めるな」
優しい声がやみ大きな手が頭から離れると同時に鼻を啜って顔をあげる。
袖でごしごしと涙を拭って気合いを入れるようにほっぺを叩くと思った以上にヒリヒリと痛んで顔を歪めた。
レオは呆れた顔をしたけど、黙ってハンカチを水で濡らして差し出してきた。
ありがたかったから、人の部屋のモンを勝手にあさったことは水に流してやることにする。
「エスコートは?」
「必要ない」
「我慢比べだぞ、お嬢。こんなトコまで付いて来たんだから得意だろ?」
ニヤリと笑うレオにあたしも口の端を釣り上げた。
「あたしを誰だと思ってる。負けるかよ」
「勇ましいことで。ホント、なんで女に産まれてきたかねぇ」
「神様に確かめに逝ってくるか?」
軽口を叩きながらカラカラと笑うレオに背中を押してもらって、あたしはまた一歩足を進める。
近くて遠いアンタに近づくために。
涙の後の決意
(簡単に逃げられるなんて思うな)
(諦められるような想いならとっくに諦めてる)
(言ったはずだ)
(あたしは願いを叶えるためにあんたの側(ココ)にいるって)
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