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第1章

2 新天地へ

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 藤山葉子ふじやまようこは女神の後ろを歩いていた。
 周りの景色は暗かったが、遠くの方では星のようなものがキラキラと輝いている。
 
(これから私は、新天地で生きていくんだ)
 
 希望と若干の不安を胸に抱きながら、そう考えていると――。

「さあ葉子さん。こちらに座ってください」

 それは機械のような物だった。葉子は彼女に言われそこに座る。すると目の前に様々な映像が現れ始めた。

「すごい……! 何これ」
「これから生活していく場所を決めてもらいます。好きなものを選んでください。あなたが望めば、貴族でも王族でもなれます」
「一般人でいいです」
「それでは女神の加護は必要ですが?」
「今のところはいらない」
「はい、必要……っと」
「……」
「それでは飼いたいペットを選んでください」

 葉子の目の前に現れた画面には、様々な生物が表示されている。

「えーと……。ドラゴン、フェンリル、ホワイトタイガー。あと……女神? え?」

 葉子は、目の前にいる女神を見た。
 彼女は照れたようにこちらを見ている。『私を使役してください』と言わんばかりだ……。

「却下」
「ガーン!」
「私は犬とかフクロウとか、そういう動物がいいの」
「ドラゴンも可愛いですよぉ!」
「犬とかフクロウはだめ……? ドラゴンもいいけど、私には似合わないというか……」
「ぐふっ! 上目遣いで見つめる葉子さん……! 犬をもふもふする葉子さん! だめぇ美味しい……」
「大丈夫かしら、この女神」

 次に住む場所だが、葉子は街中にある立派な家ではなく、森の近くにある小さな家に決めた。
 彼女は昔から草花が好きだった。だから、緑豊かなこの場所で生きていくことにしたのだ。

「私、ここにするわ。かわいい犬と一緒に暮らしながら、ハーブとか色んな花を育てるの!」
「とても素敵です! ここは魔物も現れないので安心してくださいね」

 女神は画面を操作し消すと、にこりと微笑んだ。葉子もつられて笑顔になった。

「このまま道なりに進めば、その場所に着きますよー」
「よーし! ここまでありがとう、女神様!」
 
 葉子は出口へ向かおうとする。すると後ろから、湿り気に満ちた女神の言葉が聞こえてきた。

「……これからは私が、あなたの外敵を排除しますからね」
「おっかない女神ね、あなたって……」

 苦笑いを浮かべると、そのまま道を進む。
 しばらくすると、背後からもう一人の足音が聞こえてきた。

「まさか……。あなた、私に付いてくる気?」
「そうですよー」
「女神でしょ!? 何か……そういう場所にいるんじゃないの? 仕事とか忙しいんじゃないの?」
「そうでもないんですー」
「暇なの?」
「私は暇じゃありません。することがたくさんありますよ。まず葉子さんの観察でしょ? 葉子さんの研究に葉子さんの日々をまとめたり……」
「もういいわ……」
「ふふふ」

 すると女神が、後ろから葉子に抱きついた。背中に豊かな胸を押し付けると、彼女の耳元で囁いた。

「これからは私が、ずっと、ずぅぅぅっとあなたを養ってあげますからね……」
「それは困るわ」

 葉子が即答すると、女神がフリーズした。
 まるで、壊れかけのロボットのようにぎこちない動きをしながら、微笑んだまま問うてきた。

「……どうしてです。今までのように毎日夜遅くまで仕事をしなくてもいいのですよ? 寝不足になることもありません。私が身の回りのことを全てさせていただきます。お身体も洗います。頭から足の爪先まで。家事も全てお任せください。葉子さんはただ私のそばにいて、“のんびり”していればいいのです」

 それは笑顔だったが、怒っているのは明確だった。葉子はため息を吐くと反論した。 

「確かにのんびりしたいと言ったわ! けれど何でもあなたに甘えていたら、私がどんどんダメになっていく気がするのよ」
「いいじゃありませんかぁ! あなたはこれまで頑張って生きてきたのです。これからはたぁくさん私に甘えてください。……ねえ?」

 女神はその指先で、優しく優しく葉子の頬を撫でている。ぽつりと、「可哀そうに。肌まで荒れて……」と呟いた。

「私はもう子供じゃないのよ。この異世界でもちゃんと生活できるようにならないと……!」
「ぐずぐずになるまで愛してあげるのに……。私を受け入れてくれないんですね……」

 女神は葉子から離れると、宙に浮きながらぶつぶつ独り言を言い始めた。
 お互い、しばらくの間無言だった。ふと、葉子は口を開いた。

「そういえば」
「……何ですか」
「あなたの名前、まだ聞いてない。良ければ教えて欲しいよ」

 女神は無表情で視線も定まっていない様子だったが、葉子のそばに下りたときにはいつもの笑顔に戻っていた。

「…………。申し遅れました。私のことはフローラとお呼びください」

 女神はフローラと名乗り、深々とお辞儀した。
 だが、彼女が名前を名乗るまで、一瞬の間があったことを葉子は見逃さなかった。

(フローラって確か花って意味だったっけ? だけど、名乗るのにそんなに時間がかかるものかしら。もしかして、何かそうせざるを得ない理由があったり、本当の名前は別にあるとか……)

「えーと、それじゃあフローラ様。今後ともよろしくね」
「なぜ……様付けなのですか!? うぅ、ひっく……」
「そ、そんな泣くほどのことなの? だってあなたは女神様で私は一般人よ。神様には敬称を付けなきゃ失礼でしょ?」
「駄目……っ。私はあなたにフローラと呼ばれたいのです!」
「じゃあフローラさん!」
「ああんっ。まだ距離があります! どうぞ、フローラとお呼びください」
「注文の多い女神ね……。それじゃあ、フローラちゃん」
「……」
「ちゃん付けもだめなの? 私、フローラちゃんってかわいいと思うんだけどなぁ」
「ふへっ……!?」

 そのとき女神に電撃が走った。
『フローラちゃん』と葉子の唇が一文字ずつ発音している。フローラちゃん。フローラちゃんフローラちゃん……。

 女神の中で、何度もその言葉が反芻される。次第にその言葉で心がぬくもり、またとてつもない恍惚を覚えた。

「……ああっ、とても……気持ちがいいです。身体が火照ってしまいます。ふう……」
「あ、あのぅ……大丈夫?」
「はーい! 私は大丈夫です!」
「じゃあ、よろしくね。フローラちゃん」
「はいっ! こちらこそよろしくお願いしますね。これからはその名前、たぁくさん呼んで私を可愛がってくださいね? うふふっ」

 しばらく歩いていて葉子は立ち止まった。後ろから、「どうしたんですか?」と聞こえる。

「私も着替えなきゃいけないけど、あなたのその恰好どうにかならない……?」
「確かにそうですねぇ……。少々お待ちください」

 フローラがそう言うと、ふわりと光に包まれた。葉子は眩しくて目をつむった。
 次に目を開けると、メイドに近い恰好をしたフローラの姿があった。

「それでは、あなたの使用人という設定でいきますね?」

 年の頃は二十歳前後だろうか。サラサラの長い髪の毛は三つ編みにハーフアップされている。服を着ていてもわかるくらい今にもはちきれそうな胸……。フリルのついたエプロンにロングスカート。スリット部分からは色白の足が覗いている。
 葉子は思わず叫んだ。

「けしからん……! ガーターにニーソ! かわいい!」
「あら」
「あ、ごめん……! 学生の頃からメイド服に憧れてたのよ。ほら、クラシカルな方……」
「それなら今度着てみます? あなたなら絶対似合いますよ」

 フローラが、葉子の上半身に胸を押し付けてきた。彼女は顔が赤くなるのを感じ、鼓動が早くなる。

(女同士なのに、どうしてこんなにドキドキするのかしら……)

 すると、フローラのシャツのボタンが一つ飛んでいった。葉子は唖然とした。シャツの中から胸が見えているのだ。彼女が不思議そうに小首を傾げる。
 葉子は、思わずシャツのボタンに手を伸ばしていた。

「あらあら。葉子さんったら、ずいぶん積極的ですねぇ……。ふふ、見るだけではなく、好きなだけ触ってくれてもいいのですよ?」

 無言で、フローラのシャツのボタンをプチプチと外していくと、豊満なバストが現れた。次にロングスカートを捲っていくと、彼女の下半身が露わになった。

(ブラを着けてない!? おまけにこの子、何も穿いてない!!)

「だって必要ないですし」

 葉子の心の叫びが漏れていたらしい。

「この服……私好みなのですが、胸がきついんですよぉ。ボタンがすぐ飛んじゃうんです。裸だと過ごしやすいのですが……駄目?」
「だめです! 年頃の女の子がそんな恰好。お腹も冷やしちゃだめ!」
「葉子さん。この肉体は若い娘と同じですが、私の実年齢はもっと上です。人間ではないので生理もないし、破壊されてもそのうち再生します。なぁんにも心配しなくて大丈夫ですよ」
「はあ。私がこの子を守らなきゃ……」
「逆です。あなたは私に守られていればいいのです」
「……。せめて下着を穿いてちょうだい。あなたは、女の子なんだから」
「あなたが言うならそうします。その代わり、私に似合う下着を選んでくださいね? 楽しみにしています」
「わかった。明日街の店に行ってみよう。案内お願いね」
「はいっ。任せてください!」

 そうして二人は、新しい住居に辿り着いた。

「空気がおいしい」

 青空と緑の景色に癒されながら、葉子が伸びをしていると、再びフローラに抱きつかれた。 

「葉子さん葉子さんっ。好きです! 結婚しましょう!」
「はいはい。でも私たち女同士だけど……」
「性別や種族を超えた愛は尊いと思いませんか? それに私は、両刀なので何も問題ありません!」

 そう言ってフローラは、葉子の頬に優しくキスをした。
 
「ああそう……? 私はできれば異性がいいな……」
「何か言いました?」
「……よーし、明日はあなたの下着買いに行って、かわいいわんちゃん探しに行くわよ!」
「はい!」
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