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スライム技師

第3話 イスパラルの遺産

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 地下室は6m四方程の広さで、石で組まれていた。
 壁の2面は本棚で埋められ、一面は工具や素材らしきものが置かれた棚になっている。
 そして、階段の下には寝台と机が置かれていて、寝台に人間サイズの人形が寝かされており、腹の部分の蓋が外されていた。

「何で、人形のお腹に魔石が?」

 人形のお腹に魔石が据え付けられていて、それが光と魔法式を立ち昇らせている。
 魔石は、スカスカになっていて、一目で魔力を吸いつくされた後の残滓みたいな状態だと分かる。

 人型の魔道具なんて聞いたことがない……

 それに、どれだけの期間密閉されていたのだろう。
 室内は饐えた匂いが満ちていた。

 とりあえず、状況は分かった。
 明日、送風の魔道具と魔石を持ってきて、もう少し調べてみよう。

 それにしても、魔石から直接魔力を抽出する方法なんて、聞いたことがない。
 あの人形の胸にあった魔石は、何のために使われているのだろうか……


 ギルドで働き始めて半年でスライム技師Cランクに昇格した私は、個室を与えられ自由に研究する事ができる。

「大きい魔石が欲しいんですけど。ありませんか?」

「溶解液じゃなくて魔石なのかい?」

「ええ。魔石から直接魔力が取り込めないか試してみたくて。」

「魔石からの起動か……、初期設定の魔法式に100年以上取り組んできて、未だに成功事例がないんだ。無駄だと思うけどな。」

「でも、興国歴以前は魔石を使っていたって教わりました。」

「だが、興国歴以前の300年戦争で、その技術も知識も完全に失われちまったんだ。」

「それって、300年戦争で滅んだイスパラル帝国の技術だったんですよね。」

「ああ、この半島にあった国だな。敗戦の時に、当時の皇帝が全ての”魔法具”と資料を焼いちまったせいで、何も残らなかったんだよ。」

「そういえば、イスパラルの文字って、私たちの使っているライム文字とは違うんですよね。」

「まあ、占領当時はイスパラル国民も大勢いたからな。文字の対比表なら、そこの本棚にも入ってるぞ。遺跡とかで彫られている文字もあるからな。」

「へえ、それ借りていいですか?」

「ああ、そんなもん使うやつはいねえから、好きにしていいぞ。ほれ、今ある一番でかい魔石だ。」


 埋められた地下室と、人形にセットされた魔石。
 あれは、1000年以上前の、イスパラル時代のものではないのか。
 1000年前の本や棚の木材がそのまま残っているとは考えにくいが、腐食防止の魔道具が作動していたとしたら、可能性はゼロではない。

 ちなみに、イスパラル帝国は、ネコ型獣人族の国で、今でも奴隷の多くはイスパラル帝国の末裔だ。
 ごく一部の例外はあるが、イスパラル人との混血はタブーとされている。
 占領当時は、30万人いたとされるイスパラル人も、今では10%程度しか残っていないらしい。
 それでも血が絶えないのは、多産が理由であり、彼らは一度に5人程度出産すると聞く。


 その日の仕事を終え、送風の魔道具と魔石を持ち帰った私は、まず、人形の魔石交換を試してみた。
 魔石というのは、魔力が結晶化したものであるため、ボロボロでスカスカの魔石は、触れば霧散してしまうだろう。
 私は慎重に持ち帰った新しい魔石を、人形の腹に近づけていった。
 元の魔石と比べると、多少サイズは小さいが問題はないだろう。

 ボロボロの魔石と新しい魔石が接触する寸前、急に強い光が発せられ驚いた私は魔石を離してしまった。
 光が見える私には、古い魔石から発した光が、新しい魔石に吸収されるように見えた。
 そして、古い魔石は消滅して、同じ位置に新しい魔石が鎮座している。
 新しい魔石は、少し浮いているようだったので、上から押してやると”カチッ”と音がして固定されたようだ。

 だが、新しい魔石をセットしても、人形に変化は見られない。
 人形とはいうものの、金属質の顔にガラス玉らしい目がついているだけで、髪もないし口もない。
 鼻の形はあっても、穴も開いていないので外見だけなのだろう。
 耳はなく、手足に爪はない。

 全身が金属質なのだが、腹の蓋を持ち上げたところ、鉄よりも軽い。
 こんなに軽い金属を、私は知らない。

 人形の体は金属らしいのだが、錆は見当たらない。
 身体を覆ったホコリを拭いてやると、鈍色の光沢を取り戻した……。

 人形の腹の中には、10cm四方くらいの銀板が左右に各20枚重なるように据え付けられており、その表面には文字らしきものがびっしりと刻まれている。
 普通に考えれば、これが魔法式なのだろうが、何が書かれているのかは予想もできない。

 私は人形をそのままにして、本にとりかかる事にした。
 本棚には100冊以上が並べられているが、まずは机の上に置かれた本のホコリをふき取り、慎重に表紙をめくった。

 書かれている文字は、やはりイスパラル文字だった。
 持ち帰ったイスパラル語対比表と見比べながら、ライム文字にしてノートに書いていく。
 もちろん、文字を書き換えても意味をなさない。
 持ち帰った本は、単語を対比したものであり、私は未知の言葉に取り組む事になった。


 家に帰ってから寝るまでの5時間。毎日私は翻訳に没頭した。
 5時間かけても、2ページの翻訳がやっとだったのだが、1000年前の記録に私は引き込まれていった。

 この部屋の主は、ニケ・ラグラーンという魔法技師だった。
 今では、魔道具師もしくはスライム技師という呼称を使っているのだが、イスパラルでは魔法具・魔法技師と言っていたようだ。
 最初に開いた本は、ニケ氏の日記のようなもので、これによれば、イスパラルの魔法技師達は皇帝に反発して、魔法具の戦争利用に抵抗し、多くの魔法技師がこのような地下室を作って研究していたようだ。
 ニケ氏の研究分野は、オートマタもしくはマジックドールと呼ばれる自律式の魔法具で、実際に実用レベルまで仕上がっていたようだ。
 だが、マジックドールを殺戮兵器にされる事を畏れたニケ氏は、稼働していた3体のうち1体だけを機能停止状態にして、2体は兵士の前で破壊してしまった。
 つまり、ここに残っているドールは、機能停止状態だという事だ。

 日記を読み進めるうちに、私は聡明なイスパラル人に魅かれていった。
 当初考えていた”ケモ耳モフモフメイド”としてではなく、”人”として接してみたくなったのだ。
 もちろん、毎日の食生活を支えてくれる冒険者ギルドの酒場のメニューに飽きてしまったのも大きな理由だったが……。


 そして、とある休日、私はギルドマスターの紹介状を持って、奴隷商を訪れた。

「ほう、セズールギルド長の紹介ですか。」

「はい。奴隷を買うのは初めてですから。」
 
「それで、どのような奴隷をご希望ですか?」

「家事のできる猫耳のメイドを探しています。」

「お若いようだが、メスでよろしいのですかな?」

「えっ?」

「性的な用途は?」

「いえ、家事だけでいいです。」

「初めてなら、反抗的なネコよりも、ウサギとか犬系の方がよろしいのでは?」

「いえ、ネコが好きなんです。」

「ふむ……、今、当店で扱っているメイド系のネコは1匹しかいないのですが……」

「見せてください。」

 奴隷は、人間扱いしてはいけないので、匹とか非人間的な呼称を使う。
 人間扱いすると、反奴隷思想の持ち主だと見られ、店側も不信感を持つため注意するよう言われてきた。
 1匹しかいないというのも、奴隷商の常とう句らしい。

 連れてこられた奴隷は、私と同じくらいの年齢で、赤毛ショートの娘だった。


【あとがき】
 首の痛みを紛らわせるため書いてます。
 1万文字で終わるのか、コレ……
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