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第一章
第4話 開戦前夜
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衛星基地フォボスに上って最初に行うのは、搭乗する宇宙船の艦長への挨拶だ。艦長室のドアをノックし声をかける。
「シャ・ノワールのノラ・フォレストです。ご挨拶に伺いました。」
「どうぞ。」
野太い声が入室を促す。
「失礼いたします。今回同行させていただく5人になります。」
「おお。今回はノラか。それに、ケイトとアリサ、ナオミとカイリ……だったよな。」
「はい。よろしくお願いいたします。」
「ノラがいるんなら、今回は楽勝だな。」
「そういうお世辞はやめてくださいよ。うちは誰が来ても同じですから。」
「まあいい。座れ。おいケンジ、お茶を頼む。」
「はい。」
部屋にいた若い兵士が応じる。185cmくらいだろうかガッシリした体格だ。彼はレーダー補助員で何度も共闘している。
「あっ、この前みたいにお客さんに昆布茶なんか出すなよ。」
「大丈夫ですよ。女性にはセイロンのウバと決めてますから。」
「えっ、ウバなんてあるんですか?」
「俺も飲んだことねえぞ。」
「2年に一回のこの日のために調達したんですよ。」
「お前、普通は先に俺に飲ませるもんだろうよ。」
「隊長は梅昆布茶が一番だって言ってるじゃないですか。」
「いやいや、お前そういうもんじゃないでしょ。」
部屋に笑い声が満ちる。6番艦長のホセ少将はそういう方なのだ。部屋にウバ特有の香りが立ち込める。昨日のリノアの煎れてくれたのはダージリンだった。紅茶だけは火星の土では美味しくならないらしいから地球産が人気なのだ。
「リリーも元気なのか?」
「ピンピンしてますよ。もう少し女らしくなってくれるといいんですけどね。」
「ガハハッ、あいつにそんな事を求めても無駄だろ。」
プッとうちのメンバーが吹き出す。リリー、あなた……可哀想。
「そんな事いわないで、お婿さんでもお世話してあげてくださいよ。」
「婿か……、おいケンジ、お前彼女が欲しいって言ってたよな。」
「いやだなぁ、俺の好みはリノアさんみたいに小柄な女性だって言ったじゃないですか。」
ケンジさんが紅茶を出してくれる。
「あら、ケンジさんはリノアが好みなんですね。」
「ほら、レーダー手とサーチャーって似てるじゃないですか。」
「へえ、そうだったんですね。今度リノアに言っておきますよ。」
「はい。是非お願いします!」
どうやら本気っぽかった。とは言っても、戦争が終わらない限り私たちの未来は暗い。大佐にでもならない限りブラックアウトか戦死しかない。12才まで無事でいられる可能性は10%以下。私たちネコを相手にした恋愛は悲劇しか生まない。
魔法師は能力の使い過ぎによってブラックアウトという症状に陥る。いうなれば植物人間だ。脳波では通常の起床時と同じ波形なのだが、外的影響に対して反応がなくなる。原因ははっきりしていないのだが、能力の使い過ぎが原因ではないかと言われているのだが、どこに限界値があるのかまったく解明されていない。そのため、暫定対策として1戦闘における能力の発動を7回以下にしろと厳命されているが、7回以下でもブラックアウトは発生している。
「おいおい、相手はヤマネコと呼ばれた猛者なんだぞ。まあ、ヤマネコの中では一番……」
「一番?何ですの艦長さん?」
ワイルドキャット(ヤマネコ)と呼ばれた一員としては聞き逃せない……。
「い、いや、一番……俺の好み……かな……」
「まあ、好みじゃ仕方ありませんね。」
「……ああ、紅茶が美味いな……」
「ホントですわね、オホホホ。」
出航は明日早朝と教えられた。地球側は10隻、火星側は15隻出陣するとの事。私たちは小さなミーティングルームを借りてコンビネーションの最終チェックをおこなう。
「ケイト、調子はどう?」
ケイトはAクラスのサーチャーである。彼女の調子は戦果に直結する。
「んー、ボチボチですね。」
「アリサはできればSEを捕まえてちょうだいね。」
「はい。」
ヒプノスのアリサがSE(システムエンジニア)を支配することばできれば、ハッカーのカイリがシステムダウンに成功した時に復旧を遅らせることができる。
「今回はアリサが一緒だから、カイリはプログラムの消去でいいわ。」
「はい。」
「うちの割り当ては005と008になるわ。覚えておいてね。私が008を受け持つからみんなは005を狙ってね。」
敵艦には戦闘の都度001から番号が割り当てられていく。今回は001から010になるわけだ。これに対して火星軍の船は2000番からナンバーリングされている。今回搭乗するのは2206番艦となっている。
「「「はい!」」」
「もし、対策されていたらどうしたらいいですか?」
ケイトが不安そうに聞いてくる。
「考えてみて、もし耐魔法コーティングがされていたとしても必ず穴はあるはずよ。レーダー・アンテナ・噴射口とかね。それに、100%じゃないらしいから、あなたの実力なら大丈夫よ。」
「そう……でしょうか……」
「もっと自信をもっていいのよ。あなたはAクラスなんだから。ねっ。」
やはり、耐魔法物質の情報はみんなを不安にさせている。そりゃあそうだ。これまで自分の頼ってきたものが否定されてしまうのだ。正直、私だって不安なのだ。翌朝、私たちは206番艦に乗り込みメインブリッジで挨拶をする。
「おはようございます。」「「「おはようございます」」」
私に続いてメンバーが挨拶するとみんなが口々におはようと返してくれる。各自が名前とポジションを自己紹介する。70%ほどは見知った顔だった。
「おっ、今回はノラちゃんか、こりゃあ楽勝だな。」
生還できる可能性は65%程度なのに、それを感じさせない明るさだった。それでも地球側の10%に比べればはるかに高いのだ。地球側は一か月かけてこの戦場にやってくる。90%の死という恐怖に打ち勝つため、文字通り死に物狂いで攻めてくるのだ。ある程度まで被弾した艦は帰還することをあきらめて特攻に出てくる。どうせ地球に帰れないならば、少しでも火星に損害を与えてやろうと考えるのだ。
死を覚悟した艦は、すべての火器を開放し最後にはこちらの真ん中で自爆しようとする。宇宙船規模の爆発というのは笑い事ではすまされない。言ってみれば360度に向けて、強力な火力で鉄球を打ち出すようなものなのだ。船体の破片が直撃すればこちらも大ダメージを受けるし、何より私たちの後方には守らなければならない火星とその衛星が存在する。火星自体は大気がないものの地下都市であるため、それほどの影響はないが、地上設備や衛星の基地に破片が直撃すれば大ダメージとなる。そのために、戦闘空域を火星から離れた場所として設定しこうして出陣するのだ。
【あとがき】
いよいよ戦闘となります。アニメなどで密集した編隊飛行で戦闘する場面がありますが、あれって味方の艦が爆発した時に壊滅状態に陥ると思うんですよね。それに、爆発した空域に残骸が漂っているなんてありえないですよね。爆発で射出された破片は失速することなく飛んでいきます。やがてどこかの星の重力にとらえられて墜落する。そこから考えると、大気の薄い火星とか月の表面からそういう痕跡が見つかるかもしれませんよね。
「シャ・ノワールのノラ・フォレストです。ご挨拶に伺いました。」
「どうぞ。」
野太い声が入室を促す。
「失礼いたします。今回同行させていただく5人になります。」
「おお。今回はノラか。それに、ケイトとアリサ、ナオミとカイリ……だったよな。」
「はい。よろしくお願いいたします。」
「ノラがいるんなら、今回は楽勝だな。」
「そういうお世辞はやめてくださいよ。うちは誰が来ても同じですから。」
「まあいい。座れ。おいケンジ、お茶を頼む。」
「はい。」
部屋にいた若い兵士が応じる。185cmくらいだろうかガッシリした体格だ。彼はレーダー補助員で何度も共闘している。
「あっ、この前みたいにお客さんに昆布茶なんか出すなよ。」
「大丈夫ですよ。女性にはセイロンのウバと決めてますから。」
「えっ、ウバなんてあるんですか?」
「俺も飲んだことねえぞ。」
「2年に一回のこの日のために調達したんですよ。」
「お前、普通は先に俺に飲ませるもんだろうよ。」
「隊長は梅昆布茶が一番だって言ってるじゃないですか。」
「いやいや、お前そういうもんじゃないでしょ。」
部屋に笑い声が満ちる。6番艦長のホセ少将はそういう方なのだ。部屋にウバ特有の香りが立ち込める。昨日のリノアの煎れてくれたのはダージリンだった。紅茶だけは火星の土では美味しくならないらしいから地球産が人気なのだ。
「リリーも元気なのか?」
「ピンピンしてますよ。もう少し女らしくなってくれるといいんですけどね。」
「ガハハッ、あいつにそんな事を求めても無駄だろ。」
プッとうちのメンバーが吹き出す。リリー、あなた……可哀想。
「そんな事いわないで、お婿さんでもお世話してあげてくださいよ。」
「婿か……、おいケンジ、お前彼女が欲しいって言ってたよな。」
「いやだなぁ、俺の好みはリノアさんみたいに小柄な女性だって言ったじゃないですか。」
ケンジさんが紅茶を出してくれる。
「あら、ケンジさんはリノアが好みなんですね。」
「ほら、レーダー手とサーチャーって似てるじゃないですか。」
「へえ、そうだったんですね。今度リノアに言っておきますよ。」
「はい。是非お願いします!」
どうやら本気っぽかった。とは言っても、戦争が終わらない限り私たちの未来は暗い。大佐にでもならない限りブラックアウトか戦死しかない。12才まで無事でいられる可能性は10%以下。私たちネコを相手にした恋愛は悲劇しか生まない。
魔法師は能力の使い過ぎによってブラックアウトという症状に陥る。いうなれば植物人間だ。脳波では通常の起床時と同じ波形なのだが、外的影響に対して反応がなくなる。原因ははっきりしていないのだが、能力の使い過ぎが原因ではないかと言われているのだが、どこに限界値があるのかまったく解明されていない。そのため、暫定対策として1戦闘における能力の発動を7回以下にしろと厳命されているが、7回以下でもブラックアウトは発生している。
「おいおい、相手はヤマネコと呼ばれた猛者なんだぞ。まあ、ヤマネコの中では一番……」
「一番?何ですの艦長さん?」
ワイルドキャット(ヤマネコ)と呼ばれた一員としては聞き逃せない……。
「い、いや、一番……俺の好み……かな……」
「まあ、好みじゃ仕方ありませんね。」
「……ああ、紅茶が美味いな……」
「ホントですわね、オホホホ。」
出航は明日早朝と教えられた。地球側は10隻、火星側は15隻出陣するとの事。私たちは小さなミーティングルームを借りてコンビネーションの最終チェックをおこなう。
「ケイト、調子はどう?」
ケイトはAクラスのサーチャーである。彼女の調子は戦果に直結する。
「んー、ボチボチですね。」
「アリサはできればSEを捕まえてちょうだいね。」
「はい。」
ヒプノスのアリサがSE(システムエンジニア)を支配することばできれば、ハッカーのカイリがシステムダウンに成功した時に復旧を遅らせることができる。
「今回はアリサが一緒だから、カイリはプログラムの消去でいいわ。」
「はい。」
「うちの割り当ては005と008になるわ。覚えておいてね。私が008を受け持つからみんなは005を狙ってね。」
敵艦には戦闘の都度001から番号が割り当てられていく。今回は001から010になるわけだ。これに対して火星軍の船は2000番からナンバーリングされている。今回搭乗するのは2206番艦となっている。
「「「はい!」」」
「もし、対策されていたらどうしたらいいですか?」
ケイトが不安そうに聞いてくる。
「考えてみて、もし耐魔法コーティングがされていたとしても必ず穴はあるはずよ。レーダー・アンテナ・噴射口とかね。それに、100%じゃないらしいから、あなたの実力なら大丈夫よ。」
「そう……でしょうか……」
「もっと自信をもっていいのよ。あなたはAクラスなんだから。ねっ。」
やはり、耐魔法物質の情報はみんなを不安にさせている。そりゃあそうだ。これまで自分の頼ってきたものが否定されてしまうのだ。正直、私だって不安なのだ。翌朝、私たちは206番艦に乗り込みメインブリッジで挨拶をする。
「おはようございます。」「「「おはようございます」」」
私に続いてメンバーが挨拶するとみんなが口々におはようと返してくれる。各自が名前とポジションを自己紹介する。70%ほどは見知った顔だった。
「おっ、今回はノラちゃんか、こりゃあ楽勝だな。」
生還できる可能性は65%程度なのに、それを感じさせない明るさだった。それでも地球側の10%に比べればはるかに高いのだ。地球側は一か月かけてこの戦場にやってくる。90%の死という恐怖に打ち勝つため、文字通り死に物狂いで攻めてくるのだ。ある程度まで被弾した艦は帰還することをあきらめて特攻に出てくる。どうせ地球に帰れないならば、少しでも火星に損害を与えてやろうと考えるのだ。
死を覚悟した艦は、すべての火器を開放し最後にはこちらの真ん中で自爆しようとする。宇宙船規模の爆発というのは笑い事ではすまされない。言ってみれば360度に向けて、強力な火力で鉄球を打ち出すようなものなのだ。船体の破片が直撃すればこちらも大ダメージを受けるし、何より私たちの後方には守らなければならない火星とその衛星が存在する。火星自体は大気がないものの地下都市であるため、それほどの影響はないが、地上設備や衛星の基地に破片が直撃すれば大ダメージとなる。そのために、戦闘空域を火星から離れた場所として設定しこうして出陣するのだ。
【あとがき】
いよいよ戦闘となります。アニメなどで密集した編隊飛行で戦闘する場面がありますが、あれって味方の艦が爆発した時に壊滅状態に陥ると思うんですよね。それに、爆発した空域に残骸が漂っているなんてありえないですよね。爆発で射出された破片は失速することなく飛んでいきます。やがてどこかの星の重力にとらえられて墜落する。そこから考えると、大気の薄い火星とか月の表面からそういう痕跡が見つかるかもしれませんよね。
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