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第一章

第2話 ノラの日常

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 シャ・ノワールの本部は火星第3シティーのウェストサイドにある。火星の地下都市は、地下1階には農場や家畜飼育エリア、空港・各種機械設備が配置されており、地下2階に公共エリアと一部高官の居住エリアがある。一般市民の居住エリアはその下にある。交通機関はシューターと呼ばれる1から4人乗りのカプセルで行われており、必要な時に任意の場所まで呼ぶことができる。個人用の携帯端末プラタ(プライベート・ターミナル)とも連動しており、自宅へはワンボタンで操作できる。私のアパートは地下4階になる。少佐以上になると兵舎から出て民間アパートへの居住が可能となるのだ。私は自分の部屋の前に立った。プラタと顔認証のダブルでセキュリティーがかかっている。待つこともなくドアがスライドした。
「おかえりなさいませ。」
「ただいま。」
 メイド服姿の美少女が出迎えてくれる。これは3Dの投影画像だ。ロボットメイドを設置することもできるのだが、私の好みで黒髪ロングの東洋風メイドに設定してある。
「トレーニングするからセットしてくれ。ハードモードで頼む。」
「かしこまりました。」
 ホームオートメイドシステムは、すべて音声対応だ。それを私は自分の好みにアレンジしてある。当然メイド服もオリジナルのデザインだ。ホームオートメイドシステムはトレーニングルームの電源を入れ待機状態にしてくれる。ゴーグル付きのヘルメットを装着し声を出す。
「GO!」
 ゴーグルに様々な色彩が映し出される。そのパターンに応じたアクションを要求されるのだ。しかもそのパタ-ンにそぐわない色は敵として撃破しなければならない。指・掌・両手それぞれにレーザーやミサイルなどの攻撃手段が設定されており、それらを駆使して攻略していく。エクササイズとシューティングゲームが合わさったトレーニングなのだ。さらに、ヘルメットから流れる大音量のBGMの中に時折ごく短い不協和音が混ざっている。それは背後に敵が現れた合図であり、そこにも対応が必要なのだ。これらは、運動能力と反射、さらに予測が不可避となっており、高難度かつ毎回チェックされる本人の能力度合によって難易度が上昇する仕組みなのだ。ただ、難易度がMAXになってしまったためシステムにアクセスして30%機能をアップしてある。
 異音を感じた私は、バク宙しながら後方を確認し、暖系の色彩の中にポツンと浮かび上がった青いシミに左手人差し指を向けて熱線を発射。ちなみに、右手からは冷凍系のビームが発射される仕様だ。着地しながら前面に意識を集中し、赤いシミに右掌から砲弾を発射破壊したところで終わった。
「得点は90ポイントです。」
「ふう。今の難易度は?」
「レベル300です。」
 システムが応じる。もう少し難易度の上限を上げないといけないな。私は冷蔵庫から冷えたトマトを取り出してそのままかぶりついた。あまり食に興味のない私にとって、ささやかな贅沢だ。この星でも肉・魚・野菜は入手できるため、個人で調理する人もいるが、私は軍から支給されるチューブフードで十分だと感じている。だから、部屋の中に調理器具や食材といったものは存在しない。トマトを食べ終えた私はオレンジのユニフォームを脱いでランドリーボックスに放り込む。普段から下着はつけていない。裸になった私はシャワールームで汗を流し、全身にボディクリームを塗って紺の短パンと白のタンクトップを身に着けて瞑想カプセルにもぐりこむ。私を検知したシステムは態勢が整うのを待って微振動と心地よい音のパターンですぐに全身をリラックス状態に誘い、私は暗い闇の底に落ちていく。

 深層意識……、私の場合深層意識の世界は緑のワイヤーフレームで構成されている。ここにペイントを施し質感を出すことで本質の理解につなげるのだ。これにより自分のDNA情報を読み取り、私という存在を理解しながら必要があれば書き換えていく。自分の深層意識内の修復を終えたら、次は外部との接触だ。これは言葉にするのがむつかしい。上下左右に移動すると表層意識に出てしまうからだ。深層意識の世界にレイヤーをかぶせていくイメージといったら分かるだろうか。何層ものレイヤーをかぶせていくと外部世界が現れる。外部世界も私にとっては緑のワイヤーフレームで構成されている。昨日は東に向かったから今日は北にする。世の中にシステムと呼ばれるプログラムは数えきれないほど存在する。私が好きなのはそれらの中で本来の性能を活かしきれていないプログラムだ。特にホーム関係のシステムは面白い。連携できるはずの増設ユニットが正しくセットアップされていないとか楽しすぎる。
 この趣味は公言できない。露呈すれば犯罪になるからだ。だが、アクセスの痕跡は残らないし、履歴にも残らない。システム自体が内部処理だと勘違いするからだ。私は慎重にシステムに侵入する。下手なことをしてシステムをフリーズさせたら大変だ。それはクラッカーの所業になってしまう。あらかたを把握したあとで、真っ先に行うのはゴミ掃除だ。システムのバージョンアップ等で本来不要となったはずのプログラムが残っており、それらをチェックし削除していく。当然それに付随するデータも消す。この時点で再起動すれば10%から20%は処理能力が向上するだろう。だが再起動はリスクが伴うから、一番最後に一度だけ行うのだ。ここのシステムは2世代前のOSを使っている。この世代の特徴は処理速度よりも確実性を優先している。何度も扱ってきたOSだけに、どこを手直しすればいいかもよくわかっている。次に中途半端につながっている追加機器だ。今回でいえば、キッチンのコンロが正しく認識されていない。多分、最近買い換えたのだろう。コンロの最新システムと古いOSのギャップが正常に認識できなかった原因と判断できる。ここを手作業で認識させていくのはワクワクする。個人用携帯端末プラタ(プライベート・ターミナル)が近くにないのでここの家主は外出中と判断できる。全部の作業を終えた私は、脳内でシステムをシミュレートしエラーのないことを確認してシステムを再起動した。この脳内シミュレートは私が独自に編み出した技だ。すべての動作を確認した私は、仕上げに今回のバージョンアップをコンソールに表示させる。これで完璧だ。

 脳内時間で約1時間。適度な疲れを感じた私は深層意識経由で表層意識に戻り体を起こした。瞑想カプセルを使うたびに疲れるのは、若干の矛盾を感じるが仕方ない。とりあえず、フォボスに上がるまでの2日間はオフなのだ。何をしようかと考える。


【あとがき】
 1000年以上先の火星を描いてみました。もっととんでもなく変わっているだろうなと思いつつ、現代を踏襲したレベルに落ち着きました。連載開始ということで、2日連続でアップしていますが、次回からは週1金曜投稿となります。

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