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第9章 奪還編

地獄の111丁目 煉獄第七層 ~色欲~

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 煉獄最終層、色欲。ここでは現世で犯罪にならない程度の性欲に溺れた者達が互いを慰め合う(非性的な意味で)層である。

 涙を流しながら互いに抱き合って(非性的な意味で)いる。天界が近いせいか懲罰のような意味合いは薄そうだ。ここまでくれば目指す場所はもうすぐ。デボラを救いだす旅もゴールが見えてきた。待ってろよ! もうすぐだから!

「キーチローさん、あと少しです! あと少しでデボラ様の元に!」
「うふぅぅぅぅぅぅぅっ! 待っててくださいよぉ! デボラ様ぁぁぁぁぁぁ」
「ああ、さっさとこの色欲の層を抜けてデボラが囚われている天界へ急ごう!」

 決意も新たに走り出したが、やはりというか当然にというべきか、この層にもはいた。

「まさかこの層まで普通に無傷で辿り着くとはのぉ。下の若いもんは一体何をやっとるんじゃ」

 現れたのは、白髪、白眉、白髭の杖をついた老人。腰は曲がっており、現世だったら横断歩道を手を引いて送り届けたい風貌だ。

「お爺さんがこの層の番人? ここの対決は?」
「せっかちな小僧じゃのう……、少しは年寄りを敬ってゆっくり落ち着いて行動せんか」
「こっちは人質取られてるんです! そこを退くかさっさと対決方法を教えなさい!」
「お嬢ちゃんもか……、そうじゃな。とりあえず自己紹介といこう」

 マイペースな爺さんにイライラしつつも言葉の強制力が強まっているのか簡単なお願いについては逆らう事が出来ない。

「ワシは、曇天の顧問、雲海じゃ。天界を守り続けて数百年、お主等のような不届き物に処罰を加えておる」
「不届き物といいますが、こっちは言いがかりに近い罪で投獄されてるんです!」
「じゃが、あの施設は天界の秩序を乱す。ワシらによる管理が必要じゃ」
「だからこそ監査は受け入れていたでしょ! 怪我人を出したのはそちらの不手際だし!」

 不毛な問答になりそうだったので語気を強めてしまったが、爺さんはやれやれとばかりに首を横に振った。

「なんともまぁ、地獄の住人と関わる者共はやはり浅ましいのぉ。魔王などと名乗っておるヤツもどうせろくでもない罪人なんじゃろ」
「浅ましいのはおたくのボスなんじゃありませんかねェ」

 雲海がわずかに顔をゆがませる。俺達も般若の形相で応える。

「まぁ、よい。この問答は不毛な様じゃ。ワシはワシの仕事をするとしよう」

 雲海の姿がユラリと揺らめくと突然その姿が消えた。

「消えたっ!?」
「ふーむ、こっちは小ぶりな形のいい尻。こっちは尻尾が邪魔じゃが張りのいい尻じゃの」

 消えたように感じるほどの超スピード。気が付けば雲海はベルと妖子さんの間に収まり、二人の尻を撫でまわしていた。妖子さんの尻尾は総毛立ち、ベルのこめかみには青筋が浮かぶ。

「この……ッ! 色ボケジジイッ!!」

 俺、ベル、妖子さんが雲海のいる場所を踏み抜く。もはや、俺達はこの雲海の事を弱々しい爺さんなどと認識してはいなかった。

 ……が、俺達の足は空を蹴り、地面を僅かに砕き凹ませただけだった。

「断っておくが、ワシは現役じゃ。と、な」
「何をカッコつけてるんだこの爺さんは」

 キメ顔の雲海に女性陣が無言で怒りの闘志を燃やす。

「……妖子さん」
「……ええ、ベルさん」

 恐ろしい形相で二人は視線を交わらせ、そしてまた雲海へと戻す。

「へへっ……! 爺さん、あんた虎の尾を踏んじまったようだな!」

 思わず俺の顔も口調も雑魚キャラに変化してしまうほどだ。

「何……?」

 二人は声を合わせ叫ぶ。

「「デボラ様ならいざ知らず!!!!」」

 妖子さんが狐火を弾丸のように叩きつけ、ベルが何やら詠唱を始める。

「ほっ、ほっ、ほほー!」

 妖子さんの放った狐火は悉く雲海にかわされ、まるで遊んでいるかのようにおちょくられている。

「くっ……! 素早い!」

 すばしっこい敵を相手にするなら対策はいくつかある。こちらより動きが早いのなら点の攻撃より面での攻撃が有効なはずだ。にも関わらず妖子さんは火球を投げ続ける。

「ふむ、何か企んでおるのぉ」

 雲海も軽快にかわしているが、視線から警戒が解かれることはない。ここまで警戒されると有効打が打てるのか心配になる。

「最後の層ですし出し惜しみはやめておきましょう」

 ベルはそう言うと懐から邪心団子を取り出し、ガブリと噛り付いた。怠惰の層でのようにベルの姿が変化し、膨大な魔力が溢れだす。

「ひょひょっ! ナイスバデー!」

 雲海が超速で撹乱しベルの体にしがみつこうとするが、直前で稲妻に打たれたかのように弾き飛ばされる。

「スピードで追いつけないのならカウンターが有効ですわね」
「ふむふむ。ならばワシは距離を取りながら戦うまでじゃの」

 雲海は拾った小石に魔力を込め、投げつける。まるで弾丸のような速さでベルと妖子さんに襲い掛かるが、俺とて呆けて戦いを眺めている訳ではない。身を挺して二人をかばう。

「ふっ! 爺さん、こんな小石じゃ俺の体は貫けない……ぜ」
「むぉっ! お主やりおるな」
「……貫けないが、痛ぇぇぇぇぇっ! ベル、まだぁっ!?」
「肝心なところで締まらない人ですね……、しかしもう完成しました!」

 ベルが両手を天に掲げると四方500メートル程の巨大な立方体が俺達を囲んだ。

「おお? なんじゃなんじゃ?」
「さらに!」

 ベルが同じ動きで俺とベルと妖子さんだけを囲む結界を作り出す。大きな結界の中に小さな結界。ちょうど間に雲海を挟み込んだ形になる。

「キーチローさん! 結界の強化を!!」
「合点承知!」

 結界の強度を増し、大きな結界をどんどん縮小していく。いかに素早い相手でも結界の強度が雲海の攻撃力を上回れば詰み。ぶち壊されればまた一から作戦の練り直しだ。まぁ、簡単に破られるとは思えないが。

「なんと強大な結界! 小癪なぁぁぁっ!」

 先ほどベルに放っていた投石や、拳打など様々試しているが駄目そうだ。みるみる内に結界が狭まり、俺達の結界に近づいてくる。雲海の活動スペースは物置程になり、なおも迫る結界に両手両足を支えにして抗っている。しかし、それでも結界はどんどんその範囲を狭めていく。

 そして、雲海の周りに一畳ほどのスペースが残り、結界を隔てて俺達と会話できるほどの距離になったころ。

「ぐぬっ! この結界を解け! 罪人共!」
「……と申しておりますが」
「当然」
「却下ですわ」

 ベルも妖子さんもセクハラとデボラを罪人呼ばわりした罪を許す気は無いらしい。俺もそのつもりだ。

「ですよね」
「じゃ、行こっか」

 俺達は雲海の両側にある結界を繋げ、雲海のみを囲う一つの結界にした。もはや完全に動けなくなった雲海は不愉快な罵詈雑言を吐き散らしていたが、途中から音も完全に遮断したため、『聞こえませーん』といったジェスチャーで煽った。

 それでもなお、何かを喚き散らしていたが、その中に禁句があった。雲海の口が、『デボラ』『処刑』『下賤』と動いたのを察知し、ベルはさらに結界を圧縮し始めた。

「ベル!!!」

 俺が止めるのが数瞬遅ければ雲海は圧死していただろう。だが、その小さくなった結界は雲海を土下座の格好へ固めていたので、俺達は多少留飲を下げ、そのまま石化させ、その場を後にした。
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