上 下
53 / 125
第4章 箱庭大拡張編

地獄の50丁目 報連相は正確に

しおりを挟む
 俺が、ここにいる全員に雷魔法を打ち落とせたら。などと考えていた頃、興奮冷めやらぬ面々がそれぞれの興奮を口にしながらようやく集まってきた。

 セージ君を除いて最初にやってきたのは、ローズ。やはり冷静沈着な上司は他の浮ついた連中とは一線を画す……かと思いきや、魔王様を褒め称える叙事詩でも書き上げてきたのかと思うほど、箱庭についての賛美が止まらない。

「……ですから、聞いてますか? キーチローさん! デボラ様の魔力が生物はおろか物体にまで影響を及ぼしているのですよ!?」

 はい、聞いてます。デボラはすごい。その一点に関してはもう疑う余地のないほど痛感しております。ええ、もうわかりましたから。

 次にやってきたのはステビア。アルミラージを抱きかかえながらこちらへと向かってきた。

「キーチローさん! 今すぐこのアルミラージに名前を付けてください! そうすれば魔力の影響で声が可愛くなるかも!」

 いつもの弱気な女性の姿はどこにもなく、強い口調で無茶な要求を突き付けてきた。実はもうアルミラージの名前は考えてあるのだが、こんな形での発表になるとは。

「実はピョン太君にしようと思ってました」
「俺の名は……ピョン太」
「やっぱり太い! 声が太い!」

 ファンシーな名前だと思ったのだが、名前自体の方向性は生物への影響は無さそうだ。これはこれで貴重なサンプルではある。

 次はキャラ崩壊してしまった先々代魔王だったはずの人。個性派カメラマンのように被写体に映りの良さを投げかけながら近づいてきた。

「良いよ! 次、木の実食べてみよう! そう! ああ、素敵だ! イイね! これはえる!」
「なにがバエルですか。悪魔の名前じゃあるまいし」
「見てください、このトレントにしがみつくラタトスクの!」

 華目羅を手にしてからというもの、キャラウェイさんは研究対象の記録を残すという名目で日がな一日、生態を撮影している。そして、ついにはスマホ(魔)に写真を残す機能を実装させたのである。今ではすっかり、パシャパシャおじさんの出来上がりだ。

 続いて、デボラ。ダママと会話しながら散歩してきたようだ。

「今回も地獄で色々あったんだねー」
「キーチローは大して役に立たなかったみたいだけど」
「俺もまた地獄行きたい!」

 デボラはウンウンと頷きながらダママの言う事を噛みしめるように聞いている。

「キーチローは戦えないだけで、それ以外は大活躍だったんだぞ! 影の功労者という奴だ」

 マツの厳しいツッコミに対して優しいフォローをしてくれるデボラ。照れくさくなって思わず下を向いてしまう。

 ……そして最後は、というか一向にこっちに来る気配を見せない愚か者。ローズ。

「デボラ、ギャグ漫画テイストのエフェクトになるレベルの雷をローズに落としてくんない?」
「こんなものか」

 轟音と共に一筋の稲妻がローズに突き刺さる。

「ぎゃっ!!!!?」
「集合!!」
「あ、はい……」

 プスプスと黒煙を上げているのにダメージが見られない様はさすがのコントロールとデボラを褒め称えねばなるまい。

「今回は簡易な報告だ。まず、フェンリルの群れが転送されてきたことは皆も知る通り。その他報告事項として、地獄の禁忌キッズが現れた」

 さらりと報告したが、地獄の面々には大変ショッキングな話題だったようだ。

「あの悪童達が……!? なんで今さら」
「今さらって?」
「あの子達の父親が幽閉されて魔王がデボラ様になった時に、暴れすぎてデボラ様にお仕置きされたって聞いたけど?」

 あの二人ならやりそうだ。けど、デボラが単独で?

「あの頃はまだ尖っていたからな……。バリバリの武闘派だった。おまけにケツモチは天界だったし二度と逆らう気が起きないようにしたつもりだったんだがな」

 完全に元ヤンのソレだ。まぁ、魔王だし当たり前か。

「やっぱり、このタイミングの良さは何かありそうですね……」
「まあ、我の鍵さえ無事なら大事あるまい。フェンリルも保護したしこちらに手出ししてくるようなら今度こそ地獄を見せてやる」
「地獄なら毎日見てるでしょうに」
「いいツッコミだ! キーチロー!」

 という訳で双子の件は割とあっさり保留になった。確かにこっちの戦力を見て逃げ出したのだから戦力を分散させない限り大丈夫のような気もするが。

「さて、この箱庭にもとんでもない変化が起きたのは皆も知っているな?」
「ええ、生物に変化を与えたことよりある意味驚きです」

 キャラウェイさんは眼鏡をクイッと上げながら真面目な顔で答えた。先ほどとは別人のようだ。

「アルカディア・ボックスよ! 聞こえておるな!?」
『はいはーい、聞こえておりますよー』
「これからお前を呼び出したい時は“アル”と呼ぶ! 長いのでな。良いな?」
『名前どころかニックネームまで! 身に余る光栄でございまーす』
「では、アル。今後も宜しく頼む!」

 アルは嬉しそうに返事をし、一同も拍手でアルに歓迎の意を示した。

「そしてさらに、アルはレベルアップすることも分かった。この先どう変化するのか分からんが、箱庭はますます発展していくであろう!」

 一同はさらに大きな拍手をデボラに送った。なかでもベルはスタンディングオベーションで喝采を送っている。

「名前を付けることで魔力に大きな変化が現れるのがハッキリしたので、ラタトスク達にもここは一つ名前を付けてみようと思う」
「コントロール出来ますかね?」
「我が思うに、名前を付けることでそのものの十全のポテンシャルを発揮するという事ではないかと推測している。まあ、フェンリルやケルベロスなどはポテンシャルそのものが高そうではあるが」

 確かに今のところ最古参のカブタンに危険な兆候は見られないしデボラの決定なら大丈夫だろう。

「……という訳で、命名係はキーチロー! 任せたぞ!」

 あ、いつの間にか重要な役に任命されていた。いいのだろうか。俺の命名センスで。任せられたからには頑張って名付けるけど。

「了解! じゃあ、また名前を付けたら紙にまとめて配るよ!」
「よし! では解散! 各自、自由行動!!」

 ローズは待ってましたとばかりに会議室を飛び出した。俺は自分の部屋に戻って自分なりに色々消化してみることにした。名付けも含めて。
しおりを挟む

処理中です...