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第2章 魔犬ケルベロス編
地獄の20丁目 地獄より地獄
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ついに4月に突入した。関係各部署の手元に請求書が残っていないか、未精算の領収書は無いか。全ての売上、原価に証憑は揃っているか。確認すること、打ち込む伝票、用意する書類は山のようにある。
そして、やるべきことを積極的に増やしてくれる輩もいる。阿久津は書類の管理もまともにできないらしく、やっとのことで取り寄せた書類をなぜかメモ用紙として利用していたのだ。それも、接待用のお店の電話番号ごときを。寄りにも寄って印字されている側に。
いや、常識的には裏紙に利用したところでアウトなのだが、彼は注意をまともに取り合う気はないようで、謎の電話番号やメモがデスクに散乱している。ベルや広瀬さんへのちょっかいは相変わらず継続しているようで、ベルの機嫌が日に日に悪化していき、広瀬さんは具合が悪そうになっていく。
「キーチローさん、ちょっと」
「は、はい」
会議室に突然呼び出された俺はベルの表情から大体の事情を察していた。
「思いのほか、面倒な生き物ですね。地獄に来たら可愛がってやりたいぐらい」
「下手をすると喜びかねませんよ。奴は」
ベルが暗く笑った。英語で言うとダークスマイルだ。
「人間は地獄という場所をまだまだ甘く見ている」
「……といいますと?」
「そうですね。キーチローさんは地獄に関してどのように理解していますか?」
「生前、罪を犯した者が裁かれ、罪に応じた罰を受ける……場所?」
「罪、とは?」
「日本だと、殺生、姦淫、嘘とか。欧米だと裏切りとか暴食だとかが入ってきますね」
「現世でそれらの罪を犯していない人間などいないでしょう。地獄も同様です。というか地獄の方が当たり前に起きている」
「理解していないのです。極悪人が悪人を裁くという恐ろしさを。現世で犯した罪を裁くのは地獄の住人なのですから」
「魔王様やベルさんを見ているとどうしても……ね」
「我々には単純に力があります。極悪人を寄せ付けないほどの。地獄で闘い、敗れた時、『俺の負けだ、殺せ』と言って殺してくれるような優しい連中は存在しません」
地獄を舐めていたわけじゃないが地獄の住人が語る地獄とはこんなにも恐ろしいのか。
「といったところで、彼があちらに行くのはあなたより後でしょう。イラつきますが、極悪人というほどでもなさそうです。もう少し死後の事を心配して欲しいものですね」
「そんな殊勝な性格ならこっちも苦労しないんですがね」
ともかく、ベルも仕事の忙しさと阿久津にイライラが募っているらしい。こんな時はダママの寝姿でも見て気を静めるに限る。
「いざとなったら邪心を吸い尽くして心をブチ壊すか【洗脳】漬けにしますのでご安心を」
「安心しちゃダメな単語が並んでますが、余り可哀そうに思えない……。とりあえず、ほら、この前撮った秘蔵のダママ写真集とヘルワーム脱皮の瞬間です」
「地獄の生物はやはり美しい……」
「普段興味ないような顔してやっぱり好きなんですなぁ……」
「こ、これは飽くまで研究対象としての興味です! とにかく、少し長居してしまったようです。仕事に戻りましょう」
俺とベルは会議室を出ると、自席で仕事を再開した。
「お前、ベルちゃんと仲良さそうだね」
噂をすればなんとやら……か。
「お前と一緒だったら俺とご飯いってくれるかなぁ……。それでさ、お前がいいところで消えてくれれば最高なんだけど」
「お見合いじゃないですか、それじゃ」
「ヘラヘラしてねえでなんかいい作戦考えとけよ! 後、この伝票。きっちり処理しとくように」
2ヵ月も前の領収書を平気な顔で出してきやがって。また数字が変わるだろうがこのアホ! お前本当に経理部の課長か!?
「……畏まりました」
「じゃ、俺ちょっと出てくるから」
デスクワーク中心の事務職なのにコイツが席にいるところをほとんど見たことが無いのは何故だ!?
「アンラッキー君がアンラッキーしてるとなんか落ち着きますなぁ」
「ちょ、ちょっと滝沢さん!」
滝沢パイセン、広瀬さん。俺はね。そう、アンラッキー君なんですよ。
********************
グループ名【ヘルガーディアンズ】
デ:キーチロー! 調子はどうだ!?
喜:そうですね。仕事が忙しくて参ってます。
デ:お前じゃない。ダママだ。
喜:あ、はい。問題なさそうです。今日も麦のクッキーをおいしそうに食べていました。
ロ:今日、私に対してもお手をしてくれました! ダンとマツは積極的ですが、マーは寝てばっかりです。言葉もはっきり話すようになってきました。
デ:良かったな、ローズ。お前の努力の賜物だ。我はもう『待て』と『殺れ』が出来るがな。
ロ:やはり、魔王様……。
********************
地獄の住人の方がよっぽど楽しそうにやってるじゃないか。なんだこの理不尽は。後、どこで『殺れ』を覚えさせたのか。ダママのまわりで殺ってよさそうな生物はいないはずだが……。やはり、魔王様……。
********************
グループ名【ヘルガーディアンズ】
デ:ところで、ヘルワームだがだいぶ大きくなったな!
ベ:エサが良いのです! ロックバードの遺骸などもお気に入りのようでした。
デ:フフフ。魔物が死んでいそうな場所が段々と把握できてきたからな。あと、ドラゴンにも定期的に尻尾を分けてもらうよう、竜王に頼み込んだ。
喜:りゅ、竜王ですか。ファンタジー……。
デ:お前も会わせてやろうか? 逆にエサにされんように気を付けろよ(笑)
********************
(怯)
普通に(笑)とか使いだしてるが、ベルの影響か? エモい絵文字を使う魔王様なんて見たいような見たくないような……。
スマホ(魔)に返信してばかりで、仕事が遅れてしまった。いかんいかん。現実逃避もほどほどにしないとな!
あ、阿久津の残していった伝票……。これ、部長に決裁もらっておかないと(泣)ベルの残していった地獄の逸話はそれはそれで恐ろしいが、今自分が置かれている状況は人間界においては割とハード目な部類にランクアップしてきたぞ。うっかり過労であの世や異世界転生なんてもってのほかだ。
俺は生きて地獄へ行く二人目の人間になるんだ!
そして、やるべきことを積極的に増やしてくれる輩もいる。阿久津は書類の管理もまともにできないらしく、やっとのことで取り寄せた書類をなぜかメモ用紙として利用していたのだ。それも、接待用のお店の電話番号ごときを。寄りにも寄って印字されている側に。
いや、常識的には裏紙に利用したところでアウトなのだが、彼は注意をまともに取り合う気はないようで、謎の電話番号やメモがデスクに散乱している。ベルや広瀬さんへのちょっかいは相変わらず継続しているようで、ベルの機嫌が日に日に悪化していき、広瀬さんは具合が悪そうになっていく。
「キーチローさん、ちょっと」
「は、はい」
会議室に突然呼び出された俺はベルの表情から大体の事情を察していた。
「思いのほか、面倒な生き物ですね。地獄に来たら可愛がってやりたいぐらい」
「下手をすると喜びかねませんよ。奴は」
ベルが暗く笑った。英語で言うとダークスマイルだ。
「人間は地獄という場所をまだまだ甘く見ている」
「……といいますと?」
「そうですね。キーチローさんは地獄に関してどのように理解していますか?」
「生前、罪を犯した者が裁かれ、罪に応じた罰を受ける……場所?」
「罪、とは?」
「日本だと、殺生、姦淫、嘘とか。欧米だと裏切りとか暴食だとかが入ってきますね」
「現世でそれらの罪を犯していない人間などいないでしょう。地獄も同様です。というか地獄の方が当たり前に起きている」
「理解していないのです。極悪人が悪人を裁くという恐ろしさを。現世で犯した罪を裁くのは地獄の住人なのですから」
「魔王様やベルさんを見ているとどうしても……ね」
「我々には単純に力があります。極悪人を寄せ付けないほどの。地獄で闘い、敗れた時、『俺の負けだ、殺せ』と言って殺してくれるような優しい連中は存在しません」
地獄を舐めていたわけじゃないが地獄の住人が語る地獄とはこんなにも恐ろしいのか。
「といったところで、彼があちらに行くのはあなたより後でしょう。イラつきますが、極悪人というほどでもなさそうです。もう少し死後の事を心配して欲しいものですね」
「そんな殊勝な性格ならこっちも苦労しないんですがね」
ともかく、ベルも仕事の忙しさと阿久津にイライラが募っているらしい。こんな時はダママの寝姿でも見て気を静めるに限る。
「いざとなったら邪心を吸い尽くして心をブチ壊すか【洗脳】漬けにしますのでご安心を」
「安心しちゃダメな単語が並んでますが、余り可哀そうに思えない……。とりあえず、ほら、この前撮った秘蔵のダママ写真集とヘルワーム脱皮の瞬間です」
「地獄の生物はやはり美しい……」
「普段興味ないような顔してやっぱり好きなんですなぁ……」
「こ、これは飽くまで研究対象としての興味です! とにかく、少し長居してしまったようです。仕事に戻りましょう」
俺とベルは会議室を出ると、自席で仕事を再開した。
「お前、ベルちゃんと仲良さそうだね」
噂をすればなんとやら……か。
「お前と一緒だったら俺とご飯いってくれるかなぁ……。それでさ、お前がいいところで消えてくれれば最高なんだけど」
「お見合いじゃないですか、それじゃ」
「ヘラヘラしてねえでなんかいい作戦考えとけよ! 後、この伝票。きっちり処理しとくように」
2ヵ月も前の領収書を平気な顔で出してきやがって。また数字が変わるだろうがこのアホ! お前本当に経理部の課長か!?
「……畏まりました」
「じゃ、俺ちょっと出てくるから」
デスクワーク中心の事務職なのにコイツが席にいるところをほとんど見たことが無いのは何故だ!?
「アンラッキー君がアンラッキーしてるとなんか落ち着きますなぁ」
「ちょ、ちょっと滝沢さん!」
滝沢パイセン、広瀬さん。俺はね。そう、アンラッキー君なんですよ。
********************
グループ名【ヘルガーディアンズ】
デ:キーチロー! 調子はどうだ!?
喜:そうですね。仕事が忙しくて参ってます。
デ:お前じゃない。ダママだ。
喜:あ、はい。問題なさそうです。今日も麦のクッキーをおいしそうに食べていました。
ロ:今日、私に対してもお手をしてくれました! ダンとマツは積極的ですが、マーは寝てばっかりです。言葉もはっきり話すようになってきました。
デ:良かったな、ローズ。お前の努力の賜物だ。我はもう『待て』と『殺れ』が出来るがな。
ロ:やはり、魔王様……。
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地獄の住人の方がよっぽど楽しそうにやってるじゃないか。なんだこの理不尽は。後、どこで『殺れ』を覚えさせたのか。ダママのまわりで殺ってよさそうな生物はいないはずだが……。やはり、魔王様……。
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グループ名【ヘルガーディアンズ】
デ:ところで、ヘルワームだがだいぶ大きくなったな!
ベ:エサが良いのです! ロックバードの遺骸などもお気に入りのようでした。
デ:フフフ。魔物が死んでいそうな場所が段々と把握できてきたからな。あと、ドラゴンにも定期的に尻尾を分けてもらうよう、竜王に頼み込んだ。
喜:りゅ、竜王ですか。ファンタジー……。
デ:お前も会わせてやろうか? 逆にエサにされんように気を付けろよ(笑)
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(怯)
普通に(笑)とか使いだしてるが、ベルの影響か? エモい絵文字を使う魔王様なんて見たいような見たくないような……。
スマホ(魔)に返信してばかりで、仕事が遅れてしまった。いかんいかん。現実逃避もほどほどにしないとな!
あ、阿久津の残していった伝票……。これ、部長に決裁もらっておかないと(泣)ベルの残していった地獄の逸話はそれはそれで恐ろしいが、今自分が置かれている状況は人間界においては割とハード目な部類にランクアップしてきたぞ。うっかり過労であの世や異世界転生なんてもってのほかだ。
俺は生きて地獄へ行く二人目の人間になるんだ!
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