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第2章 魔犬ケルベロス編
地獄の14丁目 断末魔の叫び
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「――なあ、よいであろう!? ちゃんと世話するから!」
「いけません! ここでは飼えません! まだ手の掛かる子たちもいるのに!」
「こいつなら、成長すれば番犬として役に立つから!」
「ここに襲ってくる魔物はいません! 元の場所に返してらっしゃい! 結局俺たちが世話することになるんだから!」
「キーチローのバーカ! 人でなし!」
魔王に人でなしと言われる日が来るとは夢にも思わなかった。地獄を総べる魔王が人の道を説くとは。しかし、今の状況で新種の魔物を増やす余力はない。新年早々、俺とベルは修羅場を迎えているからだ。
「ベルさん、これ頼まれていた資料です!」
「次はこの資料を滝沢さんと手分けして作って! 出来たら監査の先生方に送っておいて!」
「は、はい……!」
「安楽君! 電話! 質問事項だって!」
「アンラッキー! ここに元資料あるから先に俺はここやるね!」
「は、はーい……!」
「安楽君、ここの修正後でお願いしますね?」
今や新卒である俺とそこらじゅうの人から知識を【転送】したベルの間には大きな仕事能力の差があった。というかもうベルはベテランの域だ。もはやどこに向かっているのかおそらく本人にもわかっていない。家賃を捻出するためだけに始めたある意味サイドビジネスなのにいつの間にか会社の主要人物になりつつある。
そしてこの慌ただしさには立派な理由がある。経理にとって年4回のイベント、決算が我が来都カンパニーにも訪れていたのだ。会社中から取り寄せる資料。関係先に提出する資料の作成。やることは山ほどある。さすがに徹夜なんてことはこのご時世、運よく免れているが、日々の帰宅時間が21時、22時なんてことはザラにある。
そんな中、魔王様が拾ってきたのが、“犬”だ。チラッと見た感じ首輪がついていた。ただ、俺の知る犬と少し違うのは、首輪が3つついているという事だけだ。現代日本に生きる若者から中年までで、この生き物を知らない奴は2割もいないだろう。
そう、魔犬ケルベロスだ。
そして、世間のイメージとまた少し違うのは、このケルベロスがまだ可愛らしい子犬だという事だ。これにはさすがに俺も揺らいだ。どこぞのコマーシャルでもあるまいが、6つの目が瞳をウルウルさせながら『くぅ~ん』と鳴いた日には仕事の疲れなんぞは吹き飛ばすほどの威力を持っている。
だがしかし、現実は非常だ。何しろこっちは自分の飯より先にヘルワームにエサを与えているのだから。連日の腐臭にローズの体調が崩れ、この二日ほどはエサと掃除を二人で回している。ローズはすぐに戻りますからと言っているが、参ってしまうのも無理はない。
そこへもってきて魔犬だ。ヘルワームも一匹増えて大変なのに仕事を増やすとは!
「わかった。キーチロー。お前らの鼻は我が防護魔法をかける。それでどうだ?」
「忙しいのは変わらないと思いますが……」
「忙しいのは人間界の仕事の方であろう! こうなったら会社を更地にして……」
「ちょ、ちょっと!」
「なぁ、キーチロー。聞いてくれ。こいつは前の飼い主に虐待されていたんだ」
「えっ」
「希少生物を虐待しているなんて地獄でもなかなかの極悪人だ。お仕置きしてこのケルベロスは引き取ってきたんだが、ここしか行くところが無いのだ! 頼む!」
なんて卑怯なエピソードだ……。それを聞いて返してらっしゃいというのは魔王様に言われるまでもなく人でなしだ。横で黙って聞いていたベルは涙を流している。
「デボラ様……。なんという懐の広さ……」
「そ、それなら仕事が落ち着くまではデボラ様も飼育に参加してくださいよ!?」
「ああ! もちろんだ!」
魔王様の顔が雨上がりのようにパッと晴れ渡った。
「名前は我が付けてよいか!?」
「どうぞお好きに」
「よし、お前の名前は左からダン、マツ、マーだ!」
驚いた。自分で言うのもなんだが俺よりひどいネーミングセンスだ。三匹揃って断末魔……ってやかましいわ!
「こういう場合って頭それぞれに名前を付けるもんなんですかね? 後、マツとマーが呼ぶとき少しややこしいというか……」
俺は最大限の配慮を以って名前の再考を促したつもりだった。
「ダン! マツ! マー! こっちに来い!」
「オレ……ダン!」
「ワタシ……マツ!」
「オレ……マー!」
失敗に終わった。
てゆーか真ん中女の子なのね。体は一個しかないけど。体オスっぽいけど。個性なら仕方ないよね。繁殖の時(あるのか?)すっごいモメそうだけど。
何はともあれ名前まで決めてしまっては本格的に箱庭の仲間入りと言わざるを得ない。
「ダン! マツ! マー! ようこそ! アルカディア・ボックスへ!」
「うむ! ところで、こいつらは何を食べるんだ?」
「ん? そういえば。何を食べるんだ?」
「ケルベロスの主食は麦やパンで好物は甘いものだと聞いたことがあります」
ベルが眼鏡をクイッと上げながら発言した。
「ならば人間界のものがよかろう! 地獄の味付けは少々スパイシーだからな!」
「とりあえず、子犬の内は牛乳でもあげときますか。少し大きくなったら砂糖の入ったシリアル的なものを」
「ちょうどいいものが見つかったな! ほれ! ついてこい! ダママ!」
「まとめて呼ぶときはダママなんですか……?」
魔王様はは無邪気にダママと戯れている。この人ほんとに地獄出身なのか? 魔王の自覚あるのか?
「キーチローはんも大変やな」
「ホンマホンマ。うちからは離れて飼ってや!」
「近づいたら触手でしばきまわすからな!」
ヘルワームが口々に文句を言っている。まあ、大きくなったら彼らの脅威になるかもしれないから無理もないが。
あ、まずい! なんだかんだで結構時間経ってる!
「ベルさん! 俺たちは帰ってご飯にしましょう! 寝る時間が減る!」
「地獄だけに……ね……フフフ」
「ローズさんは寝ててください! それ言いに来たんですか!?」
「いつまでも寝てられないのと私がモフモフ好きだってことを宣言しに来たのよ!」
「割とどうでもいい!!」
「こんな体調不良なんかあなたの邪心を一口食べれば治る……から……」
「じゃあ、ベルさん、ローズさん、どうぞ!」
二人は目を合わせた後、手を合わせた。
「では、頂きます!」
「あ、それと、デボラ様! 鼻の防護魔法、忘れないでくださいよ!」
「ああ、もちろんだとも! 部下の衛生面を考えるのは上司の務めだ!」
鼻栓を見て笑い転げていた人が言うか……それを!
そして俺は部屋に帰り、遅めの食事をとった後、泥のように眠ったのである。
朝、必要な書類を仕上げるのを忘れていて叫んでしまったのはまた別の、お話。
「いけません! ここでは飼えません! まだ手の掛かる子たちもいるのに!」
「こいつなら、成長すれば番犬として役に立つから!」
「ここに襲ってくる魔物はいません! 元の場所に返してらっしゃい! 結局俺たちが世話することになるんだから!」
「キーチローのバーカ! 人でなし!」
魔王に人でなしと言われる日が来るとは夢にも思わなかった。地獄を総べる魔王が人の道を説くとは。しかし、今の状況で新種の魔物を増やす余力はない。新年早々、俺とベルは修羅場を迎えているからだ。
「ベルさん、これ頼まれていた資料です!」
「次はこの資料を滝沢さんと手分けして作って! 出来たら監査の先生方に送っておいて!」
「は、はい……!」
「安楽君! 電話! 質問事項だって!」
「アンラッキー! ここに元資料あるから先に俺はここやるね!」
「は、はーい……!」
「安楽君、ここの修正後でお願いしますね?」
今や新卒である俺とそこらじゅうの人から知識を【転送】したベルの間には大きな仕事能力の差があった。というかもうベルはベテランの域だ。もはやどこに向かっているのかおそらく本人にもわかっていない。家賃を捻出するためだけに始めたある意味サイドビジネスなのにいつの間にか会社の主要人物になりつつある。
そしてこの慌ただしさには立派な理由がある。経理にとって年4回のイベント、決算が我が来都カンパニーにも訪れていたのだ。会社中から取り寄せる資料。関係先に提出する資料の作成。やることは山ほどある。さすがに徹夜なんてことはこのご時世、運よく免れているが、日々の帰宅時間が21時、22時なんてことはザラにある。
そんな中、魔王様が拾ってきたのが、“犬”だ。チラッと見た感じ首輪がついていた。ただ、俺の知る犬と少し違うのは、首輪が3つついているという事だけだ。現代日本に生きる若者から中年までで、この生き物を知らない奴は2割もいないだろう。
そう、魔犬ケルベロスだ。
そして、世間のイメージとまた少し違うのは、このケルベロスがまだ可愛らしい子犬だという事だ。これにはさすがに俺も揺らいだ。どこぞのコマーシャルでもあるまいが、6つの目が瞳をウルウルさせながら『くぅ~ん』と鳴いた日には仕事の疲れなんぞは吹き飛ばすほどの威力を持っている。
だがしかし、現実は非常だ。何しろこっちは自分の飯より先にヘルワームにエサを与えているのだから。連日の腐臭にローズの体調が崩れ、この二日ほどはエサと掃除を二人で回している。ローズはすぐに戻りますからと言っているが、参ってしまうのも無理はない。
そこへもってきて魔犬だ。ヘルワームも一匹増えて大変なのに仕事を増やすとは!
「わかった。キーチロー。お前らの鼻は我が防護魔法をかける。それでどうだ?」
「忙しいのは変わらないと思いますが……」
「忙しいのは人間界の仕事の方であろう! こうなったら会社を更地にして……」
「ちょ、ちょっと!」
「なぁ、キーチロー。聞いてくれ。こいつは前の飼い主に虐待されていたんだ」
「えっ」
「希少生物を虐待しているなんて地獄でもなかなかの極悪人だ。お仕置きしてこのケルベロスは引き取ってきたんだが、ここしか行くところが無いのだ! 頼む!」
なんて卑怯なエピソードだ……。それを聞いて返してらっしゃいというのは魔王様に言われるまでもなく人でなしだ。横で黙って聞いていたベルは涙を流している。
「デボラ様……。なんという懐の広さ……」
「そ、それなら仕事が落ち着くまではデボラ様も飼育に参加してくださいよ!?」
「ああ! もちろんだ!」
魔王様の顔が雨上がりのようにパッと晴れ渡った。
「名前は我が付けてよいか!?」
「どうぞお好きに」
「よし、お前の名前は左からダン、マツ、マーだ!」
驚いた。自分で言うのもなんだが俺よりひどいネーミングセンスだ。三匹揃って断末魔……ってやかましいわ!
「こういう場合って頭それぞれに名前を付けるもんなんですかね? 後、マツとマーが呼ぶとき少しややこしいというか……」
俺は最大限の配慮を以って名前の再考を促したつもりだった。
「ダン! マツ! マー! こっちに来い!」
「オレ……ダン!」
「ワタシ……マツ!」
「オレ……マー!」
失敗に終わった。
てゆーか真ん中女の子なのね。体は一個しかないけど。体オスっぽいけど。個性なら仕方ないよね。繁殖の時(あるのか?)すっごいモメそうだけど。
何はともあれ名前まで決めてしまっては本格的に箱庭の仲間入りと言わざるを得ない。
「ダン! マツ! マー! ようこそ! アルカディア・ボックスへ!」
「うむ! ところで、こいつらは何を食べるんだ?」
「ん? そういえば。何を食べるんだ?」
「ケルベロスの主食は麦やパンで好物は甘いものだと聞いたことがあります」
ベルが眼鏡をクイッと上げながら発言した。
「ならば人間界のものがよかろう! 地獄の味付けは少々スパイシーだからな!」
「とりあえず、子犬の内は牛乳でもあげときますか。少し大きくなったら砂糖の入ったシリアル的なものを」
「ちょうどいいものが見つかったな! ほれ! ついてこい! ダママ!」
「まとめて呼ぶときはダママなんですか……?」
魔王様はは無邪気にダママと戯れている。この人ほんとに地獄出身なのか? 魔王の自覚あるのか?
「キーチローはんも大変やな」
「ホンマホンマ。うちからは離れて飼ってや!」
「近づいたら触手でしばきまわすからな!」
ヘルワームが口々に文句を言っている。まあ、大きくなったら彼らの脅威になるかもしれないから無理もないが。
あ、まずい! なんだかんだで結構時間経ってる!
「ベルさん! 俺たちは帰ってご飯にしましょう! 寝る時間が減る!」
「地獄だけに……ね……フフフ」
「ローズさんは寝ててください! それ言いに来たんですか!?」
「いつまでも寝てられないのと私がモフモフ好きだってことを宣言しに来たのよ!」
「割とどうでもいい!!」
「こんな体調不良なんかあなたの邪心を一口食べれば治る……から……」
「じゃあ、ベルさん、ローズさん、どうぞ!」
二人は目を合わせた後、手を合わせた。
「では、頂きます!」
「あ、それと、デボラ様! 鼻の防護魔法、忘れないでくださいよ!」
「ああ、もちろんだとも! 部下の衛生面を考えるのは上司の務めだ!」
鼻栓を見て笑い転げていた人が言うか……それを!
そして俺は部屋に帰り、遅めの食事をとった後、泥のように眠ったのである。
朝、必要な書類を仕上げるのを忘れていて叫んでしまったのはまた別の、お話。
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