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第1章 魔虫ヘルワーム編

地獄の4丁目 ヘルワーム生態調査①

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「さて、キーチロー。ヘルワームを放してみてくれないか」
「放すって言ったって北海道程の大きさなんでしょ? 逃げでもしたら追えなくなりますよ」
「大丈夫だ。こいつにはマーキングしてあるからどこにいようと箱庭に入った瞬間にこいつの元に来られる」
「べ、便利ー!!」
 ベルがニヤニヤしているのは何なんだろう。俺は水槽に入ったヘルワームをそっと放してやった。地獄への帰還だ。

 当然、まだ幼虫(?)なのだから素早く動いたりは出来ないようだが、俺は知っている。こいつにはハエぐらいなら捕らえられる触手があることを。とりあえず俺に襲い掛かるようなことは無かったので、見ないふりをしていたが、食肉虫と聞いたからには油断はできない。

 ズル……ズルズル……。

 俺のカブタンは心なしか嬉しそうに地獄の土を這いまわっている。よくよく考えると一般人にはおぞましい光景の様な気がするが、不思議と自分には愛らしく見えた。愛着って大事だな。

「それにしてもこの広さに20cmほどの虫が一匹とは寂しい気もしますね」
「それもそうだな。それに一匹では繁殖するのかどうかも解らん」
「ちなみに地獄にはいきもの図鑑なんてものは……」
「あった気がするな! よし! 我はそれを取ってくる! お前らはとりあえずエサをやってみたりしておいてくれ」

 言うだけ言うと魔王様は光と共に消え去った。しばらく呆気に取られていた俺とベルだが、とりあえず部屋にあった鶏むね肉(58円)を与えてみるかと部屋に戻ってみた。

「何か苦労してそうですね。ベルさんも」
「何が苦労なものか! デボラ様にお仕えできることこそ至上の喜びだ!」

 本人がいなくなってからもこの忠誠心の発揮しようは本物だ。魔王様に心酔しているのがよくわかる。俺なんか陰で上司の悪口ポロポロ出るもんね。

「冷蔵庫には後、何が残ってたかなーっと」
 その時またしてもインターホンが鳴った。魔王様かな? いちいち変な戻り方するな。と思いドアを開けるとそこに立っていたのは魔王様、ではなく鬼の形相で魔王様と同じく仁王立ちしている大家のおばちゃんだった。

「変な音がしたかと思って来てみたら……。これはどういうことだい!!」
「す、すいません! 過激な空き巣でも来たようで! 俺の姿を見て逃げていきました!」
「警察は呼んだのかい!?」
「何も盗られなかったので帰っちゃったー……みたいな……ははは」
「立派な器物損壊でしょうが! 全く税金泥棒どもめ!!」
「あ、このドアは必ず直しますんで!!」
「なんであんたが直すんだい!! やっぱりあんた……!」
「いやいやいや、そういう訳では……」

「あの……こちらのアパートの大家さんですか?」
「誰だい? あんたは」

 いつの間にかベルの頭から角が消え、衣服もそこらの女子大生のような姿に変わっていた。

「私……この辺りで部屋を探しておりまして……」
「働いているのかい?」
「いえ……まだ……」
「敷金や保証金含めて家賃の支払いはどうするんだい!」
「どうにかいたしますわ」
「どうにかってあんた……」
「よろしいですわね?」
「いや……はい……宜しいです」

 あ、魔王様が警察官を追い払ったやつだ。

「では、隣部屋は使わせていただきます!」
「はい。どうぞ」
 ベルはこちらへ振り返ると不敵に笑っていた。危険な女だ。

「さて、ここで問題が一つ。新たに発生しました」
「まだ何か?こっちはドアの修理業者呼ばないと寒くて今夜寝られないんですが」

 俺はもうお腹いっぱいと言う表情で訴えたつもりだったがベルの口から飛び出したのはなんとも魔族らしい恐ろしい言葉だった。

「洗脳魔法は一度使うと定期的に重ねがけをしなければなりませんが、使用を続けるとやがて廃人になります」
「なっ……!」

 悪魔! 地獄の使者! くそっ! 何を言っても罵詈雑言にならない! 大家さんは口は悪いがたまに野菜くれたりするんだぞ!

「……ですが、この程度の事で廃人にしてしまうのも忍びない。事後にはなりますが、この世界でお金を稼がせて頂きます。そうすれば部屋の事は無問題でございますね?」

 おお、見直したぞ! てっきり大家さんの魂をムシャムシャ平らげるのかと想像してしまった。

「はぁ、いいんじゃないでしょうか」
「それと」
「次は何が飛び出すんで?」
「ドアについては復元魔法を使用します。陣と詠唱を併用すれば30分程で修復出来るでしょう」
「おお! 女神様!」
おぞましい事を言わないでください!」

 褒め言葉がそしり言葉に、貶す言葉がベルそのものを表してしまう。全くもってややこしい。

「とはいえ、家賃を払うぐらい収入が安定しているところとなると……」
 魔族が働ける場所ってどこだ? 飲食店? 夜の街? そもそも身分証もないやつを雇う業界なんて数えるほどしかないと思うが……。

「どうせ箱庭の事で連携を取らねばなりませんし、キーチローさんの会社にでも入ってみますかね」
「入ってみますかねってあなた。この世界では身分を証明するものが無いと。そもそも履歴書書けないでしょ!」
「そんなものは小細工でちょちょいとどうにかなります」
「洗脳はだめですよ!」
「失礼な。私とて魔王様に直属として仕える身。【洗脳ブレインウォッシュ】以外にも色々魔法はあるんですよ!」
「例えば?」
「【誘惑テンプテーション】の類ですとか……。【誘惑】ならば【洗脳】ほど脳を汚染せずに済みます」

 ただベルちゃんに誘惑されても就職は難しいと思うが、魔法という事なら……。うーん……。そもそも俺にしたってまだ社会人一年生だ。就職を口利きするなんて立場でもないし、そんなうまくいくかね?

「なるべく男性で権力を持った方を紹介してください」
「あ、もはや決定事項なのね」
「さあ、憂いも無くなったところで箱庭に戻りましょう!」

 すいません。俺には憂いしかないのです。

「何をボーッと突っ立ってるんです?デボラ様がお戻りになるかもしれませんよ! さあ!」

 ベルは鶏肉を持って箱庭へキビキビ歩いていく。あぁ、新米ながらこんな人が同僚か部下にいたら便利だろうなと思う。

「では、念じます。むんっ!」

 箱庭につくと目の前にはカブタン。そして、カブタン……?なぜカブタンが分裂を?

「遅かったな!地獄に戻るついでにヘルワームを一匹調達してきたぞ!」

 魔王様はやはり仁王立ちだ。手には図鑑というより魔術書のような仰々しい装飾の本が携えられている。しかし、いまさらだが魔族(?)の女性(?)というのはどうしてこうも露出が派手なのか。あれでは腕組みのたびに魔王様の魔王様に目が吸い寄せられてしまう。

「どうした! もっと喜べ!」
「ありがとうございます! 繁殖できたらいいですね」

 水槽で飼うわけでもないし、単純に手間が2倍とはならないだろう。やれやれ、素敵な地獄ライフの始まりだ。
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