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第6話 限界患者、鰯田 剛①

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「すぐに検査入院ですね」
「え?」
「あなた、頭や背中がどうこうよりまず、内臓から何からボロボロですよ。健康診断は毎年ちゃんと受けてますか? 栄養はちゃんととってます?」

 魔王襲来の恐怖体験から少し後。せっかくとった有休だが、なんの診断結果も無いままでは流石に怒られると思い、病院へ来た訳だが。
 思いの外、俺の体は限界近くまで酷使されていたらしい。そういえば健康診断は受けたものの、医療機関から来た封筒は無視してたわ。あれ、やっぱマズイやつだったのか。

「検査入院て……有休……使えるかなぁ……」

 とにかくこのままではらちが明かないので会社に電話。例によって例のごとく弊社の魔王にはひたすら長い愚痴というか文句というかいちゃもんというか見当はずれのお小言をたっぷり頂いたわけだが、労災をちらつかせたところ態度がやや軟化した。ネットで調べておいて良かった。あの会社にいて出世を諦めないというのはある意味不屈の精神にも勝る偉大なハートの持ち主である。

「ベアリー、悪いけどそういうことだから。俺の家は好きに使ってくれ。借家だが無茶しなければ二、三日ぐらい文句は言われんだろう。何か言われたら、俺の兄の結婚相手の妹とか適当に誤魔化してくれ」
「分かりました。こちらで色々確かめたい事もありますし、いったん別行動にしましょう。フィールド形成反応があったらこっちに駆けつけますから」

 そうして、ベアリーと別れた二日間は病院に居たとはいえ、俺は忘れかけていた人間らしい生活を取り戻していた。食事は規則正しく、睡眠はたっぷり。久しぶりに会社以外の人間とも会話をした。社畜とは一体何なのだろうか。いや、今後のことを思えば、ここの生活はただの夢まぼろしだったと思っておいた方が幸せそうだ。

 魔王軍からの侵攻が無かったのか、ベアリーも姿を見せなかった。平和だ。いっそあのあたりの記憶も一切合切夢だったことに出来ないだろうか。出来ないだろうな。そんな俺の心を読んだかのようにベアリーが病室に姿を見せた。やや興奮気味で。

「聞いてください! キワム!」
「どうしたんだ」
「こっちの世界にも神がいて、聖石がわずかながら回復できることが分かったんですよ! 神社というところで、祈りとほんの僅かばかりお布施を捧げれば!」

 重大な難問があっさり片付いてホッとすると同時に嫌な予感がした。コイツの金銭感覚は大丈夫だろうか。石に課金とかソシャゲじゃあるまいし勘弁してほしい。コイツに預けたお金は紛れもなく俺の金なのだから。

「いくらかかったんだ?」
「一個百円です!」
「総額で?」
「あ、今回は五千八百円使っちゃいましたけど。まずかったですかね? これでもまだ必要最低限なんですけど……」

 優良な運営だったが、課金者が比較的アホだった。しかもそんだけ払って全回復出来てないのかよ。まあ、戦いに役立つアイテムだし絵とかじゃないしギリギリ許せる……? いやいや、ちょっと待て。相手がラスボスだったとはいえ一回の戦闘で殆んど消費してるんだぞ? 通常戦闘でいくら使うかわからんが頼れば頼るほど課金が増えていくだなんてヤバすぎる。こんな金額を毎回負担させられてはたまらん。早急に仲間を増やして割り勘しないと。

「後、その回復した聖石を使って100均の腕時計を改造しました。これでキワムといつでも通信ができます!」

 これは普通に便利なアイテムが出てきた。俺が本気でヒーローを続けるなら、だが。それよりも、

「前から気になってたんだが、お前、異世界人の割に地球に馴染みすぎじゃないか?」
「私もびっくりです! 古文書に記してあったことがそのままで!」
「古文書ってあの内容が盗まれたっていう?」
「う……、え、えぇ……。あれは大昔にこちらに召喚された勇者が書き残したものらしく」

 ということは勇者は少なくともここ数十年の間に召喚された誰かって事か。半世紀も前じゃ世界の様子もだいぶ違うだろうし。だが、こっちとあっちの間で時間の進み方がだいぶ違うな。

「全部内容覚えてるのか?」
「あ、古文書は特殊な文字で書かれていて、私の一族だけがそれを読み取ることが出来るんですが、内容は全部頭にダウンロードされるんです」

 ダウンロードと来たか……。

「ん? まだ何かあるのか?」
「最後に特大の朗報です! キワム! この病院でガケップ値の高まりを感じました!」
「そうか、ついに俺もヒーロー卒業か。良かった良かった。蛍の光流してくれ」
「違います! 仲間でしょ! なーかーま!」

 やっぱそうだよな。辞めさせてくれる訳ないよな。

「聞いたところによるとこの病院には原因不明の奇病に苦しむ患者がいるのだとか!」
「いるのだとか! じゃねぇよ。病人を戦いに巻き込む気か?」
「スーツにさえ順応すれば半死人だって戦えますよ!」

 駄目だこいつ……早く何とかしないと……

「とりあえず、会いに行ってみましょう!」
「会いにったって相手は原因不明の奇病だろう? 面会謝絶になってるんじゃないのか?」
「いえ? 面会は普通にやってるみたいでしたけど?」

 大丈夫かな。この病院。

「もし、断られたらどうするんだ?」
「その時は聖石を使って魔法で記憶を操作するしかありませんね」
「俺の記憶も消してくれ。今すぐ」
「ダメです。貴方は特別優れたガケップ値の持ち主なんです。逃がしません」
「…………」

 という訳で、くだんの患者の病室へ来てみた。名前は、『鰯田 剛いわした ごう』らしい。弱いんだか強いんだかよく分からない名前だ。俺達と入れ替わりにまだ中学生くらいの女の子が出ていった。彼の家族だろうか。

 中に入ると、全体的な雰囲気として、間違いなくなんらかの病を患っていると誰もが口を揃えるであろう病弱な姿の男が一人、ベッドに横たわっていた。細い腕、こけた頬、生気の無い眼。正直、戦える体とは全く思えない。年のころは二十代半ばと言ったところか。

「こんにちは、鰯田 剛さん、で合ってるかな?」
「ええ。あの、どちらかでお会いしましたでしょうか?」
「いや、面識は無いが少し非常識な話をしに」
「非常識な……? あぁ、保険ですか? それとも壺? 宗教? 生憎、どれも興味ありませんがね」
「いや、そのどれでもない」
「? では、何ですか?」
「言いにくいんだが……、一緒に戦って欲しい」
「はい? 僕はいつ倒れてもおかしくない体ですよ? 入院患者相手に何を言ってるんですか? 原因も不明、医者も匙を投げそうになっている僕に!?」
「ほら、こうなると思った。責任取れよベアリー。ん? ベアリー?」
「こ、この症状……まさか魔素中毒!?」

 しばらく鰯田を見つめていたベアリーが叫んだ。言われてみればそうか、何で気づかなかったんだろう。時期、場所、奇病。全てが異世界の何らかに由来しているとすれば説明がつく。

「鰯田さんが今陥っている状態は、高濃度の魔素に長時間曝された時に陥る症状ですね。心身の衰弱や恒常的な発熱、そして何よりその赤い瞳孔。まず間違いないと思います」
「魔素? 僕は治る見込みがあるんですか?」
「うーん……、魔素に耐性のあるキシカイ星人ではめったに見られない症状ですから、はっきりとした対処方法は確立されていないのです。ただ、協力できることはあるかと」
「キシカイセイ? 精神論の類ですか?」
「いや、ここに居るベアリーはキシカイという別の星と言うか次元から来た異世界人なんだ」
「恐らく、実験の初期にフィールドと魔素の発生装置は展開したものの、魔物を送り込む程のホールを開くことができずに終わったのでしょう。そこに運悪く鰯田さんが通りかかり、倒れてしま……」

 鰯田氏は気が付くと小刻みに震えていた。

「帰ってくれ!! 今は、そんな冗談を受け入れられるような気分じゃないんだ……! まだ小さい妹を残して……あの子にこれからどうやって生きて行けっていうんだ!! ウチの両親はもう亡くなってて、あいつには僕しかいないんだ!! 今は親戚に預けちゃいるが、それもいつまで……」

 怒りをぶちまける鰯田。彼のガケップ値の出所が分かったような気がする。だが。

「まあ、それが正常な反応だわな。いや、悪かった。忘れてくれ。今のはナシ。ゆっくり養生してくれ」
「しかし、キワムいいのですか?」
「ベアリーも妹さん見たろ? これ以上負担はかけられないさ。魔素中毒の件だけはできるだけ協力してやってくれ」
「ですが――」

「きゃあああっ」

 席を立って帰ろうとしたその時、外から女の子の叫び声。不安が増大していく。

「キワム! フィールド反応です!」
柊那ひなの声!?」
「――俺は、不本意ながら。そう、不本意ながら戦っている。だが、悲鳴を聞いて駆け付けないのは道理に反するよな」

 俺は浅いため息を一つつくと、立ち上がりおもむろに叫んだ。

「リヴァァァァイヴ!!」

 変身した俺の姿に動揺する、鰯田。話半分で聞いていた夢物語が目の前で現実になったらそりゃあそんな反応にもなるだろう。

「病院ではお静かに!」

 看護師さんらしき足音が近づいてくる。こんな姿を見られたら大変だ。

「俺は、あんたが仲間になろうとなるまいと信じてくれると信じてるさ」

 俺はそう言うと、ヒーローみたいに窓から飛び出した。
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