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第2話 限界召喚士、ベアリー①

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「た、倒せた……?」

 夢なら夢でさっさと覚めて欲しい。出勤時刻が刻一刻と迫っている。電車の中で寝過ごすなんて最悪と言ってもいい。終電なのだから。終点は人気ひとけの無い山一歩手前の、宿泊地もタクシーもほとんど存在しないような駅なのだから。

「す、凄まじい……なんというガケップ値……」

 夢から醒めるのを待ちながらボケっと突っ立っていると、薄暗い街灯と街灯の狭間から一人の女が現れた。外国籍の人だろうか。

 乏しい明りの中でもわかるサラサラの金髪を一部後ろで束ねた、青い目の魔術師のような杖を持った美少女。ざっと16歳ぐらいといったところ。何やら少し怯えているような素振りも見せているが、彼女もゴブリンに襲われたのかもしれない。

「崖っぷちとは失礼な。流暢な日本語だが君はどちらさん?」
「あ、あぁ。申し遅れました。私、キシカイセイからやってきたベアリーと申します」

 起死回生からやってくるとは? 日本語がまだイマイチ理解できていないのか? いや、これは俺の夢か。夢にしたって支離滅裂だな。

「そうか。起死回生か。分かった。じゃ、おやすみ。いや、おはようか」
「え!? いやいやいやいやちょっと! どこへ行くんですか!?」

 変身解除した俺の袖を掴んで引き留めようとする美少女。ああ、いよいよこれは夢だな。

「どこって、目を覚ますんだよ。早く起きないと野宿する羽目になる上、会社に遅刻してしまう」
「まさか、夢だと勘違いしてます!? 現実ですよ! コレ! げ・ん・じ・つ!」
「ハハハ、何を馬鹿な。ニチアサじゃあるまいし、変身して戦うヒーローなど」
「あの姿は正にキシカイセイに伝わる、回生の騎士『ゲンカイジャー』そのものです!」

 ゲンカイジャー……。ますます戦隊ヒーローじみてきたが、付き合いきれん。さっさと目を覚まそう。こういう時は夢の中でも自分を殴ってみた方が良いのだろうか。

 おもむろに拳を固め、自分の頬をぶん殴ってみたが普通に痛い。泣きそうになりながら再びベアリーとかいう美少女に目を落としてみたが、突然自分の顔を殴った異常者を見て、ドン引きしていた。

「ど、どうしたのですか!? なぜ突然自傷行為を!?」
「え、嘘……だろ?」
「どれがですか!?」
「全部」
「全部本当です! 事実です! 真実です!」

 なるほど、幻覚の方だったか。体調でも悪かったのかな? 二徹ぐらいでこんなに鮮明な幻覚を見るなんて。よし、早く帰って寝よう。眠れば多少なりとも回復するはずだ。俺は、目の前の少女を置いてさっさと帰宅を選んだ。

「うぇ!? ちょ、ちょっと! あの!」

 自宅へと向かう俺の袖を掴んで、なおも食い下がる幻影少女。おかしいな。俺、家に帰りたくないのかな。体が今の生活を拒否している……?

 どちらにせよ眠ることだ。それが一番肉体にとっても精神にとっても最善の治療だ。多少強引にでも帰ろう。そうしよう。

「えーーーー!! この状況で帰ろうとしてるーーー!!! 怖っ!! こっちの世界の住人、怖っっ!!」

 幻影風情が何を怯えているのだ。いや、これは俺の心の闇が生み出した悲しき幻想。心を強く持たねば。強い意志で俺は明日……、いやもう今日か。今日も出勤せねば。データ提出が間に合ったところでまた次の提出期限はすぐそこに迫っているのだ。

「この人無駄に力と意志が強いーーー!! 怖いーーー!! お母さーーーん!!」

 よし、どうにか部屋までたどり着いた。幻影まで引き連れてきてしまったが、俺の知った事ではない。俺は振り払って振りほどいてここまで来たのだ。誰がなんと言おうと誘拐になどなるはずがない。何やらシクシクうるさいが、これは俺の心の泣き声か? そうか、知らぬ間に限界近くまで頑張っていたんだな。だから、“崖っぷち”だの“限界じゃあ”などという女々しいワードが出てくるのだ。よし、今日は寝て、気持ちを切り替えよう。



  ☆☆☆



 ―――――おかしい。俺は、四時間ぐっすり寝たはずだ。なのに、なぜまだ幻覚が見えるのだ。見えると言っても幻影は昨晩騒ぎ疲れたのか、部屋の隅っこで毛布を被って寝ているのだが。これじゃあまるで本格的におかしくなってしまったみたいじゃないか。

 とりあえず、幻影を足でツンツンしてみた。もちろん、問題にならないように念のため腰のあたりを、だ。おかしなことに足には何か触れている感覚がある。

「う、う……ん……」

 笑えることに声まで発した。まるで本当にそこにいるかの様なリアルな感覚だ。俺は早く目を覚まさなければいけない。昨日に引き続き、今回は軽めに頬をつねってみた。なんというリアルな夢だ。痛い。

「は、ハハハ……」

「……やく……、はやく……、早く早く早く、目を覚ませ覚ませ覚ませさませよさませ!! 起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろよおきろおきろおきろおきろおきろおきろおきろおきろおきろおきろオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロオキロ!!!!!!!!!」

 俺は早鐘を打つ心臓を抑えながら家の柱に向かって頭を打ち付けた。変な汗が出てきた。幻覚でゴブリンに殴られたところもそう言えば痛い。いや、これは夢だ。夢でなければ幻覚だ。夢想だ。非現実だ。俺が、女を、未成年らしき少女を、自宅に! つ、つれ……連れ込むなど!!!!!

「ぎゃーーーーー!!! またこの人自傷行為を!!! こ、怖い!!! この世界の人間怖い!!!」
「この世界……? 昨日もそんなことを言っていたな。うん。よーし。よし分かった! どうせ夢なんだ。話を聞いてやろう」

 この質量の有る亡霊も、多少話を聞いてやれば成仏するかもしれない。俺はおもむろに携帯を取り出すと会社に電話をかけた。今は――朝の五時。この時間なら誰か会社にいるだろう。どうせ夢なんだ。隣の部屋から壁に穴が空くかと思うぐらい壁ドンを喰らったが関係ない。あ、繋がった。

「もしもし! 際田です!」
『際田か……どうした?』

 ゾンビと化した先輩の声だ。

「今日、体調がおかしいので有休取ります!!!」
『な、何!? 有休!!? ウチにそんな制度あったか!?』
「そういう事なんで! すいません!」
『お、おい……! 際田!』

 ピッ、プープープー

 やってやった。38度の熱が出た日ですら使わなかった有休を……、今! 使ってやった! いや、高熱以上の異常事態だ。仕方あるまい。

「――で? お前は一体何だ?」
「ひっ……。わ、私の名前はベアリー……、ベアリー・スタインフェルドです。この星とは別の世界、【キシカイ】という星からやってきたのです」

 あぁ、キシカイセイってそういう意味だったのか。

「なるほど良く分かった。親御さんも心配してるだろうし、気を付けて帰れ」

 俺はベアリーを部屋の外へつまみ出した。そうか。異星人か。なら、どんな不思議な事が起こってもしょうがない。どんな星かこれっぱかしも興味無いけどいつか人類もその星にたどり着けて友好を築けるといいな。


~完~






「ちょ、ちょちょちょちょおおおおい!!」

 うるせぇな。

「まだ説明の序章ですらないですよ!! タイトル! タイトルぐらい!!」

 流石は幻影。鍵を閉めたはずの扉から普通に入ってきやがった。

「長ったらしいタイトルだな。ラノベかよ。帰れ」
「帰りません!!! 貴方程高いガケップ値を持った人そうそう居ませんから!」

 まずい。また謎の単語が出てきた。長くなるのかな。夢ならもっと金持ちになる夢とかハーレムめいた夢がいいんだが。全く俺の想像力はいつからこんなに豊かになったんだ。
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