上 下
54 / 804
本編

3

しおりを挟む
「ひっ、酷いですわっ!」


 顔を真っ赤に染め、潤んだ瞳でリラを睨み付ける令嬢。

 酷い、との言葉にリラは思わず口に出す。


「酷いのは、貴女のマナーではなくて?挨拶も出来ない令嬢に、社交界はそれ程甘い場所ではなくてよ?」
[訳=酷いといえば、同位とは言え名前の呼び掛けだけだなんて、挨拶にはなりませんよ?挨拶はきちんとしないと失礼になるし、身分差のある方だと不敬ですし、甘く見てると後々痛い目に合うから気を付けないとダメですよ?]


 リラにとっては忠告だ。そして、リラ本人は真面目に彼女の事を心配しているのだが、心配と言うよりも、絶対零度の冷ややかな雰囲気が辺りに漂う。

 幸い(?)彼女は怒りが上回り、リラの醸し出す雰囲気に何とか呑まれず済んだ。


「はっ……はんっ!誰一人お相手を見付けられないリラ様に言われたくはないわ!知ってらして?ご自身の渾名あだなを。ダンスすら出来ない氷結のーー」


 彼女がリラの渾名を言おうとしたまさにその時、一人の男性がまるで彼女の声に被せるかのように人の波間から抜け出て声を掛けてきた。


「ーー失礼、お会い出来て良かった。私と踊って頂けますか?」


 そこには難攻不落と噂され、どんな美女にもなびかなかった、ずば抜けた美貌を持つ王弟公爵、エドワルド=クルルフォーンがいた。

 誰もが見惚れるその姿を、初めて間近で見たリラも、瞳を大きく見開き驚くしかない。

(この世にこれ程美しい男性がいたなんて……)

 リラの兄も、誰もが振り向く美貌を持つが、その兄を見慣れたリラですら、感嘆する程の美貌の持ち主だ。勿論リラと向かい合っていた令嬢も例外ではなく、彼に見惚れて呆然としていた。

 その令嬢がハッと我に返り、頬を赤らめ返事をする。


「もっ、勿論ですわ、クルルフォーン公爵様!」


 公爵に見られていた気がしていたリラも、令嬢の言葉に自分の勘違いだったと内心納得する。

(それもそうよね。わたくしに声を掛ける男性なんて、いる訳がない。あって賭け事か何かだわ)

 男性は時に下らない賭け事を興じる。誰が誰を誘うのか。もしくは賭け事に負けた罰に誰かを誘うか。自分に声を掛ける男性なんて、そんな者ぐらいだろう。リラはそう考えていた。


「ああ、誤解させてしまったのなら申し訳ない。私がお誘いしたのはエヴァンス侯爵令嬢、貴女ですよ」


 彼は令嬢を冷ややかな瞳で一瞥し、視線をリラに向けて令嬢の横を素通りしながら言い切る。

 “エヴァンス侯爵令嬢”。それは紛れもなくリラを指していた。そしてエヴァンス侯爵令嬢と名乗れる者はリラ以外にいない。エヴァンス侯爵には二人の子供、リラと兄しかいないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...