599 / 804
後日談
2
しおりを挟む
思考が落ちた頭でアシュリーが精一杯口を動かし、震えそうになる声を何とか堪える。
「一つ聞いても宜しいでしょうか?何故わたくしが、貴方を好きでは無いと?」
この婚約は政略だ。
だが、子供の頃から互いを知り、婚約者として過ごしてきたのだ。余程の嫌悪感が無ければ、ある程度の情を持つのは当然の事だ。
彼の容姿に惹かれた女性達に、陰口を言われようと、嫌がらせを受けようと、甘んじて受け流せる程に、アシュリーは彼を好きでいた。
だからこそ、聞きたかったのだ。
「何故って、君は私が前以て訪問すると報せているにも関わらず、着飾るでも無く、外出していたりと、会わない事すら有るじゃないか」
「前以て……?わたくし、貴方が訪ねて来る日は、いつもその日になって聞かされている事の方が多いのですが?」
アシュリーが彼の訪問を知るのは、彼がアシュリーの家に着いてからや、領内視察を終えて帰ってきた後に来ていたと聞く事の方が多い。
その為、家に居ても着替える時間なんて無く、酷い時は、彼が来ている事自体、知らなかった事も有る程で、仕事を理由に謝罪する事が多く、前以て報せてくれていたならばと、幾度も思っていたぐらいだ。
だが、そんなアシュリーの言葉に、婚約者だった男が嫌悪感丸出しの顔を見せる。
「そんな筈は無い。子供の頃なら未だしも、社交界デビューの後は、ずっとカードに花を添えて贈っていたじゃないか。君はその花も、捨てていたと聞いたよ。私がそれを知り、どれ程惨めな思いをしたのか、考えた事は有るの?」
そもそもアシュリーは、花なんて貰っていない。
「悪いけど、今更嘘の言い訳を聞かされても、信じられないよ。君の父上もサラと同じ事を言っていたのだから。君は他に好きな男がいるとも聞いたよ。相手は嫡男だから、泣く泣く諦めていたと。それなら、私とサラがこの家を継げば良いだけの話だ」
身に覚えの無い話に、ふと思い出すのは、時折サラが、花を持っていた事だ。
サラにその花はどうしたのかと聞くと、知人に貰ったと言っていたのだ。
家に来た当初のサラは、時折アシュリーの部屋に来ては、アシュリーの物や、同じ物をよく欲しがっていた。
夜会のドレスを見れば、社交界デビューもしていないのにドレスが欲しいと言ったり、宝石を見れば宝石が欲しいと言ったり。
ドレスはサラに似合うドレスを新調する事になったが、さすがに母の形見の宝石は駄目だと言えば、父が出てきて妹の方が似合うのだから、妹にあげなさいと言う始末。
母の形見だと反論すれば、一度はサラを諦めさせようとしたが、サラに泣かれた為に、アシュリーから取り上げていったのだった。
アシュリーはサラを可愛がっていたが、それ以来、どうしてもサラを避けてしまう事が多くなっていた。
だからこそ、サラが彼に近付いていった事も、彼の気を惹いていた事も知らなかったのだ。
今ここで反論をした所で、ここにはサラがいる。
今ここでアシュリーが事実を言っても、否定され、父と口裏を合わせるだけだろう。
そしてこの男は、サラと父の言葉を鵜呑みにし、アシュリーの言葉に耳を傾ける事無く彼女を悪女とするだろう。
アシュリーは母の形見の宝石を取り上げられた時と同じように、深い絶望を味わった。
「一つ聞いても宜しいでしょうか?何故わたくしが、貴方を好きでは無いと?」
この婚約は政略だ。
だが、子供の頃から互いを知り、婚約者として過ごしてきたのだ。余程の嫌悪感が無ければ、ある程度の情を持つのは当然の事だ。
彼の容姿に惹かれた女性達に、陰口を言われようと、嫌がらせを受けようと、甘んじて受け流せる程に、アシュリーは彼を好きでいた。
だからこそ、聞きたかったのだ。
「何故って、君は私が前以て訪問すると報せているにも関わらず、着飾るでも無く、外出していたりと、会わない事すら有るじゃないか」
「前以て……?わたくし、貴方が訪ねて来る日は、いつもその日になって聞かされている事の方が多いのですが?」
アシュリーが彼の訪問を知るのは、彼がアシュリーの家に着いてからや、領内視察を終えて帰ってきた後に来ていたと聞く事の方が多い。
その為、家に居ても着替える時間なんて無く、酷い時は、彼が来ている事自体、知らなかった事も有る程で、仕事を理由に謝罪する事が多く、前以て報せてくれていたならばと、幾度も思っていたぐらいだ。
だが、そんなアシュリーの言葉に、婚約者だった男が嫌悪感丸出しの顔を見せる。
「そんな筈は無い。子供の頃なら未だしも、社交界デビューの後は、ずっとカードに花を添えて贈っていたじゃないか。君はその花も、捨てていたと聞いたよ。私がそれを知り、どれ程惨めな思いをしたのか、考えた事は有るの?」
そもそもアシュリーは、花なんて貰っていない。
「悪いけど、今更嘘の言い訳を聞かされても、信じられないよ。君の父上もサラと同じ事を言っていたのだから。君は他に好きな男がいるとも聞いたよ。相手は嫡男だから、泣く泣く諦めていたと。それなら、私とサラがこの家を継げば良いだけの話だ」
身に覚えの無い話に、ふと思い出すのは、時折サラが、花を持っていた事だ。
サラにその花はどうしたのかと聞くと、知人に貰ったと言っていたのだ。
家に来た当初のサラは、時折アシュリーの部屋に来ては、アシュリーの物や、同じ物をよく欲しがっていた。
夜会のドレスを見れば、社交界デビューもしていないのにドレスが欲しいと言ったり、宝石を見れば宝石が欲しいと言ったり。
ドレスはサラに似合うドレスを新調する事になったが、さすがに母の形見の宝石は駄目だと言えば、父が出てきて妹の方が似合うのだから、妹にあげなさいと言う始末。
母の形見だと反論すれば、一度はサラを諦めさせようとしたが、サラに泣かれた為に、アシュリーから取り上げていったのだった。
アシュリーはサラを可愛がっていたが、それ以来、どうしてもサラを避けてしまう事が多くなっていた。
だからこそ、サラが彼に近付いていった事も、彼の気を惹いていた事も知らなかったのだ。
今ここで反論をした所で、ここにはサラがいる。
今ここでアシュリーが事実を言っても、否定され、父と口裏を合わせるだけだろう。
そしてこの男は、サラと父の言葉を鵜呑みにし、アシュリーの言葉に耳を傾ける事無く彼女を悪女とするだろう。
アシュリーは母の形見の宝石を取り上げられた時と同じように、深い絶望を味わった。
0
お気に入りに追加
9,250
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる