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第一章 プレイヤーは異世界転移する。その後、カードを一枚引く。

ターン9 カードゲーマー、異世界を知る。④

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◇【エンデュミナ地下 ”春の尻尾”ギルドホーム】

「ふー、お腹いっぱーい」
「ごちそうさまでした」

異世界初の朝食の内容。
馬鹿デカい白身の魚は、香草とパン粉で揚げ焼きに。ダチョウもかくやというサイズの卵のスクランブルエッグ。酢につけてあるらしい山盛りの豆と、チーズとパン。林檎に似た異界の果物と、それで作ったジャムを添えたヨーグルト。

大変美味だが朝からヘビーだ。味噌汁や漬け物が早くも恋しくなってきたのは最早愛国心の賜物か。
因みにナーシャは当然の如くほとんどを一人で平らげた。いったいどんな胃袋をしているのやら。


「じゃ、わたしちょっとイオのお手入れしてくるね!」
「畏まりました。では私は片付けを」
「俺も手伝おう」
「トーヤ様、お気になさらず」

と、断られるがそうもいかない。世話になりっぱなしでは気がすまないので彼女の背を押しながら無理矢理通す。


たわしにも似ているブラシで洗剤──意外にもしっかり液体洗剤がある──を泡立ててながら、ララに色々と聞いてみる。

「この仕事を毎日一人でこなしているのか」
「はい。それが私の務めであり、喜びですから」
「ふむ…ここにはずっと二人暮らしなのか?」
「いえ、最近は二人ですが…ナーシャ様には仲間の方がいらっしゃいましたので」

過去形、ということは、つまりはそういうことなのだろう。
この家、いくら魔法とやらで空間が拡張できるにしても広すぎる。こんな場所に二人暮らしというのはどうも引っ掛かっていた。加えて、家具の類いがギリギリまで減らされているような印象も受ける。


「…トーヤ様、一つお願いを聞いて頂いてよろしいでしょうか」
「俺にできることなら、何でも聞こう」
「……もう少し、この家に滞在していただくことはできますでしょうか」
「それは……」


思わず手を止めララを見る。
相変わらず素晴らしい手際の良さだ。その細腕にどんな力があるのか、大きな鉄鍋を指先で踊らせるように仕舞う。
表情は変わらない。しかし、どことなくそこに憂いを見た気がする。


「願ってもみない事だが…何故」
「ナーシャ様の為です」

そんな彼女の手が、僅かに止まる。この少女は、それほどまでに家人の事を思っているのだろう。
しかし俺には、解せない点がある。

「俺が彼女にとって必要とは思えない。皿洗いの手が足りていない訳でもないだろうに」
「失礼ながら、トーヤ様個人の能力の話ではありません。ナーシャ様は今、問題を抱えておいでなのです。ひいてはそれは、この家の問題ということになります」
「ふむ……」


何となく話は見えてきた。
他所の家の事情に口を挟む気も詮索する気も無いので邪推はしない。しかし、居たという仲間たちが関係することには予想がつく。

「縁もゆかりもない異邦の方に頼むのは筋違いということは承知しております、組合に所属する者としても感傷が過ぎることもです。しかし……」
「すまんが、それで問題が解決するとは考えられん。俺には力不足ではないかと思う。可能なら辞退したい限りだ」

彼女を遮る。
申し訳ないが、事実だ。所詮俺は異界からの来訪者。この世界の問題など理解できようもなく、それをどうこうできるような自負も能力もない。俺にできるのは精々が最低限の家事とカードゲームだけ。

それに、俺はこの異世界に執着する気は毛頭無いのだ。

なにせ、この世界には俺の求める熱い試合ゲームが無い。そんなもの、半身を失っているようなものだ。生きながら死んでいるようなものだ。そんな俺に、何の価値があるのか。


───だが、それはあくまでだ。


「───なので、そんなことで俺の意思の尊重はしなくていい。身勝手に、高圧的に、無理矢理にでもやらせてくれ。俺は絶対に断らんし断れん。
彼女には来る前に言っておいた。この恩はどんなことをしてでも返すと」
「トーヤ様……」


街を巡るときに述べたことだ。彼女にはあたふたしながらやたらと否定されたものだが。

ララは今度は俺を見る。見開かれた目が、初めて明確に彼女の感情を伝えてくれる。

”恩は二倍の恩で、時に仇すらも恩で返せ”
母の言葉だ。俺はこれを胸に今日まで生き、これからもそうしていく所存である。

「ありがとうございます、トーヤ様」
「礼を言われるようなことは言っていないし、まだ何もしていない」
「……それもそうですね。皿洗いや掃除の手は、充分足りておりますし。トーヤ様も普通の人間の割には随分と手際がいいですが…そこまでです」
「手厳しいな。しかし、その通りだ。俺など対して役にたたん。精々小間使いとしてこき使ってくれ」
「はい、畏まりました」



この世界の住人は、どうにもギブアンドテイクがまるでなっちゃいない。
カードゲームなら、リスクとリターンの計算は、神の加護などより大切な必須スキルであるというのに。
まったく、カードが無いというのは実に嘆かわしいことだ。




◇【エンデュミナ都市部 ”黄金角の鹿”亭】


「お前さん、やっぱり中々に筋がいいな。正直はじめはすぐ音を上げると踏んでたが」
「ほんとほんと。こんな調子なら、今度から仕事の募集は異世界人限定でもいいね」
「元の世界ではバイト三昧だったからな。特に飲食業は慣れている」
「へぇ、そっちでもやっぱり食事処は戦場って訳ね」


こちらの世界に来てから一週間の時間が経過した。
俺のすることの中に、今では食事処でのバイトが追加されている。
ここは時給換算で、一日金貨三枚程の儲けになる。貨幣として未だ貴金属が用いられているのは大層驚いたものだが、今ではそれなりに順応してきたのでお代の計算でまごついたりはしない。因みに一日の生活で必要な平均額は金貨一枚分に届かない程度らしく、儲けとしては充分な部類と言えよう。

仕事は決して楽ではない。
神の加護とやらの力で言葉が通じない事はないが、この街には色んな輩がいる。
酔っぱらいに絡まれるなどまだ良いほうで、大きな剣を突きつけられた時などは流石に肝を冷やした。力で勝てるわけもなく、押し寄せてくる客層や時間帯なども、今までの経験などまるで通用しない。ナーシャのように、一人で五人分は食う胃袋の持ち主もいる。

しかし、やりがいは感じていた。なにより、ようやく自分の在り方を掴めてきた気がしている。

……まぁ、カードゲームのカの字も出てこない毎日に、精神的な負荷がないかと言えば嘘になるが。
あぁ、麗しの新パック。俺はいったい何時になったら合間見えることが叶うのやら。


因みに住居は相変わらずナーシャのギルドホームである。なんとも月並みだが、とりあえず一日の食費などはこちらで用意したい所存なので、稼ぎは目下の命題であったわけで、そういう点では俺としてもこの現状に満足している。

────問題は、折角稼いだこの金を、ナーシャやララは頑なに受け取ろうとしないことだ。”お前が稼いだのだからお前が好きに使え”の一点張りで困っている。どんなことをしてでも恩は返すなどと言った手前、このままでは本当に立つ瀬がない。

片付けと閉店準備を速やかに完了させ、店主と先輩の店員方に挨拶もそこそこに店を出る。体は疲れきっているが、そこに労働の充足感を感じる俺は社畜の素質があるのかもしれん。


「あ、やっと出てきた。お勤めご苦労様です」
「イオもつかれたー。トーヤ、ねぎらって」
「わざわざ待っていたのか。その調子だと、今日も依頼だったんだろう?」
「うん、そうなんだけど…今日はちょっと遅くなっちゃってさ、一緒に帰ろうと思って」


何が楽しいのか、疲れているだろうナーシャはにこにこ笑顔である。
そういうわけで、すっかり暗くなった街を二人と一振り、並んで帰る。


「今日も大盛況だったね。忙しかったでしょ」
「否定はしないが…そちらほど危険な仕事ではない。今日も森か?」
「いや、ジュダの草原だったよ。"矮鬼"ゴブリンの集団がいるって」
「イオ、きょうはたくさんぴかぴかぼわぼわしたの」
「ほう…やはりこちらにもいるのだな、ゴブリン。イオのアレを使う相手というイメージは無いが」
「え、むしろトーヤの世界にもいるの!?」

閑話休題。

この世界について、それなりに知識がついてきた。
しかし底は見えない。無限大に広がっていくような新体験の連なりは、とても刺激的だ。ナーシャのような冒険者を志すものが後を絶たない理由も、何となく分かる気がする。
適応力にはそれなりに自信もある。今後もこんな風に過ごしていくのだろうと思う。

刺激的で、魅力的で、あまりにも劇的だ。



だが、俺のなかでどうにも燻るものがある。

その正体に薄々勘づいていながら俺は、まだ知らないふりをしていた。

そう、あの事件が起こるまで。




◇【???】

『やぁやぁ久しぶり~。元気してるみたいだね』
「…お前は」


光と闇が交わる世界。俺はこの不可思議な現象と、飄々とした声に覚えがある。

『はい正解。君の愛するハラール様ですよ』
「何の用だ」
『えぇ…もうちょっと拾ってくれてもいいじゃんケチ~』

うるさい。貴様の下らんおふざけに付き合う気はない。というか今更出てきて何のつもりだ。

『うーんまぁ、元の世界に返せって五月蝿くなんないようにタイミング見計らってたんだけどさ…良い感じみたいだね、実際今、帰る気ないでしょ?』
「……恩は返す。そういう約束だ」
『うんうん、よきかなよきかな』


だが、言いたいことが無いわけではない。むしろ多すぎるほどだ。


「お前の目的は何だ。何故俺をここに連れてきた。そもそもお前は何者だ。せめて俺を返せない理由を説明しろ」
『んー、多いんでパスで。ただ、今日はわりと耳よりな事を伝えに来たんだ』


ふざけたことをほざく奴の態度、温厚な俺でも助走つけて殴りたいレベルの代物だが、いかんせん体が何故か動かないのでどうしようもないという生き地獄である。
そこに奴は、心底嬉しそうに告げる。


『───神様は嘘をつかないってことだよ。

近々、君の燻るその火種を解放できる機会が来る。精々楽しみにしてるといいよってお話さ』



不穏な響きにしか聞こえない。



そして、それは現実となる。
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