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第一章 プレイヤーは異世界転移する。その後、カードを一枚引く。

ターン7 カードゲーマー、異世界を知る。②

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◇【エンデュミナ都市部 伝令神殿】

「~~、~~!!」
『諦める他なかろうな。かの者とはそういった存在だ』
「~~~…~~?」
『それはできぬ。我らはそれについては口をつぐむ決まりだ』
「~。~~!~~!?」
『ふむ。しかしそれを与えるということでこちらに呼んだと見えるが。流石に何かしらの配慮があろう』


二人……というか、一人と一柱が言葉を交わしている。
相変わらず青年の言っていることは理解できないのに、ディメログ神と会話が成立していることはわかる。理屈は全くわからないけれども、そこは流石神様だと素直に尊敬の眼差しを向けるナーシャだ。


『その…カードゲームとやらがこの世界にもたらされているのか、それとも貴様が持ち込んでいるのかは我にも図りかねるところ。とりあえずはこの世界に順応するところから初めていくがよい』


そう締め括るディメログ神。青年も話をここで終えるものと介したのか、口をつぐむ。
とりあえず話は一段落したようだ。後はディメログ神がどのような行動に出るかなのだが……ハラハラと見守るナーシャを余所目に、結論はあっさりと下される。

『よろしい。かの者の顔も立てつつ、我も表舞台に久方ぶりに立つべきものと見た。……それに、興味深い話をいくつも聞けた。貴様に力を貸してやる。
────異邦人、ニホンのトーヤ。汝に我が恩恵を授ける。この世界のすべての知性あるものと言葉を交わせる【蒼羽の加護】だ。学者連中が喉から手が出るほど欲する物……真価をゆめゆめ忘れるな』


こうして、青年はいとも容易く加護を授かってしまった。
所要時間、実に30分足らず。そこにいる誰もが唖然とする程の大珍事である。




◇【エンデュミナ会館 従業員室】

「……えっと、ちょっと急展開すぎてついていけないんですけど…」


リーズフェットの休憩時間を見計らってやってきた面々。面白そうにしているバルトナー、おろおろしているナーシャ、仏頂面の青年である。イオは神殿に近づくとしばらく静かになるので正真正銘四人だ。


「いやはや傑作傑作。神に向かってあの啖呵だ、ディメログ神がどうしてあんなに上機嫌だったのかが気になって仕方がねぇよ」
「ありのままを伝えただけだ。俺の家に梟に祈りを捧げたりするへりくだったりする習慣はない」
「だ、だからって”梟もどき”は駄目かなって…ね?」
「いやほんと、よく首繋がってましたね……」


青年は、なかなかに型破りな人物であった。
【蒼羽の加護】は、ディメログ神が与える言語に
関係する加護の中でも最上位に位置する代物。その効力は凄まじく、神殿を出る前から全ての会話を解し、この世界の住民と遜色なく話せるようになっていた。
そんな代物を気軽に渡してしまうディメログ神もさることながら、やや気難しいことで有名なディメログ神にこうもあっさりそうさせる彼も彼である。

”タカナシトーヤ”と名乗った彼は、聞いてみるとナーシャとそこまで歳が離れていないらしい人間だった。
しかし、言動は異界の民らしく、ちょっとずれているというか、埒外の所にある。

言動が無遠慮というか、真っ直ぐすぎる。物怖じというものを知らない。
思慮深さに欠けるのかと思いきや、理解力と観察能力には優れている。この都市の概要や建造物の詳細などを教えても、抵抗なくすぐに把握する。


「なるほど、この組合とやらが運営組織という訳だな。冒険者とやらにとっての拠点であり窓口であり、総本山であると」
「その通りです。タカナシ…さんの世界でも、似たような機関があったりするんですか?」
「十矢で構わない、そちらが名前だ。
…そうだな、該当するようなものは無いだろう。俺たちの世界に魔物などはいないし、人類の世界への見聞も、かなりの領域に到達している自負がある」
「へぇ、そいつは確かに面白いな。人間主体の世界ねぇ…ま、ちとロマンには欠けるみてぇだが」


文化などの違いから思想の齟齬なんかを危惧していたものの、幸い社会性が低い訳でもなさそう───とはいえ、無遠慮すぎる発言や行動は更正の余地があるだろうが。少なくともこっちじゃ神に敬意を払って接してもらわなければ、命がいくつあっても足りない。

「それは違うな。むしろロマンに満ち溢れている世界だ。
そう、このゲームほど心踊るものはない。この世界においてはあまり受け入れられていないのは驚いたが」

と、青年は懐からよく分からないものを取り出した。
札のようなものの束だ。見たこともない異界の言語らしきものが細かく表記され、鮮やかな絵が描かれている。

「これが、か……で、これはなんだ?」
「【アヴァロンズ・サーガ】だ。俺の世界においては知らぬ者など存在しない世界的ホビーだ」
「ほびー、ですか……なんでしょうね、魔力が込められている訳でもなさそうですし、本当にただの札…あ、でも材質はちょっと変わってますね。紙なんですか?」

興味津々といった雰囲気で青年の取り出したものを眺めるバルトナーとリーズフェット。異界の技術で作られたらしい得体の知れない代物だが、青年の人となりからして危険なものではないと判断したらしい。
十矢の許しを得てそれに触ってみる。軽く、薄く、しかし適度に硬い。表面はスベスベとしていて独特な質感だった。


「カードゲームの一種だ。こっちの世界じゃその手の類いの娯楽はないのか?」
「かーどげーむ…?」


聞いたことのない言葉だった。三人は顔を見合わせて首を傾げる。
その対応に、常に仏頂面で冷静な態度だった青年は、初めて動揺したような素振りを見せる。

「な、なんだと…カードゲームという文化が存在しない、のか…?
……な、ならば、カードショップも…」
「よくわかんないけど…聞いたことない、かな。少なくともエンデュミナには無いかも」
「……なんということだ……それでは、それではあまりに……」


生気が抜けたかのように項垂れる青年。先程までのクールで物怖じしない態度はどこへやら、完全に燃え尽きてしまったような様子。
”話が違う”と、うわ言のように呟く。トウヤという青年にとってそこまでこのカードとやらが重要なものだったのだろうか。思えば、初めて出会ったときもこれを取り出していたっけ、とナーシャは想起する。

そんな所で、部屋に備え付けになっている呼び鈴の装置が鳴った。
時をほぼ同じくしてリーズフェットの同僚が顔を出す。曰く、対応してほしい案件があるのだとか。経験のある冒険者の意見も欲しいとのことで、バルトナーにもお呼びがかかる。

「と、いうわけでして…私は出ますが、お二人はそのままここに居て頂いて構いませんからね。あんなことのあった後ですので、ゆっくりしていって下さい」

「そういうこった。ま、仲良くしてやってくれよ、お互いにな」

「そうか。いろいろと世話になった、感謝する」


軽く頭を下げた青年に対し、かたや会釈、かたや後ろ手に手を振って返し、部屋は二人きりになった。

さて、そこで困ったのはナーシャである。

ここまでなんだか一息で持ってきてしまった現状、知った仲であった二人もいた手前深く意識することはなかったが、いざ面と向かってしまうとものすごい状況である。

相手は異世界の住民、つい先ほどまでこちらの言葉も通じなかったような未知の相手だ。やりとりで人となりが見えてきたといっても、それでも初対面と大差はない。
ああでもないこうでもないと話題を探しあたふたするナーシャを知ってか知らずか、青年の方から話しかけてきた。

「……君にも、随分と世話になった。感謝する」

「あ、え、いやどういたしまし…て?
っていうか、こちらこそありがとうございました。あなたがいなかったらわたし、今頃どうなっていたことやら……」

「ん、何の話だ?」

首を傾げる青年。
あの時、麻痺毒で動けず万事休すというところに、この青年は現れた。あの時はまだこちらとコミュニケーションを取れず冒険者三人に袋叩きにあってしまった訳だが、その時間がなければバルトナーの到着は間に合わなかっただろう。

殴られてくれてありがとう、とは些か失礼な感じもしたけれど、礼を言いたかった。


「俺は何もしていないし、何もできなかった。殴られ損でなかったならそれでいい」


軽く笑う。
そうか、異界の人間でも、ちゃんと笑うんだな。
それだけで、信頼してもいいかなと感じる。我ながらすごく単純だなと思うけれど、疑心暗鬼になったり構えすぎたりするよりはいいんじゃないかな、とも思うのだ。

「……あれ、ふたりきり?」
「あ、イオ起きたんだね。神殿行くといつもこうなの、どうして?」
「んー、わかんない。なんかねむくなるの」

傍の壁に立てかけていたイオを膝に乗っける。両手剣なのでスペースを取ってしまうから、と仕舞おうとすると不機嫌になるので、いつもこうして身近に置くことにしている。

「イオ……もしかして、その剣が喋っているのか」
「あ、うんそうなの。”魔法剣”っていって…こんな風に喋る子もいるの」
「なるほど、AIのようなものか…」

えーあい、とやらのことはよくわからないけれど、わかってくれたみたいだ。

「イオだよ!はなすし、うごくよ!」
「そうか。俺は小鳥遊十矢だ。日本という所から来た異界の人間、ということになるらしい。よろしく」
「よろしくー!」

イオが初めからここまで心を許すような相手はそう多くはない。”魔法剣”は担い手を選ぶというが、どうやら心を読み取るような力が備わっているらしい。その点やっぱりいい人なのかなぁとか、ぼんやりと考えていたら、彼は徐に立ち上がった。


「──ではな。この恩は、いずれ必ず返す」

「えっ」

「これ以上世話になるわけにもいかん。何、言葉が通じるようになったわけだ、とりあえず泊まれる所くらいは探してみるさ」


それじゃ、と部屋をあっさり出ようとする。


───言葉が通じるにせよ、この街のことは何も知らないじゃない、とか。お金はどうやって用意するの、とか。無遠慮すぎて危なそう、とか。色々と思うところはあった訳だけれど。

たぶん一番は”それは流石に水臭いんじゃない?”、だと思う。


気がついたら彼の手を取ってまでして、引き留めていた。



「せ、折角だし……ウチに来ない?」



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