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第一章 プレイヤーは異世界転移する。その後、カードを一枚引く。

ターン6 カードゲーマー、異世界を知る。①

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この世界には、【加護】と呼ばれる特別な力が存在している。
それはこの世界の生みの親である数多の神々から、我が子である地上の生物に授けられる恩恵だ。


神によって授けられる【加護】の内容は、その神が何を司る存在であるかによって変化し、多様性は地上の生物に匹敵するほど豊かであると言える。
例えば、”戦士の神”によって授けられるのは【戦士の加護】となり、恵まれた身体能力や、武具を操る才能といった形で発現する。

【加護】を授かることができる具体的な適正といったものはなく、それを授かる時期にも個人差がある。全ては神の思し召しであり、いかに神の気を引くことができるかどうかが鍵になると言い換えることもできる。即ち、任意の【加護】を引き当てることができるかどうかで、その人間の人生は大きく左右されうるということでもある。

戦闘に利用できる【加護】などは特に冒険者に好まれており、それを授かっているか否かがその冒険者の格を決める要素となる、というのは彼らの一つの共通認識であった。




◇【エンデュミナ都市部 市街地】


【来訪者】ストレンジャーは異界の住民であるため、この世界とは言語体系が異なることがほとんどである。
しかし、この世界に訪れた際に神からなんらかの措置を施されているらしく、基本的にコミュニケーションに支障を来すことはないというのが通説なのだが……


「珍しいこともあるもんだ……つっても、そもそも【来訪者】ストレンジャー自体がイレギュラーの塊な訳だしアレだが」

「…一応、見た目とかは普通、なんですけどね…あ、服とかはやっぱり不思議な感じですけど、こっちの"人間種"ヒュームとそんなに変わらないかんじっていうか」


青年に聞こえないように話す

エンデュミナの街を歩くのは、ナーシャリアと彼女に背負われたイオ、付き添いで同行しているバルトナー。そしてその後ろに件の青年がついてきている。
街並みがよほど珍しいのであろう、しきりに周囲の様子を伺っている。無理もあるまい、彼と立場が逆なら自分もそうするであろう自負がナーシャにはあった。
ただ、時折眼鏡を触りながらなにやらぶつぶつと呟いていたり、小さな黒い板状の道具のようなものを触ったりしているのは気になったけれども。


彼にはこちらの言葉の一切が通じない。
とはいえ、なんとなくのニュアンスだけは最低限理解できるらしく、とりあえず現状を改善すべく外に出るぞと伝えたらついてきてくれた。

【来訪者】ストレンジャーは神によって強大な力を授けられているケースがあるため対応は極めて慎重に、というのが都市ごとの共通認識なのだが、青年にはその兆候が見られない。しかし、だからといって警戒を怠るわけにはいけないのでバルトナーが同行しているわけなのだが……現状最も危惧すべきなのは、ナーシャの名前を彼が知っていることだった。
この都市において実はそれなりに名の知れた人物であるナーシャだが、異世界から訪れたばかりのこの青年がそれを知っているとは考えにくい。



「───ま、何はともあれ、話せねぇことにはなにも始まらねぇわな。このままずっと身振り手振りでってわけにもいかねぇし…ってなわけで、着いたぜ」

「ここが……わたし、実際に来たのは初めてです…」


やがて一行がたどり着いたのは、一際目立つ風貌の宮殿じみた建造物───エンデュミナが誇る【九大神殿】のひとつ、『伝令神殿』である。



◇【エンデュミナ都市部 伝令神殿】


室内には厳かで、神聖な空気が張りつめているようだった。
壁、天井、置いてある大きな棚や巨大な彫像に至るまで、全て藍色と白磁で統一されている異質な空間。床は磨きあげられた大理石のようで、真っ白な輝きを放っている。ドーム状になっている藍色の天井の中央には、荘厳で巨大な絵画が描かれていた。

装飾として施されている品々は、蒼窮の輝きを放つ霊鳥の尾羽と白樺の古い枝。これはこの宮殿に「神」を象徴する品である。


「…では、そこの異邦の地の者と言葉を交わすため、我らが神を訪ねたいというわけですね?」
「その通りだ。最悪、少し知恵を貸して貰えるだけでも構わない、よろしく頼む」
「心得ました。神は寛容です。決して貴殿方を見放すようなことはなさらないでしょう」


ナーシャとバルトナーは頭を下げた。軽く会釈をするのは白い装束を纏った神官だ。青年は相変わらず周囲を見分している。まるで物怖じしないのはむしろ誉められるべき点であろう。

「神」とは、我が子である地上の万物に惜しみの無い愛を注ぐ存在であり、気紛れで良知外の存在である癖に、基本的に”お節介焼き”だ。正式な手順を踏み語りかければ、大抵は地上の者達の言葉に耳を傾けてくれる。時に神は力を貸し、知恵を授け、恩恵を与える。
こうして人々は信奉する神に祈りを捧げたり、供物を捧げたりしながら、遥か太古から神と共に生きてきた。そのため、エンデュミナのような都市は勿論、どのような辺境の土地であっても、このような神殿が建てられているのだ。

人々が【加護】を授かる場所のほとんどもこの神殿である。


「久方ぶりに訪れたが、やっぱここは程よく落ち着いてていいやな。”戦士神殿”は見慣れてるが、神官共々ちと血の気が多すぎでよ」
「あはは…賑やかでいいな、とは思いますけどね。でも確かに…こう、”魔術神殿”も静かですけど、こことはちょっと雰囲気違いますよね」
「ま、なんたってここのは”言伝ての神様”だからな。職人は職人でも、こっちはずっと外交的だ。

───お、そろそろ来るみたいだぜ」


神官が複数人集まって、祭壇に祈りを捧げている。
翡翠を砕き加工した特殊な溶液で描かれた大がかりな儀式の円陣の中心に、一本の白樺の若木が芽吹いている。その枝に紐で固定されているのは、青い羽で飾られた大きな鏡だ。



”蒼窮駆け、大海渡りし翼持つは我ら眷属”

”白樺の枝、伸びし折に叩く都度三度”

”天上の主よ、踏みたまえ、手折りたまえ”

”言の葉携えし梟、我らの頭上に舞いたまえ”



唱えられるのは降霊の祝詞。複雑な反響をもって室内に染み渡るその声に呼応するように、円陣が輝く。

──次の瞬間、白樺の若木が中程からへし折れる。

からん、と音を立てて転がった鏡の奥から眩い閃光が迸り──


蒼い羽を持つ梟が、その鉤爪に枝と札を持ち、空中にて佇んでいた。


『──我を呼んだな、我が子らよ』

「確かにお呼び致しました我が主。確かに、お呼び致しました我が主。───確かに、お呼び致しましてございます。」

『うむ、我を呼んだそこの子ら。”三度の返答”、確かに聞き届けた。

──して、我を求むるはどこの子よ』


梟が問う。神官たちが促すのを見て、ナーシャは慌てて姿勢を正す。両膝を地に付け、握りこぶしを逆の手で包むようにして、胸の前で。
蒼い翼、金の瞳を持つこの梟は、伝令・言葉を司る神、”アルトラ=ディメログ”の化身だ。戦闘に向かない加護を与えるため冒険者には不人気だが、民衆に広く親しまれている古い神様である。
ナーシャはなにやら”神に好かれやすい”という天性の才を持っているらしく、ならばふさわしいだろうということで話す役に抜擢された次第だ。

神は直接地上に姿を現すことは滅多になく、大抵はこのように化身という形で呼び掛けに応じる。
その存在は、神が”巨大な湖”なのだとしたら、化身は”同じ水の水溜まり”なのだと習ったことを思い出す。息を深く吸い、動悸を抑える。こんな小さな化身なのに、放たれる重圧は凄まじいものだ。

「ディメログ神よ、慎んでお答えします。私はエルムリアのナーシャリア。この街で冒険者を営む者です。この度は──」


声が震えないように細心の注意を払いつつ、ナーシャは経緯を神に説明する。

後ろの青年──ふと見ると立ったまま見分を続けていたので、バルトナーと共に慌てて姿勢を直させた───は、この世界の言語が通じないので、助力を受けたい、と。


『ふむ。汝の願いは確かに聞き届けた。
───よかろう、学者連中の相手もほとほと飽いていた所。さしあたり、かの者より直接聞いてみるとしよう』



◇【エンデュミナ都市部 伝令神殿】

『異邦の人間よ、意味の解せる言葉はこれが初めてであろ』
「む、ようやく話せる輩が出てきたかと思えば梟とはな。本当にマスコットというわけではないらしい」


青と白の謎の建物に連れてこられたと思えば、今度は空中に浮かぶ梟らしき輩が話しかけてきた。


『ほう、物怖じせんとは、なんとも昨今の異邦人らしいこと……む、そちらの世界においても我らのような者が存在しておるという訳か』
「まぁ、それほど珍しいわけではないな」
『なるほど興味深い。やはり、細っこい学者連中なぞと話すよりは退屈せんな』

ほっほっほ、と見た目通りの笑いを発する梟(仮)。アニメーションやそれを表現する技術が発展している我が国では、確かにこいつのような輩は特別ではないと言えよう。【アヴァロンズ・サーガ】でもこいつのような霊獣系ユニットはいくつも存在している。

と、そんなことを考えている暇はない。俺はようやく転がり込んできた、この千載一遇の好機を逃すわけにはいかないのだ。


「そんなことはどうでもいい。まずはここがどこで、貴様が何なのかを教えろ。他の輩とは言葉が通じんらしいので、今は貴様を頼るほかない」

『ほーう、なんとも横柄な……まぁよい。恐縮されて一言も交わせんよりはマシというもの。

───ここは【エルダーリング】。貴様が住んでいた世界とは別の、言わば異世界という所だ。ここまででその辺りは薄々理解していたであろ?』

「ふむ……」


この梟もどきが言うとおり、少なくともここが俺の住んでいた日本とも、海を越えた先にある異国とも異なる場所であることはなんとなく分かっていた。

西洋風でありながら前時代的な町並みと文化、町行く人は腕が二本じゃなかったり尻尾があったり、極めつけに怪しげな儀式から飛び出てくるこの梟もどきだ。そう結論付けることは簡単だった。

『そして、我はこの世界を治める神々の一柱。古きアルトラ神族のなかでも、伝令と言語を司る者、アルトラ=ディメログである。
───先に会ったのが賢明な我で良かったな。戦士の神なぞに会っておったら、その首幾度飛んでいたことやら』

「神…なるほど、よくわからんが、貴様が怪しげな梟もどきであることは理解した」


神を騙る梟もどき。なるほど、霊獣系ではなく神聖系ユニットか、と得心する。確かに、先程から僅かにも羽を動かすことなく浮遊しているし、なによりこちらの言語が通じる辺り、並みの梟ではないことは承知した。

『ほっほっほーう、そちらの世界ではよほど信仰が廃れておると見える。我のような存在は身近な癖に信ずることはない訳か』

「いや、神道という意味なら俺の故郷は敬虔な部類だろうな。
…ただ、貴様のように直接人間の前に現れたりする輩はもういない。故に実在を信じるものはほぼ皆無だ」

『ほほう、それもまた興味深い。なるほど、やけにこちらの力の影響を受けんと思えば、そういうことか。貴様の世界では、その手の類いの糧が極端に薄いと見える』


日本は元々神道を信奉する国だったと聞く。しかし神と呼ばれるものが登場するのは教科書に載るような古い書物の中だけだ。
梟もどきはなにやら訳のわからんことを言って勝手に理解しているようだが、そんなことは心底どうでもいい。
こちらは勝手に呼び出された挙げ句、言葉も通じぬ上に謂れの無い暴力に晒されたりしている始末だ。加えて、のっぴきならない事情をこちらは抱えている。

「世間話はここまでだ。本題に移るぞ。
元の世界に戻りたい。可及的速やかにだ。方法を教えてくれ」
『ほう?この世界に用はないと言うのか。
ふむ、手引きした者によってはそういう輩を引き込んだりもする、か』


当然だ。こんな世界に長居する理由は何一つ無い。
確かにこの街にあるカードショップなぞは見てみたい気もするが、それはそれ。
新パックを買おうと息巻いて、何故だかこんな果てしない回り道をしてしまっている。今頃元の世界では熱いゲームと意見交換が盛んに繰り広げられている筈だ。こんな場所で油を売っている暇は俺にはないのだ。

梟もどきは首を傾げ、俺に問う。

『貴様、どうせ他の神の手引きでこちらにやってきたクチであろ。その神はなんと名乗り、なんと言って貴様を連れてきた?』

「この世界に住んでほしい、とだけ。名前は確か…ハラール、とか言ったか」

『…なに?』


その名を告げた瞬間、梟もどきの金色の目が大きく広がった。決して動かすことのなかった翼を羽ばたかせているが、これはなんだ。
回りを見れば、白装束の輩がどよめいている。


『ハラール、確かにそう言ったのだな』

「あぁ。どうせ行くならどのような世界がいい、などと聞かれたので、カードがあるところと要求したが…それがこの始末だ」

『ふむ、であれば真なのであろう。…ほーう、これはこれは、かの者が目覚めたとなれば…』


ぶつぶつと何やら呟く梟もどき。まるで話が見えてこない。
しばらくすると、佇まいを正した梟もどきは、俺に告げた。



『異邦の人間よ、残念だがな。

─────断言する。元の世界に帰る手段は断たれたと心得よ』

「……なんだと…?」
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